▼にわか雨

※「休日に遭遇」「女子の手引き」の続きちっく



「…うん、そう。雨。だから洗濯物出してたら、って。……はーい」


休日にふらりと立ち寄った店を出ると、そこそこ強めの雨が降っていた。
リュックに入れてあった折り畳み傘を差して、雨ならもう家に帰ろうかなと芹沢は空を見上げる。

黒い雲は空を覆っているが風は強いしやはり帰ることにして家路につくと、芹沢の数メートル先の店先に雨を避けに駆け込む女性が見えた。
荷物が濡れないように胸に抱えていて、何処からどれくらい走ってきたのだろうか、取り出したハンカチ程度では拭い切れない程ずぶ濡れになってしまっている。


--風邪、引いちゃいそうだ…でも急に知らない人にタオル差し出されたら怪しまれるかな…


ハンカチを絞っている女性に「あの」と勇気を出して声を掛けてみると、「あ」と互いに見合わせた。


「みょうじさん…」
「こんにちは」


軽く会釈をされ、それに応えると用意していたタオルを差し出す。


「か、風邪引いちゃいますよ」
「すみません、ありがと…っくしゅ」
「………」
「…ありがとうございます、お言葉に甘えますね」


濡れた体に冷たい風が吹き抜けると、おなまえがくしゃみをして髪の先から雫が落ちた。
くしゃみに気取られていた芹沢はおなまえの声にハッとして、それ以上濡れないようにバリアを張る。


「もう濡れちゃってますけど、これで少しはマシだと思います」
「あ…。ありがとうございます」
「でも…そのままじゃ結局みょうじさんが帰るまでに風邪ひいちゃいますよね……」
「……」


おなまえの家は此処からだと電車で二駅離れている。
どうしたものかと思っていると、芹沢はおなまえの抱えているいくつかの荷物が洋服店のショッパーなのに気付いた。


「あ、それ服ですか?」
「…はい」
「着替えあるんなら、俺の家近いんで場所貸せますよ。行きましょう」


おなまえは断ろうと口を開いたが、それよりも早く芹沢に手を引かれて雨の道を歩き出してしまう。
自分の体を避けて弾ける雨粒と、風上に立って風避けになってくれている背中に「…本当に、ありがとうございます…」と小さく呟いた。


---


芹沢宅にお邪魔すると、おなまえを見た母親は「まぁ!みょうじさんじゃないの。大変、お風呂すぐ沸かすわね」と追加のタオルを芹沢に持たせて浴室に向かって行った。


「…お邪魔します」
「どうぞ。…すぐ沸くと思うから、その間に荷物開けますか?」
「あ…そう、ですね。ちょっとハサミとかお借りします」


幾つかあるショッパーの中から見覚えのある絵柄の袋を取り出して、おなまえが開封する。
いつだったかの犬のワンポイントが背中にあるロンTだった。


「これ、丈あるので。着替えるのこれにします」
「え"。…ちょっと短くないですか…」
「ここくらいです」

--…短い…


腿に被さるくらいの丈をおなまえが示して、芹沢は「んー…」と唸る。


「……他のも洋服っぽいんですけどそれは…?」
「着ないです」
「…じゃあ、サイズ合うかわかんないですけど、服持ってきますよ、下」


何故か頑なに別の袋を開けようとしないおなまえに首を傾げながらも、芹沢は腰を上げて自室に向かおうとした。
そこに母親が「もういつでもいいですよ」とやって来たので、「それじゃあ先にタオルとか場所教えますね」とおなまえを連れて脱衣所に行く。

ドライヤーは此処でタオルは此処でと案内していると、母親がチラッと様子を見に来た。


「お化粧大丈夫?落とすならクレンジングあるけれど…」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「…あ。母ちゃん、ジャージ無い?みょうじさんの着替え、Tシャツだけじゃ寒いから」
「あぁ…ちょっと見てみるわね」
「何から何まですみません」
「いいんです。じゃあ、ごゆっくり」


脱衣所に一人だけになると、おなまえは予想外に早く着る機会がやってきたTシャツを見下ろす。
少しの間それを見ていたが、冷えた体が熱を生もうと身震いしたのを切っ掛けに濡れた服に手を掛けた。


---


時間は少し遡って。
今日はトメとエクボ、おなまえの三人で買い物に来ていた。
スカートを持っていないというおなまえを、着せ替え人形よろしく店を転々としながら試着を繰り返している所為で時間ばかりがどんどん過ぎていく。


「んー…これもいいわね…」
『細身だからなぁ、フリフリとかだとちょっと年的にどうかとは思うけどよ』
「フリフリ…あっ!エクボちゃんこのフリンジのやつおなまえさん似合うと思わない!?」
「フリフリは年齢的に厳しいんじゃ?」
「フリンジとフリフリは違うのよおなまえさん」


二着までしか試着室に持ち込めないのが悔やまれるとトメがさっきから行く先々の店で吟味するものだから、体力に自信のあるおなまえも流石に疲れて来た。


「そろそろ…何を買うか決めたいんだけど…」
「んんん…」
『…じゃあよ、今日履いてる靴に合わせて決めようぜ。俺様清楚系で見繕うから』
「じゃあちょっとその靴写メらせて…うん、OK」
『てことで一旦二手になろうぜ。おなまえは俺様の言うのを持って着てみてくれや』
「はい」


そうして何とか買い物を終えて解散した所で雨に降られ、今に至る。
今までこんなに買い物に時間を掛けたことがないのと、着慣れない系統の服に袖を通すことへの不安で精神的に疲労が溜まった身を温かい湯が解いていく。


「……」


でも、あんな風に友人と出掛けたことがなかったおなまえにとって、楽しかったのも事実。
財布の紐が緩んで結構買ってしまったなぁと、むずまる足先を湯の中で遊ばせる。

買ったからには着なければ勿体ない。
…でも何処に。いつ。
職場にも着れるようなフォーマルなものも買ったけれど、やっぱりいつものスーツの方がいいんじゃあ。

そう思うとこそばったさに逆上せそうになって立ち上がった。
ガタンと音を立てて浴室のドアを開けると、脱衣所の引き戸が開けられてビクッとおなまえは静止する。
一歩踏み出して脱衣所に入ってきたのは芹沢で、脱衣場に入り込んでいる湯気ですぐにおなまえに気が付いた。


「……」
「……」


二人で一瞬そのまま見合って、ゆっくりおなまえが傍らのタオルに手を伸ばし体の前を隠すと、出ようとしていた浴室に後ずさってバタムと扉を閉めた。
その音で芹沢は我に返り、上擦った声で早口言葉のように捲し立てる。


「かっ…、す!すみません!きっ着替え!持って来たんです此処に置きます見てませんから!見てないのでっ!ごめん!!」


ドアを閉める音の直後、大きな足音が離れて行っておなまえははぁ、と静かに息を吐き出した。
自分の胸に手を当て、早い脈を抑えるようにもう一度深く呼吸をすると「見てないって言った。…恥ずかしく、ない…」と小さく自分に言い聞かせる。
少し鼓動が落ち着いてきた頃、濡れた体を拭いて再び脱衣場に戻った。


---


どうしよう、嫌われたかもしれない。

一方芹沢は自室で頭を抱えていた。
大柄な体躯を丸めて、逸る鼓動と同時に「最悪だ」と自分を責める思考が止まずに不安が募る。

せめて開ける前に様子を窺って置けば。


「…やべぇ、どうしよう…」


ぐるぐると胸の内では「芹沢さん、最低です」と冷えた目で軽蔑を示すおなまえの姿が渦巻く。

ドライヤーの音が聞こえる。
みょうじさん…出たんだな…ど、どんな顔して会えば……

青い顔をして蹲る。
こんな状況なのに、そわりと興奮している自分もいて必死に落ち着けと強く自分を叱っていると足音が聞こえてきた。
緩やかな体重移動が伝わる静かな足音。
母親のものではない。
芹沢は姿勢を正そうとして、やっぱり頭を抱えた。
今は、こうするしかない。


「…芹沢さん」


ドアの向こうからおなまえの声が響いて、わかっていたのに芹沢はビクリと反応してしまう。


「お風呂、ありがとうございました」
「い、いえ…」


こちらこそ、と言いかけて口を噤む。
自分は何も見ていないということにしているのに、そんなことを言うのはおかしい。


「…部屋、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「駄目なら此処でも大丈夫です」
「あ、や!廊下寒いですから!だ、大丈夫です…入っても……すみません、開けて貰っていいですか…」
「はい」


立ち上がろうとして止まり、自分が座っていた一人掛けのクッションから退いて枕を抱えて床に座る。
おなまえが「お邪魔します」と部屋に入って来て、芹沢が「どうぞ」とクッションを示すとおなまえは頷いてそこに腰掛けた。


「お母様が夕食を此処で食べていくよう勧めてくれているんですが、芹沢さんはどう思うのか確認したくて」
「え、どう?って…?」
「先日はやめろとお母様に仰っていたので、今日はどうなのかなと」
「あ…あぁ、あの時の…」


ひったくり事件の後のやり取りを思い出して、芋づる式に自分を気遣ったおなまえのことまで思い浮かんで芹沢は顎に手をやり口元を隠す。


「みょうじ、さんが嫌でなければ…俺は構わないです、よ?」
「そうですか」


じゃあお母様を手伝ってきます、とおなまえは立ち上がり部屋を出て行く。
その背中に大きくプリントされた犬のロゴを眺めて、やっぱり丈が心許ないと認識するとジャージがあって良かったと息を吐いた。
その時廊下からおなまえが小さくくしゃみをしたのが聞こえて、「あ!みょうじさん」と芹沢は呼び止める。


「…はい」
「半袖のままじゃまた冷えちゃいますから…」
「わぁ…ちゃんちゃんこ?」
「どてらって言います。ちゃんちゃんこは、袖がないやつですね」


だぽだぽと余り気味ではあるが、おなまえは「初めて見ました…!」と心做しか感動しているように芹沢に着せて貰った後くるりと回ってみせた。
無邪気なその姿に芹沢は再びぐっと自分を抑える。


「今日色んなものを着ましたが、温かいですし楽ですし、これが一番落ち着きました」
「え?」
「あ……こちらの話です」
「…お、落ち着きますか…?」
「はい。昔話にでてくるお婆さんみたいな」
「あぁ…そうですか」
「?」


一瞬自分のだから落ち着くのかと勘違いした自分の頬を掻いてその場を誤魔化すと、おなまえは首を傾げた。





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04.06/にわか雨に振られた計量夢主が芹沢宅風呂場で着替えを持って来た芹沢と鉢合う



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