Because... | ナノ
Because...
14.終わりの、はじまり



本当は、どこかで思っていたのかもしれない
私は、この世界の一部にはなれないのだって。
必死でその思いを隠して、見ない振りしてきた。
でも結局、そうだったんだ。

       どんなに足掻いても、私の居場所は、この世界にはないのかもしれない。








「デンゼル、大丈夫?」
「・・・・・・痛い」

 ベットで額を抑えて丸くなっているデンゼルの背中を、マリンがそっと撫でる。
 この数日元気だったデンゼルは、今日の朝食の時になっていきなり具合を悪くしてしまった。
 しばらくなかった痛みに、デンゼルは泣きそうに顔を歪める。
 そんなデンゼルを心配そうに見つめるマリン。せめてその痛みを分け合うことができたなら、と幼い心で考える。
 すると寝返りをうったデンゼルの額から、当てていたタオルが落ちてしまう。
 所々黒くなったタオルと、額の痣が痛々しい。

「・・・・なぁ、マリン。どーなっている?」

 不安げな声に、ツキリと心が痛む。でもそれを表に出さず、優しく微笑む。

「おーい、デンゼル。大丈夫?」
「あ、おねぇちゃん」

 ドアからひょっこり顔を出した真琴は、二人を見て二カッと笑った。

「しっかりしろーデンゼル。様は気の持ちようだよ?」
「マコト・・・」
「はいはい、ちょっと待ってね」

 微笑む真琴は、手に持っていたタオルをベッドサイドに置くと、マリンとは反対側に座った。

「じゃこっち向こうか。平気?」
「ん」

 頭痛に響かないようにゆっくりした動きでこちらを向いたデンゼルに微笑んで、「では」と手を伸ばす。
優しく触れた額は熱くて、滲む泥と汗で湿っていた。
 暖かいお湯で濡らしたタオルをそっと撫でるように動かすと、痛むのか、わずかにデンゼルが身じろいだ。
 しばらくそのまま当てていると、緩やかに広がる暖かさにデンゼルの眉間に刻まれていた皺が段々を薄くなっていった。

「・・・・どう?」
「・・・楽になってきた」

 ほっとしたように呟くデンゼルの様子に、マリンはほっとして息をついた。

「よかった。でも今日はゆっくり寝てなきゃ駄目だよ?」
「大丈夫だよ」
「だぁめっ!寝てなさい」

 そういってしっかり首元まで布団を掛けてくる真琴に頬を膨らませるデンゼルだが、本当に嫌がっているわけではなく、むしろ嬉しそう。

「でも今日ミアと一緒に遊ぶ約束なんだけど・・・・」
「え?そうなの?・・・・じゃもし具合がよくなったら遊んでもいいよ。但し、激しい運動は禁止ね。具合が悪くなったらすぐ帰ってくること!いい?」

 マリンとデンゼルに弱い真琴は、結局妥協してしまう。

「・・・・・・お姉ちゃん、来るの?」

 不意に聞こえてきた声に、すぐ後ろのベットを振り返る。
 そこには首まですっぽり埋まる様にして横になる、小さな茶色い頭。
 にっこりと微笑んでその額をそっと撫でてやる。

「そうよ、レイ。だから早く良くなって、ミアとデンゼルと一緒に遊ぼう?な?」

 真琴の言葉に、レイは力のない顔で、それでも小さく微笑む。
 進行しすぎた星痕は、幼いレイの身体を着実に蝕んでいく。
 泣きそうな顔で助けを求めるミアの願いで彼を引き取って一週間。真琴の傍にいることで病状は安定しているが、よくなる気配は一向にない。
 それでも懸命に笑顔を浮かべ、健気に振舞うレイは、子供なのに大人より強い。

 その時、向かいの部屋から電話のコール音が響いてきた。
 条件反射で一斉にそちらを見るも、一向に音は止まらない。むなしいくらい、無機質な機械音がなり続けている。
 あの電話を取るべき人物は、もうここにはいない。
 あの部屋の主は、どこかへ行ってしまった。

「クラウド、何処行っちゃったんだよ・・・」

 ぽつりと呟かれたデンゼルの言葉に、真琴は何も言えず、ただ困ったように笑うだけしか出来なかった。
 自分がクラウドの元を訪れてから、もう大体一週間がたっている。それ以降、真琴が彼を避けていることもあるし、あちらからも連絡もないことから、子供たちはいつまでも帰らないクラウドが心配でたまらない。
 その中には、多少のもどかしさも含まれていることは、真琴もティファも気づいている。
 ティファは、真琴とクラウドとの間になにかあったことは気づいているようだが、あえてそれを口にしない。悲しいけど、それがありがたかった。
 寂しそうな、悲しそうな、とても複雑な顔をしてクラウドの部屋を見つめる子供たちの頭を撫でて、真琴は立ち上がる。

「待っててね。すぐレイも拭いてあげるから」
 ちゃんと寝てるのよ?とデンゼルとレイに念を押して部屋を出ると、丁度階段下からティファが上がってきたところに鉢合わせした。

「あ、ティファ」
「マコト・・・・・・」
「?」
 顔を合わせた瞬間に戸惑うような表情を浮かべるティファ。
 それが自分を心配しているためと、ここ数日間で気づいた真琴は、ちょっと困ったように笑ってみた。
 確かに、クラウドに掛ってきた電話というだけで、やはり戸惑ってしまう自分がいる。
 ここはお言葉に甘えてみるのも、大事かもしれない。

「―――じゃぁ、ティファにお願いしましょうかね」
「うん、わかった」

 ごめんね、と苦笑いを浮かべる真琴を安心させるように微笑んだティファは、ちらりと子供部屋を見てから、きびすを返してクラウドの部屋へと踏み込んだ。
 久しぶりに足を踏み入れた彼の部屋は、真琴が初めて来たときと同じように散らかっていて、薄暗く、湿っぽかった。

 まるで、自分が今までいた時間が、ぽっかり空いてしまったみたい。

 ぼんやりとそんなことを思っているうちに、ティファは煩く鳴り響く電話を手に取った。
「はい。ストライフ・デリバリーサービスです。当社はなんでも・・・・?」
 と、言いかけていきなり黙ったティファ。
 空の缶(クラウドってこれすきだな・・・・・“AMINO-D”)をゴミ箱に入れて、卓上の書類をガサガサとまとめていた真琴は、その手を止めて首を捻った。
「どちらさまですか?」
 どうやら、思っていたのと違う客らしく、怪訝そうに尋ねるティファ。
 真琴が見つめていると、受話器越しに相手の声を聞いていたティファは、いきなり思い出したように驚き、どことなく嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、覚えてるぞ、と」
「・・・・・へ?」



 少し肌寒くなった風が荒れた大地を撫でるように吹き、彼の灰色の毛を揺らす。
 傍らにあるさび付いた大剣に寄り添うように佇む“彼”は、目の前に広がるかつての栄光の残像を見つめていた。
 しばらくそうしていた“彼”は、ゆるりと首を後ろに向け、すぐ後ろにいる主を捕らえた。

『ヒーリンにいるレノから電話です。仕事の依頼だって』

 携帯の向こうから聞こえてくる声に耳を澄ませる。
 それが幼馴染の声で、本当は聞きたかった声でなかったことを少し残念に思ったのは、ここだけの秘密。

『クラウド、元気にしてるの・・・?・・・・・・“メッセージは、以上です”』

 簡潔な内容で終わった留守電を聞き終えて、その手でスグ携帯を仕舞う。
 ヒーリンなら、バイクを飛ばせばすぐにつく。新羅の、しかもタークスのレノからの依頼だから、信用できないけど。
 小さくため息をついて、首に掛けていたゴーグルをつけ、バイクのハンドルを握る手に力を込める。
 
 ドクン・・・ッ

    っ!」

 無意識に身体が飛び上がる。
 思わず押さえた左腕に目を落とすも、そこは元々つけている袖に隠れている。
 しばらくじっとそこを見つめる彼の目は、ゴーグルの暗い色に隠れて見えない。
 小さく声を漏らしたクラウドは、腕を押さえる手から力を抜き、ゆっくりとバイクのエンジンを入れた。
 吹かすバイクの轟音と共に、黒光りするフェンリルが滑るように走り出す。
荒れた大地を、砂埃を上げて進んでいく姿は、まるで地を駆ける狼のよう。

 そんな姿を見つめる影。

 重厚なモーター音を響かせて現れたのは、三つのバイク。
先頭のバイクに乗っていた青年が、丘の下を見下ろすように立つ刀を蹴り飛ばす。
宙に舞った剣には目もくれない。
 それぞれに乗る三人に男達は、髪形は違えど揃って銀色の髪をしている。
 彼らの見つめる先には、二年前に廃墟と化したミッドガルの街。

「・・・・なぁ、カダ−ジュ」

 長髪の青年の声に、一番前に立つセミロングの青年が視線を流す。

「あれが兄さんの街か?」
「・・・あぁ」

 僅かな笑みを含んだ返答は、思いのほか辺りに響いた。
 街を見つめるカダージュの視線は、“兄さん”という言葉に反して酷く冷たい。

「歓迎してくれると思うか?」
「ムリムリ」

 歓迎を期待しているとは思えない声音に、あざけるような響きの声が否定を返す。

「泣くなよヤズー」

 ヤズーと飛ばれた青年が横に視線を向けると、短髪の青年がムカつく笑みをこちらに向けていた。
 いつもの問答に答える気は無いと、綺麗にスルーし、再びカダージュに顔を向ける。

「母さんもいるんだよな?」
「・・・どうかな」

 と、横の気配が揺らいだため、再びちらりと視線を向けると、そこには青い瞳から大粒の涙を零す末っ子の姿が。
 さっきの人に嘲るような視線を向けていた威勢はどこへ行ったのやら。

「・・・・・・・・・・・泣くなよ、ロッズ」

 呆れたようにこちらを見るヤズーの視線などお構いなしに小さく嗚咽を漏らす。
 そんな兄弟達の光景にも慣れたもので、若干呆れたような視線を送っていたカダージュは、ふと視線を崖下に向け、僅かに目を細めて笑った。

       ほら、兄さんだ」

 僅かに笑みを含んだ声は、それでも冷たい。
 到底“兄”に向けられた声音ではない。
 背後の二人も互いに視線を通わせ、氷のような微笑を浮かべる。

 再び静かな丘に、激しいエンジン音が響き渡った。





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