▼ボディガード




「俺こっち持ってくぜ、おなまえ」


端午のお祭りからの帰路。
ガサリと音を立てておなまえの手から菓子の詰められたビニール袋がショウの手へと移動した。
「俺手ぶらだからさ」と得意気な顔を浮かべているショウに「どうもありがとう」とお礼を告げると、もう片方の手にぶら下げていたたこ焼きのパッケージを覗き込んできた。


「このたこ焼きはー?」
「茂夫君が食べるかなと思ったんだけど」


二人でモブの方を見ると、彼は律との談笑に夢中で好物のたこ焼きに気付いていないようだ。


「…こんだけ菓子あんだし、小腹減っても困らねぇだろ。俺が貰ってもいーか?冷めちまう」
「うん。はい、どうぞ」
「サンキュー!」


手ぶらになったおなまえは自分の前に並んでいる霊幻に声を掛ける。


「霊幻さん、私片方持ちます」
「ん?あー…でももうバス来るし、そしたら床に置くからいいぞ別に。芹沢、おなまえに一袋くらい持って貰えば?」
「じゃあ…こっちお願いします」
「はい」


霊幻の隣で三つの袋を下げていた芹沢が、軽い方をおなまえに差し出す。
「バスいくらでしたっけ?」と聞かれて、「駅まで260円ですよ」と答えながらその袋を受け取ると待っていたバスがやって来た。

乗り込んで真っ先に一番奥のシートを霊幻が陣取る。
その前の一人掛けの席に芹沢が入ると、おなまえはモブたちを先に奥のシートに座らせた。
詰めればおなまえ一人くらい座れそうではあるが、幸いそんなに混み合ってもいないし、と芹沢の前の一人掛けにおなまえも腰を下ろす。


「俺両替して来ます」
「はい」


発車する前にと芹沢が席を離れると、霊幻がニタリと笑みを浮かべて座席に残された荷物を後ろの席から手を伸ばし、ビニール袋の上の方に放置された芹沢の財布を抜き出した。


「…?」


僅かに聞こえたビニールの擦れる音におなまえが振り返る。
ジャラリと背後で小銭が流れ落ちる音を認識しながら、今正に財布から札を抜き取ろうとしている霊幻を見つけておなまえは声より先に腕が出た。


「ぅごっ!」
「…霊幻さん…」
「…あ、おなまえ…見ちゃった…?」
「……お前サイテーだな」


霊幻の両のこめかみを片手で押さえ付け、指先に力を込めると霊幻が「いでででで!」と喚く。
そんな様子をたこ焼きを摘みながら白けた眼差しでショウは見つめ、その騒ぎにモブと律も何事かと視線を寄越した。


「し、師匠何かしたんですか?」
「……放っておきなよ兄さん」


霊幻の手許を見て状況を察した律は神妙な面持ちでモブの手を引く。


「バッカ!違ぇって!芹沢からは後で出した分を俺が立て替えとくからって話つけてたんだよ!だからな?コレは取ろうとしてたんじゃなくて、入れようとしてたの。なっ!?」
「…そうなんですか…?」


霊幻の言葉におなまえは腕の力を弱めた。
フゥ、と霊幻が一息つくと、隣の方から律が「…にしては自分のお金、出してないみたいですけど。芹沢さんのお札の方が外に出てますよ」とポツリと呟く。


「りっ!…シーッ!シーーー…づぁあ!」
「……」


さっきより幾分強い力で再び頭を締め付けられる。
霊幻は咄嗟におなまえの手の甲を掴むが、びくともせず内心「この怪力め」と毒づいた。
「ちょ…、ちょっと、出費が嵩んだし立て替えて貰おっかなぁ…って、ハハ」とおなまえに挟まれたまま語ると、霊幻の手の中の財布にモブも気が付いて「…まさか、泥棒しようとしたんですか」と冷たい声が霊幻の耳に入った。
おなまえの手で見えはしないが、明らかに失望の色が含まれているそれに霊幻は慌てて謝罪と共に財布を差し出してみせる。


「悪かった悪かった!一銭も抜いてないから!返すしもう二度とこんな真似しねぇ!」
「…芹沢さん」
「え…?はい…?」


両替を済ませて席に戻って来た芹沢に、霊幻の手から財布を受け取らせるとようやくおなまえはその手を離した。
芹沢は未だに「ん?何で俺の財布を霊幻さんが?」と首を傾げている。


「…芹沢よ。俺が言うのもなんだけど、そんな大金持ち歩くの、辞めた方がいいぞ。防犯的な意味で」
「「「アンタ(お前)が言うなよ」」」
「だから"なんだけど"っつったろ!」


霊幻の言葉にモブたちが声を合わせてつっこむと、芹沢は「あっ。今日授業料の振込日で…」と答えた。
それを聞いておなまえは席から立ち上がり、芹沢の席の通路側に立って霊幻を警戒するように真顔のまま見下ろす。


「え…みょうじさん?座った方が楽ですよ…?」
「気にしないで下さい」
「おー。ボディガードじゃん芹沢。偉くなったなぁ!」
「え?」


俺守られてるの?とショウとおなまえを交互に見る芹沢。


「未遂なのに大袈裟な…」
「次動いたら卍固めます」
「い"っ」
「ダメですよ師匠」
「少なくとも、実行し掛けてたアンタが言える立場じゃない」


おなまえに言葉で制止されると、モブが念動力で霊幻の動きを縛り律が追い討ちを掛けた。
それを見て最後の一個のたこ焼きを口に放り込みながらショウが笑う。


「日頃の行いどんだけ悪いんだよ」
「…ハ、ハハ」


ショウの言葉に薄ら笑いを浮かべて霊幻が笑うと、お土産に買った登別付きの風車がカラリと小さく回った。




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04.10/金欠を理由に芹沢から財布を取り上げる現場を目撃した計量夢主が締め上げる



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