▼彼女は彼氏です




あー、アフターファイブって最高〜。

珍しく仕事がスムーズに片付いて、軽い足取りで歩道を歩いた。
たまには一緒にご飯でも食べたいなと電話をすれば、返ってきた了承の声に更に舞い上がる。


「お邪魔しまーす!久し…振り………?」


大人としてスキップを弾ませたり鼻歌を歌ったりしたい気分を我慢した分、勢い良く彼のいる扉を開ければ。


「よう。早いなおなまえ」
「……?」


想像していたスーツ姿の彼はそこにおらず、私は一度部屋を出てみようと踵を返した。
すると「ちょっと待て」と肩を掴まれる。
その声は確かに彼のもので、首だけで振り返るとまじまじとその姿を見つめた。


「……そういう趣味、あったんだっけ?」


どう見てもアラサーの男がかなり無理矢理にどこかの学校の制服を着ている。
しかも女子の。
制服に似合わない化粧までしていて、なのに未処理の脛毛に私は思い切り顔を顰めた。


「バカ、仕事だ。女子校の除霊依頼でな」
「…ああ、他の生徒に遠目から見られても違和感ないようにってこと?」
「いや、俺は入れなかったんだが」
「安心したわ……や?安心できない、かな?」


話を聞けばお弟子君にまで同じ格好をさせたと言う。
早く着替えればいいのに、何故か新隆はその姿のまま私にお茶をいれてきて「どーよ、可愛いか?」なんて冗談まで飛ばしてくる。


「んー…可愛かないけど。……でも、可愛いよ」
「何よそれぇ」
「あはっ、きもーい」
「ひどくなぁい?」


鼻につく猫なで声で新隆が擦り寄って来て、端からみたらそれはそれは奇妙なんだろう。
でも、惚れた弱味なのか私の順応性が高すぎるのか、既にこんな姿の彼に慣れつつあって私は笑いながら悪態を吐いた。
新隆も輪をかけてそれに乗ってくる。


「おなまえちゃんも着るぅ?茂子の分があるわよ」
「入らないでしょ」
「入れば着るんだぁ?」
「嫌だよ着ないってぇ〜ご飯行くんでしょー?」


私のジャケットに手を掛けられそうになって鞄で防ぐと、新隆はむくれ顔で「いけず」と零す。
盾にしている鞄ごと抱き締められて、「やっぱり可愛くないかも」と思い直した。


「新隆こそ早く着替えてよ。私一緒に帰れるの楽しみにしてるんだけどー」
「んーもう。おなまえちゃんたらせっかちぃ」


そのまま被りつかれるようにキスをされて、思わず鞄から手を離した。
鞄は私たちの体の間からすり抜けていくとぼす、と音を立てて床に落ちる。
顎を少し上げると新隆のチクリとした髭に当たってそのまま少し笑ってしまう。


「んっ…んふふ、…ヒゲ生えてきてる」
「…そりゃもう夕方だし伸びてくるのも仕方ねぇだろ」
「そうだねぇ」


やっとオンナノコの声をやめた新隆の頬に手を滑らせると僅かにチリ、と指の平に痛みが走る。


「じょり隆は可愛くないぞぉ?早くスーツなって」


するとようやく新隆はブレザーのボタンを外して脱ぎ始めた。
少し雑な手付でエクステを外すと、リボンをポイと机の上に投げる。


「スーツなら可愛いみたいに言うな」
「スウェットでもジャージでも可愛いよ」


「どの新隆も愛してるからね」と言えば、珍しく新隆が頬を染めて固まっていた。
付き合ってから久しくそんな姿見てなかったなぁ、と思うとつい顔が綻ぶ。


「…やっぱりその格好も可愛いかな」


今度は自分から口付けてみせると、何か企みを思い付いたように新隆が目を細めた。


「俺のサイズだったら着れるよな?」
「…ん?」
「おなまえのお望み通り着替えるから、おなまえコレ着てくれよ」


「教師と生徒で禁断の愛ごっこしようぜ」と笑みを深める彼に、「だからご飯食べに行くってば!」と鞄を拾い上げる。
その鞄に新隆は今脱いだばかりのブレザーを捩じ込んできて、私は首を傾げた。


「…荷物持ち?」
「え?飯食ったら着てくれるんだろ?」
「着…え?」
「あー楽しみだなあ、早く飯行こおなまえ」
「ちょ…」


あっと言う間に鞄にブラウスとスカート、リボンが追加されて新隆はいつものスーツに袖を通して出入口に向かっている。
慌ててその後を追って私も駆け出す。
ちゃっかり鞄からはみ出ていたスカートを押し込む私を見て、新隆が面白そうに口端を上げた。




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04.06/女装した霊幻とイチャイチャ



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