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あなたがいない、それだけで

夏が来た。

高校で2回目の夏。

憧れていた人たちが去り、新しい面々が入ってきた。

新しいメンバーでの合宿。

昨年のことを思い出しながら、あれこれと後輩を気遣うのは悪い気分じゃない。

だけど。

だけど、どこか空虚で。

普段はなんてことないのに、ふとしたきっかけで泣きそうになる。

去年はあって、今年はないもの。

大事なあの人がそばに居ない。

いつも見守ってくれていたあの人の視線を感じない。

その事実が日向に突きつけられる。

それが悲しくて、切なくて。

涙が勝手に溢れてしまう。

深夜。

猛練習に疲れ果て、皆が寝静まった頃。

耐えきれず、日向は布団から抜け出した。

誰にも気付かれないように、そっと合宿所を出る。

建物の影になった隅に座り込んだ日向は、耐えに耐えた涙を溢れさせた。

「……っく」

ポロポロと大粒の涙が地面に落ちる。

想うはあの人。

なんやかやと自分を見てくれていた、優しい優しい先輩。

菅原孝支。

覚悟していた。

自分と菅原には年の差があり、学生であるなら別れがすぐだというのは。

分かってはいても、こうして比較してしまうのだ。

去年は、今年は、と。

ポタリポタリと日向の足元に涙が落ちる。

「すがぁらさ……」

泣き濡れた声で名前を呼んでも、抱き締めてくれる腕も慰めてくれる声もない。

それがますます悲しくて、日向は自分で自分を抱き締めながらひたすらに泣いた。

どれくらいそうしていたのか。

不意に足音が近づいて来た。

先生も監督も、今日は酒盛りだと言っていたから見回りはない。

じゃあ誰だと泣き濡れた顔をジャージで拭った日向は目を眇めた。

「え」

見間違いだ。

きっと、そう。

こんな深夜にあり得ない。

目を見開き呆然とする日向に、やってきた彼の人はふわりと笑いかけるとしゃがみ込んだ。

「日向は寂しがりだなぁ。俺がいないと泣いちゃうんだ?」

焦がれて止まないその声を聞いて。

日向の涙腺は壊れたように涙を溢れさせた。

クスッと苦笑いするその人は、仕方がないなぁと呟くと、ぎゅうと日向を抱き締めた。

すぅっと香る香りは懐かしくも馴染みのある香り。大好きで大好きで、仕方がない香り。安心する香りだ。

存在を確かめるように抱き締め返して胸いっぱいにその香りを吸えば、ようやく涙が治まった。

「菅原さん?」

「うん?」

「なんで、ここにいるんですか」

「影山からメールがあってな〜。日向があなたのせいで泣いてるのでどうにかしてくださいって!」

「え」

思いもよらない事態に、日向は硬直した。

バレていた。

日向が泣いているのも。

それが菅原の不在が原因なことも。

あまつさえ、フォローまで入れられて。

日向は明日からどうするべきだと頭を抱えた。

「ほら、そろそろ寝るべ?」

泣き止んだ日向を抱き締めたまま、菅原は立ち上がり。

そのままよいしょと抱き上げてスタスタと歩きだした。

突然のことに驚きすぎた日向は、抵抗も出来ずにおとなしく布団へと運ばれ。

菅原と共に布団へ横になった。

二人とも大柄ではないが、一人分の布団は少々狭い。

小柄な日向を抱き締めて、菅原は布団へ収まった。

「ほら、一緒に寝てやるから。もう泣かないよな?」

まるで子供扱いな菅原に少々不満を覚えた日向だったが、馴染んだ香りに包まれて目を閉じればあっという間に眠りへと落ちていった。

ーー翌日。

烏野高校男子バレーボール部の面々は。

日向の布団を見て感動していた。

日向の布団には、菅原と日向。

菅原が日向を抱きしめるようにすよすよと二人は眠っていた。

最近の日向の元気のなさは周知のことで、日向は必死に隠しているつもりだったがバレバレで。

それは、田中を筆頭に菅原には様々な知らせが届くほど。

あの鈍い影山からも来るのだから、相当だったのだろう。

「良かったな……」

主人を待つハチ公が報われたような、そんな感動を部員たちは味わっていた。







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