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お風呂上がりの君を抱き締めたい

チラリ、と研磨は視線を上げた。

風呂場の扉はまだ開かず、その気配さえない。

はぁ、と残念そうに溜息を吐き、研磨は再びゲーム機へと視線を戻した。

かれこれ30分、研磨はこの動作を繰り返している。

「翔陽、まだかな……」

買ったばかりのゲームも、ちっとも先に進まない。

「先に入るんじゃなかった……」

後悔はすれど、そうせずにはいられなかった。

大好きなあの子には、汗臭い体ではなくて石鹸の香りで思う存分抱きつきたいから。

むぅと不機嫌に唇を歪ませ、研磨は画面に出てきた敵を踏みにじった。


『研磨』

静かで、ふわりと柔らかな、寄り添うような優しい声。

その声で名前を呼んでもらうことが好きだ。

だけど。

それだけじゃ、物足りない。

愛しくて仕方が無いといった柔らかな声は、研磨にしか聞けない声だけど。

大好きなその声は、電話ごしでしか聞けていない。

東京と宮城は簡単に会える距離じゃない。

社会人ならまだ手段はあるだろう。

だが、悲しいかな、研磨はまだ高校生。

どんなに頑張っても行ける距離ではない。

練習試合だって合宿だって、個人でセッティングできるものではない。

やりたいと喚いても、簡単には出来ないのだ。

それが。

なんの僥倖か。

運がいいことに、再び合宿が行われた。

そして、今。

大好きなあの子はすぐそこにいる。

もう少し、もう少し。

画面に現れた敵を一体、また一体と倒す。

不意に、ぽすりと左肩が重くなった。

不思議に思ってゲームを一時停止した研磨は、視界の端にフワフワのオレンジ色を見つけて途端に笑みを浮かべた。

「翔、陽」

確かめるように小さな声で名を呼べば。

研磨の肩に頭を預けた日向が返事をするようにグリグリとアタマを押し付けてきた。

「翔陽、くすぐったい……」

「んー、久々の研磨だ〜」

甘えるように凭れてくる日向に。

研磨は柔らかな笑みを浮かべると。

ゲーム機を端に追いやって、ようやく手に入れた恋人をぎゅうと抱きしめた。

「翔陽、翔陽、翔陽……」

切なげな声が胸を締め付ける。

研磨の必死な呼び声に、日向は応えるようにぎゅうと抱きしめ返した。



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