Because... | ナノ
Because...
9.それぞれの居場所(後)







 暖かい感触、柔らかい匂い。
 そんなものに包まれるのは、とても久しぶりな気がする。

 目を覚まして、デンゼルの目に最初に飛び込んできたのは、誰かに握りしめられた自分の手。
 あれ?と首を捻る。
 俺、なんでここにいるのかなぁ。
 今までいたのは、鉄骨の剥きだしになったミッドガルの“残骸”。
 どこで眠ろうとも、硬い地面で蹲って眠るしかなくて、服は汚れて、食べるものは限られていた。
 それなのに、今いるのはフカフカのベットの上。どういうこと?
 自分の手を握る誰かの手を遡っていく。
 自分と同じくらい小さい手、細い腕、それとピンクのリボンの揺れる小さな頭。
 目を閉じて眠っている少女に、デンゼルはビクッと身体を硬直させた。
 その拍子に、頭に乗せてあったタオルがぱたりと枕に落ちた。
 思わずそれを見ると、うっすら黒いシミがついている。
 一瞬何か分からなかったが、すぐに気づいて、額に触れる。
 思い出した。あの時、偶然見つけた携帯で女の人と喋っていたら、急に痛くなって、視界が黒いものいっぱいになって倒れたんだ。
 そしららすぐに金髪の男の人が来てくれたのはうっすら覚えてる。でもその後、どういう経緯があって自分がここにいるのか、さっぱりわからない。
 
「お、気がついた?」
「!?」

 いきなり聞こえてきた知らない声に、さっきよりもビクゥッと身体を強張らせたデンゼル。
 声のほうを振り返ると、ドアのところにボーイッシュな容姿の女性がお盆片手に立っていた。
 ぽかんとするデンゼルの視線を流しながら、ボーイッシュな女性こと真琴は、ツカツカと部屋に入り、ベットサイドの水差しを取り替え始めた。
「いやぁよかったよ〜気がついて。最初クラウドが連れて帰ってきた時ぐったりしてたからさ、本気で心配したんだよ?」
 そういって微笑んでくる真琴の声に、デンゼルは、あ!と目を瞬かせる。
「・・・・・おねぇさん、もしかして、あの時の電話の人?」
「おや、ばれた?私、真琴って言うの。君は?」
「・・・・デンゼル」
「デンゼル?いい名前じゃん!」
 そう笑いながらベットに腰掛け、わりとまじめな顔でデンゼルを覗き込む。
「さて、デンゼル。気分はどう?お腹は空いてない?」
「えっと、お腹は、ちょっと空きました。気分はちょっとだるいです」
「どれどれぇ〜?」
 不意に伸びてきた白い手がデンゼルの視界を覆う。
 はっと気づいたときには、すでに真琴の手がデンゼルの額に触れていた。
「〜〜〜〜!!??」
「ん〜〜・・・ちょっと熱いかなぁ?まぁ疲労と空腹かもね。ティファに頼んで、なんか胃に優しいもの作ってもらおうな」
 待っててな、と頭を撫でて出て行く真琴の後姿を目で追いながら、デンゼルはぼんやり思う。
 デンゼルの星痕に犯された額を触っても、表情一つ変えずに平然としていた。
 “何とかするから”って言葉、守ってくれたんだ。
 
 久しく触れることの無かった人の優しさが、小さな胸に沁みた。




「食事もよく取れてるし、もうちょっと安静にしていれば大丈夫だよ」
「本当?」
 ベットの中で、嬉しそうに顔を綻ばせるマリンに、真琴は頷いた。
「じゃぁ、もうちょっとすればベットから出られる?一緒に遊べるの?」
「そうだね。それまで、一緒にデンゼルのこと見てくれる?」
「うん!」
「ありがとう、マリン。―――さ、早く寝なさい」
 マリンの頭を優しく撫で、眠りを促す。
 布団をきっちり首までかけてやり、少女が目をつぶったのを確認してから、そっと部屋を出る。
 パタン、とドアを閉めてから、細く深くため息をつく。
 色々あった一日だった。変な夢から始まって、ようやく一日が終わる。
 やはりあの夢で助けを求めていたのは、あの子だったのだと思う。
 本人に聞いたわけではないし、どうしてあんなライフストリームの中にいて、彼の声を聞いたのかはわからない。でも、心のどこかで確信していた。
 それに、どうしても放っておけなかった。
 彼は家族を亡くして、星痕に蝕まれ、今までたった一人で戦ってきたのだから。
 同情と言っては失礼になるのだろう。でも、見てみぬ振りはできなかった。

 家族と会えないのも、孤独を感じていたのも、自分と同じだったから。
 
 真琴はこの世界に来てすぐ、クラウドと出会った。そして違う世界の人間である自分を、快く受け入れてくれたティファとマリンに出会って、自分はとても恵まれていると感じた。
 でも忘れられない。クラウドと出会う直前、朽ち果てたミッドガルの街で途方にくれていた孤独と恐怖は、きっと一生ついて回るだろう。
 
 彼らがいたから、今の自分はいるのだと、心から実感している。
 だから、デンゼルにも教えてあげたい。
 君はーーーーだと。

取りあえず、寝る前にデンゼルの様子を見ておこう。
階段を上がって、丁度マリンの部屋にある自分の部屋に向かう。
音を立てないように、そっとドアを開ける。
もう寝ているのかも、と思いながらも、ゆっくりとドアの隙間から顔を覗かせると、予想に反して、デンゼルは起き上がって窓の外を見ていた。
「デンゼル?」
「あ・・・・おねぇさん」
「あはは、真琴でいいよ」
「でも・・・」
「ま・こ・と!はいぃ復唱!」
「マ、マコト・・・?」
「ヨロシイ!・・・んで?こんな時間にどうしたの?眠れない?」
「・・・うん」
 肩を丸めて俯くデンゼル。まるで怒られたあとみたいで、思わず笑ってしまった。
「無理に眠らなくていいよ。初めての場所で慣れないから、緊張してるのかも」
「そんなことは」
「いいんだよ。ていうか、そんなにすぐ慣れて眠れるなんて、赤ちゃんくらいでしょ?」
 茶目っ気たっぷりに舌を出す真琴に、デンゼルもうっすらと笑った。
 ベットの隅に腰掛け、デンゼルの額に触れる。
 その時デンゼルの身体が強張ったのは、あえて気にしない。
「うん。熱っぽいのも下がったみたいだし。ご飯も食べれてたから、大丈夫そうだね」
「・・・・・あの」
「ん?」
「・・・・怖く、ないんですか?」
 恐る恐る聞いてきたデンゼルの問いにすぐに気がついた真琴は、にっこりと微笑みーーー。
「ばか者っ」
「――っ!?痛っ!」
 ぺちん、とデンゼルを叩いた。・・・・額を。
 軽く叩いても、さすがに星痕への衝撃に呻くデンゼルに、間髪入れずに真琴は抱きつく。
 今日何度目かになるかもわからない身体の硬直に見舞われたデンゼル。
 なんの抵抗も出来ず、ただ抱きしめられる。
「私もね、一人だったの」
「え・・?」
 ぽつりとつぶやかれた言葉に、目を見張る。
「私も、訳あって一人だったの。デンゼルみたいにミッドガルのスラムにいて、そこをクラウドに助けてもらったんだ。あの頃は色々覚えなくちゃいけないこともあったから、そこまで深く考えることはなかったけどさ。一人で夜を過ごすとき、やっぱり寂しくて、家族とか友達とかが恋しくて、泣いちゃったりもした。・・・・・あ、でも神経図太いからぐっすり眠ってたかもね」
 えへっと笑う真琴には、シリアスな話をしていても笑顔が絶えない。
「でもさ、私には受けれてくれた人たちがいた。見知らぬ私を、暖かく迎えてくれたの。それがここの皆だよ。クラウドもティファもマリンも。皆がいたから、私はここまで来れたんだ。―――だからデンゼル。」
 ふっと身体を離して、デンゼルを見る。
「私も、デンゼルをささせる光になりたい。病気なんて関係ない。病はいつかは治るもの!皆が私の光であるように、今度は私が、デンゼルのために何かしてあげたい。星痕なんかで一々人を判断してたら、誰とも付き合えなくなるよ」
 だから、一緒にいよう?
「・・・いいの?」
「いいに決まってるじゃん!・・・一人じゃないんだよ?デンゼルは」
 
 もしかしたら、この言葉を待っていたのかもしれないと、不意に思った。

「・・・・・・・僕」
「ん?」
 コテン、と首を傾げる真琴。
 その表情が静かで、急かす様子もないためか、デンゼルはそのまま言葉を続ける。
「あの時、あの人が、僕の震える手、ぎゅって握ってくれたの、覚えてるんです」
「・・・・・うん」
「僕・・・っ、こ、怖くて、不安だったから・・・っ、今思い出すと、とっても安心したんです・・・!」

 ぽろりと、頬を暖かい雫が滑り降りた。
 抑えるような嗚咽を漏らすデンゼルを、痛いほど抱きしめる。
「・・・それ、本人に言ってやんな。アイツきっと顔真っ赤にするだろうから、見ものだよ」
 あやす様に背中を叩けば、ぎゅっとしがみ付いてくる、まだ小さな身体。
この小さな身体に、どれだけの不安と孤独と恐怖を溜め込んでいたのかと思うだけで、胸が痛くなる。
そっと真琴は口を開いた。
ほとんど無意識に唇から零れ出たのは、静かな歌だった。
慰めるようにつむがれる歌は、デンゼルにとっては聴いたことの無い異国の言葉。
囁くようで、すんなりと身体に溶け込んでいく。
優しい歌声に包まれて、デンゼルは泣き疲れるまで、温かい腕の中に抱かれていた。
 


そっと栗色の頭を枕に乗せ、布団を掛ける。泣きすぎて赤くなった目元が微笑ましいが、明日はきっと腫れてしまうだろうから、氷水か何かをもってきてあげたほうがいいのかもしれない。
無防備な寝姿に微笑みながら、星痕に触れないように、乱れた前髪を直してやる。
ふと時計を見ると、もういい時間だった。いくらなんでも、そろそろ自分も寝なくては。
ベットを揺らさないようにゆっくりと腰を上げ、デンゼルが起きないことを確認して、そっとドアに向かう。
と、そこに何かいる。
お化け!?と一瞬ぎょっとした真琴の目に飛び込んできたのは、金色の髪。
クラウド?と口パクで問うと、ドアに寄りかかるように立っていた彼は小さく頷いた。
音を立てないように、それでも急いで、真琴は自分の部屋を出る。
そっと慎重にドアを閉めると、ほうっと息を漏らす。
「・・・・どうかしたの?」
 やっと声に出して聞いてみると、クラウドは真琴の視線には目を合わせず、キョロキョロと落ち着かない。
「デンゼルの様子が気になったの?残念。丁度さっき眠っちゃったから」
「・・・・見てた」
「・・・・・・へ?」
「だから、見てた」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!??」
 なんだって!?と目を白黒させる真琴に、クラウドはやはり視線を合わせない。
「い、いつから?」
「あんたが、部屋に入ってくところを見て」
「ってほとんど最初っからやん!」
 最悪だ。もう恥ずかしくて顔から火が出そうな気がする。・・・いや、今なら口から火も吹けるだろう。
 ・・・わーいサーカスに入団決定!って違う!!
「・・・・・帰りたいのか?」
 不意に聞こえてきた声は、彼らしくもないか細い頼りないもので、思わず振り返ってしまった。
 いつもと同じ仏頂面なのに、蒼い輝きを放つ瞳が、切なげに揺れている。
 ホントにこの人クラウドさん?
 言葉の出ない真琴に、やっと視線を合わせていたクラウドは再び視線を逸らしてしまう。
「帰りたいって・・・もとの世界に?」
「・・・・・あぁ」
 いきなりの質問に唸る。
 そりゃぁ、帰る方法があるなら帰りたい。家族もいるし、友達だっていた。将来何になりたいかは決まっていないが、それでも人並みの平凡な幸せを望んでいたのだ。
 それがいきなり知らない世界に放り出され、帰れないといわれたらいくら元気だけが取り得の自分だって、きっと凹むだろう。
 だが、友達宣言をした手前、そんなことをダチにいうのはどことなく気が引けてしまって、考え込んでしまう。
 まぁクラウドとしては、質問の意味はそういうことではなかったのだが。
「・・・会いたい人はいる。もう一度行きたい場所もある。でも、こっちの世界にも、私を形作ってくれる大切なものがあるから、今はわからない、かな」
 自分で言っておきながら、なんとも平凡な答えになってしまった。でも、後半はあながち間違ってはいない。
 ここはもう自分にとっては“ただのトリップした先の世界”ではなく、“今、天野真琴という人間が生きている世界”に変わっていた。
 どちらが大切かなんて、今すぐには選べない。
「さっきの話、聞いてたならわかるよね。私がこの世界にいられるのは、皆が私の存在を認めてくれたからなんだよ。そのお陰で、私は生きていけてるんだ。とっても感謝してる。」
「・・・・・」
「もし、元の世界に帰る方法が分かったら、その時はとっても悩むと思う。どっちも私とってかけがえのないものだから。でも今は、皆と一緒にいる時間を、大切にしたい。もしかしたら、帰る方法、見つからないかもしれないし」
「・・・・・・いいのか」
 戸惑うように聞いてくるクラウドに、微笑みかける。
「いいの。だって、世界が違うのに、私、ここにいるんだよ?もしかしたら、また会えることが出来るかもしれない・・・可能性はゼロじゃないんだ」
 だから大丈夫だ!という真琴を、クラウドは見つめる。
 普通だったら、心が砕けてしまってもいいくらいの出来事に、生身で立ち向かっていく真琴。
 思えば、世界が違うと認識したときも、驚きはしたが、涙は見せなかった。
 その代わり、クラウドが“友達になろう”と手を差し伸べると、しがみ付いてきてヒンヒン泣いていた。
 本当、予測不可能な人種だ。
「でも、ちょっと思ったの」
「え?」
 唐突に呟かれた言葉に、首を傾げる。
 真琴は顔を上げ、自分の部屋で眠っているであろうデンゼルを想像するかのように、目を細めた。
「私もきっと・・・・あんなふうだったんだろうなぁ・・・って」
 そういって真琴は目じりを下げて、なんてな、と微笑を浮かべた。
 その微笑が、なんだか切なくて、儚くて、思わず息を呑んだ。
 こんな真琴の姿を見るのは初めてで、いつもなら冗談を言って小突くくらいのことはするのに、今日はどうしてか出来なかった。
 ドアの向こうから聞こえてきた歌声も、クラウドの意識を絡めとるには十分なものだった。
 暗い廊下に立つ自分達。こちらを見つめる真琴の色違いの瞳は微かな燐光を放っていて、闇の中で薄っすらと輝いているように見える。
 普通ならあり得ないことだが、彼女の秘密を知っていると、何となく納得してしまうが、それが真琴を違う世界に人間だと証明しているみたいで、何故か辛い。

 もしかしたら、こんな雰囲気のせいもあるのかもしれないが、クラウドの胸は煩いくらい鼓動を刻んでいて、意識せざるおえない。
 一体なにがどうしてこうなってしまったのか。
 クラウドは頭を抱えた。


彼が自分の気持ちに気づくのは、まだ先のこと。










おまけ
「ちょっと、何処に行くの?」
「どこって、・・・寝る」
「丁度よかった!泊めて!?」
「はぁ!?」
「私の部屋デンゼルに貸してるじゃない?寝るとこない!」
「ティファのところへ行け!」
「ティファ寝てる!絶対起こしちゃう!!ていうか蹴落としちゃうもん!」
「俺ならいいってか!?・・・はぁ、じゃぁ俺のベットを使え。俺はソファで寝るーーー」
「だめ!!!!」
「じゃぁどうするんだ!」
「一緒に寝ようよ」
「・・・・・・・・・」
「で、デンゼルと同じように、アタシの手も握って?」
「っ!握らん!!!!!」


・・・・・・助ケテ下サイ。




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