▼初めてを乗り越える
大事にしてあげなきゃ。
壊れないように。
壊さないように。
なのに。
「…おなまえ、ちゃん…」
名前を呼べば、眼下の彼女が今まで見たこと無いくらいに艶っぽい瞳で期待を宿らせたように俺を呼び返した。
ドクリと血液が押し流れていく感覚に首の後ろが熱を持って、溢れそうになる興奮を堪える。
「克也、さん……ああっ…ふ、…んぁ」
か細い声が快感を伝えて、気持ち良くしてあげられていることにホッとした。
もっと感じて貰わないと、と俺の指を咥えて湿っている秘所に口寄せる。
おなまえちゃんの太腿がピクリと震えて戸惑った風な声が聞こえた。
「えっ…!?、克也さ…!ダ…ダメですそんなの…っ!」
制止させようとしてか、俺の頭を押して退けようとする手と声を無視して舌を這わせるとおなまえちゃんがぐっと口を引き結ぶ。
逃げようと浮かされた腰を腕に抱えてそれ以上動けないようにすると、「やだぁ…!」とおなまえちゃんは瞳を潤ませた。
一瞬その言葉に舐める舌を止めたけれど、すぐにアドバイスを思い出して再開させる。
と、おなまえちゃんが次第に浮ついた声を上げた。
弱い力でおなまえちゃんの指が俺の髪を掴む。
視線だけを上げれば枕元の灯りに薄く照らされた彼女が見える。
真っ赤になって、必死に息を吸う唇。
閉じることを忘れてしまったみたいに息の合間に嬌声が漏れて、俺の体温まで上がっていった。
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『お前さん聞く相手間違っちゃいねぇか?』
そう顔を顰めて見せたのは、何処かの誰かの身体を借りて来ているエクボ君。
聞く相手も何も、今此処にいるのは俺とエクボ君を除けば机に突っ伏して眠りこけている霊幻さんだけだ。
「エクボ君に聞いてるよ」
『だからよ…そこはホレ、学校の友達とか』
「おなまえちゃんのこと説明する所からしないといけないから…」
おなまえちゃんは相談所のお手伝いをしている大学生の女の子だ。
超能力はないけど、心が読めてるんじゃないかっていうくらいよく気が付く子で、何でもハキハキとこなす明るい人。
書類系の整理をしている時以外は事務所の中で何かしら作業をしてて、背の小ささも相まってかチョコチョコと動く様子はリスみたいだと思う。
そんな彼女と俺は付き合っている。
もう少しで交際期間は半年を超えるくらい。
休みが合えばデートをして、手も繋いだしキスもした。
遅れてやってきた青春におなまえちゃんが合わせてくれている面もたくさんある。
だけどおなまえちゃんにも俺にも、初めてのことがあって。
どう乗り越えるべきかを今俺はエクボ君に尋ねていた。
『俺様にわかると思ってんのか?霊だぞ?性欲なんてとうの昔に忘れちまったよ』
「でも物知りじゃないか。ちょっと知恵を貸してよ…れ、霊幻さんにも話を聞いてほしかったんだけど…これじゃあ…」
そうチラリと霊幻さんの旋毛に視線を落とすと、勢い良くその頭が後ろに跳ね上がった。
「それはだな芹沢!お前が男を見せるしかねぇ!!」
「うわ…っ!ビックリした…!」
突然起き上がった霊幻さんにやや強めに肩を叩かれる。
「女はシたいなんて言わないからな。破廉恥だなんだと言って表に出さねぇ。でもだぞ!シたくない訳じゃねーんだ。その気にさせて欲しいんだよ!!」
『お前女語れるほど経験豊富かぁ?』
「スッ………くなくともエクボよりは宛になる普通の経験があるぞ」
エクボ君は『カァーーッ』とバカにしたみたいに声を上げると、『酔っ払いの言葉を鵜呑みにすんじゃねぇぞ』と耳打ちしてきた。
未だに隣で「そもそもこういうのは数より質だから」と言葉の止まらない霊幻さんを見ていると、お水を飲ませた方がいいんじゃないかなと思って店員に声を掛ける。
俺が引き留めた店員にエクボ君が空き瓶を預けた。
『これに水入れてくれや』
「い、いいの?」
『あーなっちゃわかりゃしねーよ』
「はぁ…そうかな…?」
『…ところでさっきの質問の俺様なりの返答だが』
「あっ、う…うん」
『お前溜め込み体質だろ。小出しにでも発散させねぇからそうなんだよ』
ビシッとエクボ君に指を指されて、俺はギクリと背筋を伸ばした。
「小出し…って、どうすれば…」そう口にすると『もう遅ぇかもな』とエクボ君はニヤリと笑う。
『ま。もし遅かったとしてもだ。半年近くその年の癖にプラトニックだったんだ、爆発したっておなまえも腹くくるだろ』
「そーおだぁ!綺麗なことばっかじゃ男女ってのはやってけねーからな〜」
『テメーはもう黙ってろ霊幻』
自分の右腕を枕にしたまま口弁を垂れる霊幻さん。
『どっちが世話すっかジャンケンで決めっか』と言うエクボ君に俺はなんて返事を返したんだろうか。
"男を見せるしかない"。
そんな一言が大きく俺の頭の内を占めていった。
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おなまえちゃんはあんまりそういうことがしたいとは思ってない…みたいに俺からは見える。
手を繋ぐのはおなまえちゃんからが多い。
抱き締めるのも平気らしくて喜ぶとよくギュッとされる。
でもキスをするとなると急に表情が固くなるし、手や腕とか以上…抱き締める時に触れる以外の体の部位に触れようとすると避けるまではいかないけど、少し困った顔になる。
最初こそ"いけない"と思って遠慮していたけれど、約半年もそんな状態が続くものだから俺もいよいよ悩んできた。
だって、いつの間にかおなまえちゃんの困った顔にさえドキドキするようになって。
たまにグラリと決意が揺らぎそうになることさえあって。
これじゃ、いつおなまえちゃんを傷つけてしまったっておかしくない。
そう気を付けてた
はずなのに。
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「あぁっ、…はう…っんんぁ!」
どれだけ続けていただろう、俺の髪に絡む指は既に置かれているだけになって、力は篭っていない。
幾度目かの収縮に合わせて陰核を吸えばおなまえちゃんが高く啼いた。
「ひっ…ぃあ、ああっ!や…、克、也さ……ねがい…っ」
嗚咽のような呼吸の間に声が途切れながら聞こえてようやく顔を上げれば、おなまえちゃんがホッとしたように表情を緩める。
それに気付いて「本当に嫌だった!?」と顔を強張らせると、おなまえちゃんの指が俺の顎を拭った。
「ご…ごめん、嫌…だった…?」
「…は…ずかしかった…です…」
「も、うし訳ない…」
嫌われる、と反射的に焦りが勝って体を離そうとすると、それをおなまえちゃんの華奢な体が追うように起き上がる。
「もう、大丈夫…ですから…」
「え…?」
「私……克也さんと、気持ち良くなりたい、です…」
「……」
「だ、から…その…」
スリ、と膝を擦り合わせた後、おなまえちゃんが自分から膝裏を抑えて足を開く。
扇情的な光景に生唾を飲むと、消え入りそうなに「おねがい、します…」と震えた声。
ブチリと糸が切れるような感覚が身体を走って、俺は目の前の細い体を掻き抱いた。
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次に俺が理性を取り戻した時には、くたりとベッドに身を沈めたまま眠っているおなまえちゃんを見下ろしていた。
カーテンの隙間は薄明るくなっていて、あれから大分時間が経過していることを俺に報せる。
「……ど…うしよう…」
そこら中にティッシュやビニールが散乱しているし、シーツは汗や二人の体液でビショ濡れだし、それはおなまえちゃんの体も同様で自分が夢中で行為に耽っていたことを思い出して頭を抱えた。
エクボ君に言われた『爆発』とやらが現実になってしまった…。
--…とりあえず…、おなまえちゃんをキレイにしてあげなきゃ…
しばらく考えてから眠るおなまえちゃんを抱き上げる。
と、その揺れでおなまえちゃんが目を覚ました。
「……、かつや、さん…?」
掠れ切った声で呼ばれて、罪悪感が増す。
「ごめん、無理させて。…怖くなかった…?」
「………っ…」
俺の言葉におなまえちゃんの顔が段々と赤くなっていく。
その目が潤んでいくのを見て、思い出して泣く程ひどかったんだと自分自身にショックを受けた。
何回目かの「ごめん」を言うと、おなまえちゃんは俺の首に両腕を回してしがみつく。
「…知らない自分になっちゃいそうで、こわかったです…」
「……ん?…おなまえちゃんが、怖かったの…?俺じゃなくて?」
「克也さんは怖くないです!…っけほ、」
「あ!大丈夫?」
咳き込む背中を摩ってあげると、おなまえちゃんはコクコクと頷き返してくれた。
落ち着いてから浴室に下ろせば、不安そうに見上げられて首を傾げる。
「…どうしたの?」
「あの……克也さんも……」
「うん?」
「……きもちよかった、です…か…?」
「おっ、俺!?……も……だよ…」
「本当に…?」
シャワーの温度を確認したまま固まる俺に、おなまえちゃんは更に重ねて聞いてきた。
思い出すとそれだけで再発しそうで、何とか冷静に振舞おうと手元に集中しながら「じゃなきゃ、あんなに出来ないよ」と熱くなる顔を背ける。
温かくなってきた湯温におなまえちゃんの体を洗い始めると、目が合ったおなまえちゃんに笑い掛けられた。
「私、幸せです。すごく」
「う…」
ふにゃりと微笑まれて、トクリと胸が高鳴ると俺の手から泡を含んだタオルを取っておなまえちゃんが「交代です」と洗ってくれる。
「ありがとう、おなまえちゃん」
「えへへ……克也さん」
「何?」
向かい合っているとおなまえちゃんが俺の耳に口を寄せてきた。
二人だけなのに何を耳打ちすることがあるんだろう?と思っていると、「次は、もう少しだけお手柔らかにしてくださいね」と囁かれる。
バッとおなまえちゃんを見れば、恥ずかしそうにはにかんでいて「私も頑張りますから」と言われた。
「……俺も……頑張り、ます」
いや、むしろ、頑張っちゃいけないんじゃ。
言ってからそう自分にツッコミたくなったけれど、頑張るのは理性を保つことだから間違っていない、と自分に言い聞かせた。
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04.03/体格差のある初カノ初体験で猛勉強したけど欲望に負ける裏
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