▼責任を取ります




差し込んでくる西陽に芹沢がふと時計を確認すると、丁度「今日は店仕舞いにするか」と霊幻が口を開く。


「ラーメン食ってくぞー」


ガタリと席を立つ上司の声におなまえは「はぁい」と返事をすると、隣の芹沢に微笑みかけた。


「ラーメンですって。ご馳走になりましょう芹沢さん」
「はっ、はい!」
「私ラーメン好きなんですよぉ。芹沢さんはどうですか?」


ニコニコと尋ねてくるおなまえに、芹沢は「そうなんですね」と相槌を打ちながら"みょうじさんはラーメンが好き"と刻み込む。


「俺は…ネギ味噌とかも好きですし…シンプルなのも好きです。みょうじさんは?」
「私は豚骨醤油が好きです!…でも、霊幻さんが連れてってくれる所は豚骨やってないんですけどね」
「あぁ…。行き付けのお店が他にあるんですか?」
「私ですか?行き付けって程通ってはないですけど、美味しい豚骨ラーメンのお店が深爪町にありますよ!」
「そ…う、なんですね」


「それって、誰かと行くんですか?それとも一人で?」とは聞けずに、芹沢は言葉に詰まった。
そんな芹沢に気付かずおなまえは身支度を整え鞄を肩に掛けると、後輩の芹沢に「お先にどうぞ」と出入口の扉を開ける。
鍵を掛ける霊幻はその後ろについて、芹沢は「あっ、みょうじさんこそ…」と先を譲ろうとするが「芹沢早く出ろ」とせっつかれてしまいペコリと頭を下げていち早く階段を降りた。


「トッピングに煮卵追加してもいいですか?」
「チャーシューいらんならいいぞ」
「んんんー…」


悩ましい、とおなまえが首を捻る。
「どっちかだからな」と霊幻に念を押されて、更におなまえは難しい表情を浮かべた。
霊幻が扉を施錠すると、僅かな振動を感じて「ん?」と声を上げる。


「…揺れてないか?」
「え?地震ですか?」
「俺は何とも…」


既に階段下にいる芹沢は首を傾げ、周囲を見回した。
電線が揺れているような気がしないでもないが、と思った所で今度は強く足元が揺れる。


「うおっ!?」
「きゃあ!」
「あっ」


霊幻がバランスを崩すとおなまえがそれに背中を押されて階段に向かって躓いた。
落ちてくるおなまえの体を咄嗟に抱き留めると、芹沢はバリアを張って揺れが収まるのを待つ。
幸い地震はすぐにやみ、落下物も目立っては無いようで壁に手を付き腕で頭を庇っていた霊幻は階下の2人に向かって声を掛けた。


「…オイ、大丈夫か?怪我は?」
「お…俺は平気です。…あっ!みょうじさん!みょうじさんは……」
「お陰、様で怪我は…ないです、けど、その…」


腕の中のおなまえを確認すると、外傷はないものの少しだけ顔が赤く見えて芹沢は何処か打ったのではと抱えている手に力を込める。
…と、もにっとした弾力に指が沈んで「え」と思わぬ感触に声を漏らした。
視線を下ろしていけば、おなまえの背を支えている芹沢の腕の先は脇からおなまえを掴んでいて。


「も、揉むのは…流石に、困っちゃいます…」
「…っ! す、すみませ…」
「何だ?ラッキースケベか?」
「スケ…っ、ち、違うんです!」


おなまえの胸を思い切り揉んでしまったのだと気が付いて、芹沢は湯気が出そうな勢いで上がっていく体温に急いでおなまえから距離を取る。
後から階段を降りてきた霊幻は二人のやり取りをニヤニヤしながら見ていて、「責任問題だぞこれは」と焦る芹沢を煽った。


「せ…責任……!」
「そ、そんな…芹沢さんは助けてくれただけですよ?たまたまで…わざとじゃないのに」
「わざとでないとしてもだ。美味しい思い…いや、婦女子の恥部を捏ねくり回したのは事実な訳だろ?」
「そんなことされてませんよ!」
「責任……責任を、取らなきゃ…」


おなまえが揶揄う霊幻を叱るが、そんなやり取りはもう芹沢の耳には届いていなかった。
女性を辱めてしまったということばかりが脳内を巡り、それも密かに思いを寄せていたおなまえを、とあってその場にしゃがんで頭を抱え込んでしまう。
そんな芹沢の様子を見て、おなまえはフォローをしようと芹沢の手に自分の手を重ねた。


「芹沢さん!霊幻さんの言うことなんて間に受けなくていいんですよ。私、気にして……ないのは、嘘になりますけど…」
「……俺、嫁入り前の女性に…」
「やっ!?本当そんな思い詰めなくて大丈夫ですって!」
「………そうだ…」
「ん?」


ポツリと芹沢が呟き、ゆっくり顔を上げる。
頭から手を離し、すり抜けたおなまえの手を改めて取り直すと、片膝を着いて目の前のおなまえを見つめた。


「俺、責任を取ります。いえ、取らせて下さい」
「…芹、沢…さん…?」
「みょうじさん」
「は、はいっ!」


真っ直ぐな眼差しにおなまえの方まで畏まって姿勢を正す。
静かに芹沢が呼吸をして。


「どうか俺と、結婚を前提にお付き合いして下さい」
「…けっ……え!?」
「ブッ!」


驚きで手を引こうとしても、しっかりとおなまえの手は芹沢に捕まっていて指先がもどかしく空を掻くだけだった。
突然のプロポーズに囃し立てていた霊幻も吹き出し「え…?芹沢くん?」と周囲を見回しながら遠慮がちに声を掛ける。
しかし芹沢はおなまえの返答以外をシャットアウトしているかのように無反応を決め込んでいて、余計におなまえは顔に熱を集めながら弱々しく声を紡いだ。


「そ…んな、本当に……責任なんて、大袈裟で…」
「大袈裟じゃありません」
「だっ第一!結婚って…もっと、こう、愛し合う人同士で…」
「俺はみょうじさんが好きです」
「する、もの……そ、う…」


芹沢に言い切られてしまって、段々とおなまえの言葉が尻窄みになっていく。
それに反比例するように頬の赤みは増していき、背後の霊幻は何故か身を小さくして傍らの設置看板の後ろから二人の行く末を見守っていた。


「…俺じゃ、駄目…ですか…?」
「…っ…」


触れ合っている手は汗ばみ始めて、それがどちらの物かもわからない。
指先まで脈打つようでおなまえは首を横に振った。
それを見て芹沢は僅かに唇を噛むと、そっと息を吐いて目を伏せる。
直後「駄目じゃ、ないです」と聞こえた気がしてぱちりと瞬いた。


「…え…?」
「…私、で…本当に良ければ…お付き合い、しましょう。芹沢さん」
「は…はい…!」


ホッと息を吐けば、おなまえが「改めてよろしくお願いします」と頭を下げてきて、芹沢も倣って頭を下げた。
安堵したのは霊幻も同じで、丸く収まった状況に「よぉし」と声を上げる。


「んじゃ今日はお前らの交際記念日だな。おなまえ、芹沢。煮卵とチャーシュー、トッピングしていいぞ」
「ほ…んとうですか!?」
「霊幻新隆様に二言はない」
「わぁ!芹沢さん!大盤振る舞いですよ!」
「そうですね!…でも、俺まで良いんですか?」


芹沢は特にトッピングを切望してはいなかったのに、良いのだろうかと霊幻を伺うと「お祝いなんだから甘えとけ」とニカリと笑みを浮かべて強く背を叩かれた。
有難く思う反面"お祝い"という言葉に、じわりと恥ずかしさと充足感を抱いていると隣からおなまえが芹沢の手に触れる。


「深爪町のラーメン屋さん、今度一緒に行きましょうね!一人だと中々入りづらくて、あんまり行けなかったんです」
「! ぜ、是非!楽しみ…です」
「本当に美味しいんですよぉ!特に縮れ麺がスープに絡んで〜」


にこやかに微笑み合う出来たてカップルに、霊幻は「…今から行くラーメン屋が霞みそうなこと言うのやめてくんない…?」と零した。





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04.09/片想い相手の胸を触った責任を取って結婚前提の交際を申し込む



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