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もう逃げられない

『なぁなぁ、影山。猫がいる』

部活の合間の休憩時間。

ジュースを買いに行ったはずの日向は、なにも持たずに戻ってきた。

そして、自販機の方を指差して、やや興奮気味に猫の所在を告げた。

が。

残念だけれど一緒に行けそうになかった。

行けばきっと逃げてしまう。

小動物に好かれた試しがないのだ。

猫は好きだ。

好きだけど。

好きだからこそ。

自由にしているのを邪魔したくなかった。

『お前だけで行ってこいよ』

残念な気持ちを隠せず、やや苦笑いで影山は日向を送り出そうとした。

『なんで?影山は猫きらい?』

自分と一緒に行くのは当然だと思ったのか。

日向は小首を傾げて影山に聞いてきた。

その姿は愛玩動物のようで、影山は猫よりも日向を撫で回したくなる。

部活の仲間がいる中でそんなことが出来るはずもなく。

撫でる代わりに一歩日向から離れた。

『近づいたら逃げるだろうが。猫の邪魔したくない』

ギリギリ触れられない距離を保つ。

これなら無意識でも大丈夫。

最近は無意識に手が日向を求めて彷徨うことがある。

あのフワフワの頭についつい手を乗せたくなるのだ。

月島に言われるまで気付かなかったが。

月島に言われた時のことを思い出して、影山はふぅ、と溜息を吐いた。

あの時のことは思い出したくもない。

ニヤニヤニヨニヨ得体の知れない笑みを浮かべてチクチク言ってくるのだから。

とにかく。

日向には出来るだけ触らない。

触れば月島の思う壺。

……なんて影山が思っている間に。

日向はぴょこりと影山に近寄った。

『影山もさぁ、最近近づくと逃げるよな』

ギクリと肩が震える。

鈍い日向のことだから気付かないと思っていたのに。

『なに?』

影山はわざと不本意そうな声を出した。

『俺が近づくとさ』

一歩寄られて、思わず一歩後ずさる。

『ほら、一歩下がった!』

『近寄る意味がねぇだろうが』

『なんでだよ!』

『こっちの台詞だ、ボゲェ!』

思わず声量が大きくなってしまい、慌てて見回すとニヤニヤ笑いの月島と目があった。

あぁ、これはもう。

仕方がない。

ここは、いっそ。

覚悟を決めた影山は。

何故か日向を抱きかかえて逃走した。

向かうは日向ご所望の猫の元。

日向を抱きかかえて走り込んで来た影山に猫は当然の如く逃げ去った。

逃げ去る猫を日向は影山に抱えられながら残念そうに見送り。

今更ながら自分の状況にキョトンとした。

『なぁなぁ、影山。お前、なんかおかしいぞ?』

『うるせー、ボゲェ』

抱えた日向を下ろしながらいつもの暴言を吐く。

あぁ、これで逃げられない。

月島から言われた言葉が反響する。

『王様、日向が好きデショ』





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