小説 | ナノ




夏祭り

『夏祭りに行きませんか?』

そんな日向の誘いに、否なんて言うはずもなく。

菅原は日向に誘われるまま、日向の自宅へとお邪魔した。

「こんにちは、菅原くん」

何度か訪問したことがあるせいか、日向の母親は気さくに挨拶してくれる。

そんな彼女に爽やかな笑みで挨拶を返しながら、お邪魔しますと菅原は中へ入った。

「あ、ちょっと待って。そうねぇ……」

日向の部屋へ歩き出した菅原を引きとめた日向の母親は、その姿を上から下へすいっと眺めるとニコリと微笑んで奥へ引っ込んでしまった。

「……なんだべ?」

特に粗相をした覚えはないがなにかしてしまったのだろうか。

コテンと首を傾げ、不安げに奥を見つめて待つこと数分。

再び現れた彼女の手には、落ち着いた色合いの和服と思しきものがあった。

「これ、あの子には大きいから良かったらお祭りに着て行って?」

日向の母親に差し出された甚平。

日向に似た明るい笑顔でそう言われてしまえば、やはり否など言えなかった。

***

「菅原さぁーん。早く、早く〜」

パタパタと元気いっぱいに祭会場を巡る日向に、菅原はハラハラし通しだった。

浴衣を着た日向。

それはとっても可愛いけれど。

裾が動く度、引き締まった細い脚が見え隠れするのだ。

大事なあの子に悪い虫が付いたら、と気が気じゃない。

そうでなくとも、部内で狙っているオオカミがわんさかといるのだ。

部内だけでは収まらず、それは他校にも及んでいると言っても過言ではない。

「日向。急ぐと迷子になるから」

今にも駆け出しそうな日向に追いつくと、菅原はその手を繋いだ。

「あ」

柔らかく握りこまれた自分の手を見つめて、日向の頬が淡く色づいた。

「ほら、行くべ〜」

恥ずかしそうに俯く日向にほにゃりと花が咲きそうな柔らかな笑みを浮かべ、菅原はゆっくりと屋台が並ぶ道を歩き出した。

***

田舎ならではの小規模ながら趣ある花火大会を満喫した二人は、見物客の波に揉まれながらなんとか帰り道を辿った。

のだが。

見物客に揉まれたせいで、日向の恰好はあられもないものになっていた。

胸元はおろか裾も大きく肌蹴て、かろうじて着ているといった有様。

「ちょっと、日向、その恰好……」

それはもう、菅原が思わず顔を背けなくてはならないような恰好で。

「へ?あぁ〜脱げそう〜」

呑気な日向は菅原の必死の努力にも気づかず、脱げかけた浴衣の襟と襟を引き合わせて胸元に手繰り寄せる。

その姿はどうにも扇情的で。

「ちょ、日向、待って!」

このままでは自分の理性が危ないと。

菅原は近くの公衆トイレに日向を連れ込んだ。

「え、ちょっと菅原さん?!」

慌てる日向に構うことなく、一番近くにあった個室に日向を押し込み、自分も入って施錠する。

そうしてようやく、菅原はハァと一息ついた。

「あの、菅原さん?」

きょとりとしながら見上げてくる日向はとても可愛い。

でも。自分に対して、警戒心を抱いていないことが腹立たしくも思えた。

「あのね、日向」

狭い個室でより密着するように日向を腕に抱きこみながら、菅原はほんのちょっと屈みこんで耳元で囁いた。

「俺も男だからさ。日向のこんな姿を見て、何とも思わないなんてことないんだよ?」

無防備にさらされた耳をぺろりと舐めれば。

「ひゃあ!」

なんとも色気がない声を上げる日向に苦笑が浮かぶ。

「ひーなた」

耳を押さえてウルウルとした目で見上げてくる日向がたまらなくて。

菅原はその唇に優しく自分のそれを押し当てた。

くっつけるだけの優しいキスは何度もしている。

きゅっと抱きついて抵抗もなく受け入れる日向が愛しくて仕方がない。

もっと先のこともしたいけど、場所が場所なだけにそれは憚られた。

「日向、帰ったら覚悟してろよ〜」

「え、あ、オッス……?」

まだまだあどけない日向。

だけど、その日向の別の顔も知っている菅原は。

今夜はどんな日向に会えるだろうと。

日向の浴衣を着付けながらニタリと微笑んだ。




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