▼女子の手引き




ウチは相談所であって、心霊被害に遭っている人を助ける善良な商売だっていうのに、ホントこういうやつってそれなりのスパンでやってくるな。

霊幻は押し問答を続ける目の前の男に向かってそう思っていた。

コイツは客じゃない。
「ウチは呪いの類はやってません」と再三申し上げているのに一向に聞く耳を持たない木偶の坊…を通り越して営業妨害か。
あー、サッサと帰って貰お。

霊幻は芹沢にアイコンタクトを送ろうと視線を向けた。
しかし、何故か迷い込んできている子猫の浮遊霊を見ていて芹沢はその視線に全く気づいていない。
そして霊幻にはその猫の霊が見えていないので、ひたすら芹沢に無視をされているように取れた。


--いやこっち見ろよ芹沢…!!!この!客!!客じゃねーから!帰らせろ!!!


机に指を置いてトントントンと音を立てて見るも、やはり芹沢は気付いていない。


「…コホン、芹沢くん…?」
「…あっ?は、ハイ!何ですか?」
「この方、お帰り頂いて」
「えっ。いいんですか?」


猫にかまけて霊幻たちのやり取りを聞いていなかった芹沢は「お客を返してしまっていいのか?」と首を傾げた。
霊幻がそれにいいんだと返す前に、目の前の男は目の前の机を思いっ切り叩いて騒音を出す。


「呪ってくれっていってるだるぉ!?すぐやれよ、金なら出すんだからよ!!」
「ウチはいくら積まれようが人を呪う仕事は請けん。お引き取り下さい」
「ッ…クッソ……!」
「ただいまー。霊幻さーん、塩は下戸の本塩でも良かったかしら〜?」
「ただ今戻りました」


男の顔に青筋が見える程怒りが顕になっている所に、買い出しに出掛けていたトメとおなまえが帰ってきた。
男は二人の姿を見ると、急に飛びかかってくる。

しまった…!

芹沢が腕を掴むより早く男はその脇を抜けて行った。


「呪わないんならこの女共を…!」
「え。えっ!?」
「……」


近付いてくる男にトメが後ずさると、その前におなまえが立つ。
向かってくる男の腕を横に躱すと、腕だけを前に振り出して、男の勢いが乗った腹に拳を打ち込んだ。
そのまま体を丸め踞ろうとする項に手刀を振り下ろすと、男は気を失う。
あまりにも素早く男を返り討ちにしているおなまえにトメが「……おなまえさん…すごい…!」と感動の声を上げ、それによって霊幻たちもハッと我に返った。


「良くやっ……いや!やり過ぎだぞおなまえ!」
「みょうじさん、怪我してないですか!?暗田さんも!」
「怪我はないです。明らかに悪意を感じたので、つい。…誰ですかこの人。敵ですか?」

--…敵…?


一体何と戦っているのだろうとトメはおなまえの後ろで思った。
きっちり身動きができないようネクタイで腕を縛り上げている途中のおなまえに、芹沢が「お客さん?だったみたいなんですけど」と言いながらそのネクタイを解かせている。


「呪え呪えってしつこかったんだよ。ウチはそんなのはやらねーって言ってんのに。だから客じゃねえ。営業妨害だ」
「そうですか。一応正当防衛を主張して、交番に突き出しますか?」
「んー…気が付いて逆恨みされても面倒だしなぁ…」
「一度実績を作っておけば、二回目以降の抑止力にはなる…はず」

--それストーカーの相談実績と同じ括りでいいのか…?


真面目な顔で言うくせにそこはふわっとしてるのかと霊幻は思った。


「…でもそうだなぁ。此処にいても迷惑だし、交番に届けてやっか。芹沢、とおなまえ。二人で行ってこい。襲われたのはおなまえ、踏んじばったのは芹沢ってことにしてな。あとトメちゃん塩ありがとう」
「わ…わかりました」


「被害者らしく怯えた振りでもして被害届出すって息巻いてこい」と霊幻が言うとおなまえは無言で頷いた。
あ。コイツにそんな芸当はできねー。と霊幻はその表情を見て事務所を出ていく背中に「無理シナクテイイカラナ」と小さく零した。


「…お塩、何処にしまいますか?」
「ん?ああ、此処にいれといてくれ」
「はーい……って、博多の塩じゃないの…間違えたの買ってきちゃったじゃない」
「いいんだよ、塩なら」
「……」


---


「あ。いつかの。また悪漢退治かい?」
「……何処かでお会いしましたか…?」


最寄りの交番に行くと入ってすぐに中の交番員がおなまえに気が付いた。
「そっちのお兄さんも何か見覚えあるなぁ」と言いながらカウンターに立つ。
二人が顔を見合わせていると「覚えてないよねぇ。駅前の交番にいたんだよ。ひったくりに遭ったお母さん助けてたでしょ?」と人の良さそうな笑顔を向けられた。


「…ああ、あの時の方でしたか」
「そうだそうだ。あのお母さんの家族だったね、お兄さん。…で?今日はデート中に悪い人捕まえたの?」
「デ…っ、仕事中ですっ!」
「襲われました」
「……どっちが?」


図体は大きいが慌てた様子の芹沢と、女の割には長身で真顔のまま立っているおなまえとを交番員が交互に見る。
最終的にその視線は芹沢で止まって、少なくとも怯えた振りはしても意味が無いなと二人は察した。


---


「被害届、出せませんでしたね」
「まぁ…あの人も初犯?ですし…それにあのお巡りさん、あんなに記憶力が良いなんてビックリしました」
「元見当たり捜査員ってスゴいんですね」


正当防衛を主張すると、交番員は苦笑いしながら「お姉さんだからねぇ」と言って調書を取った後、武道経験者なのだからもっとお手柔らかにねと軽く注意をされて帰らされてしまった。
けれどあの客を預かってはくれたし、一先ずはと事務所に戻ることにする。
午後には一件出先の依頼が入っているが、どうやら事務所を出る時間に間に合いそうだ。
二人で事務所に向かう階段を登っていると


「…デート、に見えますかね」
「えっ」
「私たち」


ポツリとおなまえが呟いて、芹沢はピクリと反応した。
その場で足を止めて先に階段を登っていたおなまえの背中を見上げる。
しかしおなまえはそのまま事務所の扉を開けて、霊幻たちに戻りの挨拶を告げた。


「ただ今戻りました」
「おかえり。どうだった?」
「被害届は出せませんでした」
「マジか。…芹沢は?」
「いっ、います」
「何慌ててるんですか?芹沢さん」


遅れて扉を開けて入ってきた芹沢に、トメは首を傾げるが「何でもないよ」と手を振る。
芹沢が戻って来たのを見て霊幻が立ち上がった。


「よし。じゃあ芹沢、行くぞ。お前ら留守番よろしくな」
「あ……はい」
「はーい」
「行ってらっしゃい」


二人を送り出すおなまえを振り返るが、特に何か他に言われることも無くいつも通りの凪のような表情。
その顔を扉が閉まるギリギリまで見つめて、芹沢は登ったばかりの階段を降り霊幻の後を追った。

事務所では暇そうに足をぷらつかせているトメとそれを眺めているおなまえ、エクボだけになる。


「霊幻さんがいないと暇よねぇ、お客さん来ないかしら」
『お前さんそれじゃあおなまえは話し相手にならねぇって言ってるようなもんだぞ』
「ハッ。違うのよ?おなまえさんは聞き上手だから私ばっかり話しちゃうし、そう!何か新鮮なことがないかなって」
「新鮮」


そう言うとおなまえは自分の足元を見つめる。
トメとエクボはいつもと少し雰囲気の違うおなまえに疑問を抱いた。


「…どうしたの?おなまえさん」
「……スーツ、やめてみようかなと」
『じゃあ何着るんだ?』
「………」


トメは自分に視線を送るおなまえにハタと閃いて口を開いた。


「スカート、履いてみましょうよ!」
「……」
『蹴ったり走ったりしにきーんじゃねぇの?』
「そう、ですね」
「そんなのは霊幻さんに任せていいんじゃないかしら。おなまえさん女の子なんだからっ!」
『…まぁ、華にはなるよな。スカートの方が』
「…」


トメとエクボがどういうスカートがいいかだの、おなまえにはあんな感じが似合うだの談議を始めると、しばらく黙ってそれを聞いていたおなまえが「私」と漏らす。


「私、高校の制服しかスカートありません」
「……」
『……』


まず買う所からスタートだ、とトメとエクボは頷き合う。
トメの膝の上でこっそり丸まっていた猫の霊が、ふにゃあと伸びをして何処かへと消えていった。




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04.03/依頼を断られ癇癪を起こした客を手刀で気絶させる計量夢主



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