▼ささくれ




「…ごめん。気持ちは嬉しいんだけど、みょうじさんに応えられない」
「そ…っか。…こっちこそ聞いてくれてありがとう!じゃあね影山君」


学校の帰りに時間を割いて貰った決死の告白も、意中の彼にさらりと断られてしまっておなまえは胸の痛みを押し隠して笑顔を浮かべた。
せめて彼の中の印象をなるべく良い物にして置きたい、その一心で。
その場を後にしたらもう、自分の家に帰るだけだ。
震える息を吐き出して鼻からスンと酸素を吸ったら、鼻の奥が冷たく僅かに痛む。

家に帰るまで。
自分の部屋に入るまで。
それまでの、我慢だ。


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駅に向かう歩道を歩いていると、急ぎ足で駆けて行く人を避け切れずにぶつかった。
「ごめんなさい!」と一瞬だけこっちに目をくれたものの、その人は余程猶予がないのだろう走り去っていってしまった。
ちょっと転んでしまった程度で、擦り傷もできていないからいいけど、とおなまえが制服のスカートを叩いて歩き出すと後ろから声を掛けられる。


「すみません。定期、落としましたよ」
「…あ。すいません」


振り返るとそこには中学生だろうか、学ランの男子が立っていた。
その手にはおなまえのパスケースがあり此方に差し出されている。


「ありがとうございます。これがなかったら改札前でモタつく所でした…」
「いえ。気づけて良かったです…それじゃあ」


それが彼--影山律とおなまえの初対面だった。
二度目は通り雨に振られて雨宿りをしていた律におなまえが声を掛けて傘に入れて一緒に帰った。
家が近所のようで、時間が合えばそれなりの頻度で顔を合わせ、そうしている内に遭遇したら世間話をするようになって、休みの日に一緒に出掛けてみたりもした。

そこそこ、仲は良いだろうと思ってた のに。

バタンと自分の部屋のドアを閉めて、おなまえは堪え切れなくなった涙をポロポロ零し始める。


「…ぅ…、っ…」


私が勝手に好きになって、勝手に期待しただけだ。
影山君は、悪くない。

何度もそう考えて、おなまえは自分を納得させていく。

付き合えないのは仕方がない。
でも、これが切っ掛けでもう話し掛けないで欲しいって思われてしまったら。
影山君に避けられてしまったら。
そんなの嫌だ。


「う〜…私の…バカ野郎…っ」


断られたその先を全く考えていなかった、数分前のおなまえを自分で責める。
しかしもう、表に示してしまった感情や言葉は取り消すことができない。

おなまえの頭の中で"明日からどう接せられるんだろう"とそればかりがグルグルと巡っていく。
出来ることなら時間を巻き戻してしまいたい、と着替えることも忘れてベッドに俯せ、気の済むまで泣き続けた。


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悩みぬいた挙句、結局いつも通りの時間に家を出た。
もしかしたら影山君の方が私を避けて時間をズラしているかもしれないが、私は例え付き合えないとしても今まで通りせめて友達として接していたい。
それなのに私の方が影山君を避ける、なんてのは良くないんじゃないかと。

そう自分に言い聞かせながらも、いつもの道を歩くおなまえの足取りは重い。
律は結構スタスタと歩いて行くので、もしかしたら仮に時間が合っていたとしても先に行っているだろう。
そう思っていつも合流する角を曲がった。
其処には誰かを待つようにフェンスに軽く背を預けている律の姿があって、おなまえは目を瞠った。
律もおなまえに気が付いて、背を預けていたフェンスから身を離して向き直る。


「…おはよう、みょうじさん」
「……お、はよう…」


「良かった。時間、ズラされちゃったかと思った」と言いながら自然におなまえの隣に立つ。
てっきり避けられてしまうのだろうと思っていたおなまえは、驚いた顔のまま律を見つめている。


「…行かないの?」
「…あ。い、行くよっ電車、乗り遅れちゃうもんね」


律の言葉にハッとしておなまえは歩き始める。
当たり前のように律もついてきて、おなまえは混乱した。


「ま…待ってたの……?」
「うん。…迷惑だった…?」
「えっ!迷惑なのは…寧ろ、私が影山君の迷惑じゃないかなって…思うよ…」


おなまえの胸がまたツンと痛む。
気を遣われていたとしても、今のおなまえは素直に受け取れない。
なるべく笑顔で、せめて自分なりに良い姿で、そう思っても維持ができない。
「"好き"をくれないなら優しくしないで」と意地っ張りな自分が声高に胸の内を蹴っているようで、落ち着けない。


「…迷惑じゃ、ないよ」
「…そうなんだ…」
「………」


どうして。
そう聞きたいけれど唇は動く気力もないようで、何の言葉も発さなかった。
すると律は立ち止まって、おなまえを真っ直ぐ見つめてくる。


「みょうじさん、いつも笑ってるよね」
「そ、そうかな…?」
「でも昨日…は、僕が断っちゃったから…」
「……仕方ないよ…ほらっ影山君だって…ぇ…」


「好みがあるんだから」。
そう言いたかったのに、声が震えてしまって笑顔が強ばっていく。
泣いちゃう。そう思って俯いた。
昨日見せた精一杯の強がりが今日はお休みしちゃってるみたいだ。

おなまえがぐっと涙を堪えていると、律の手がその頬に触れた。


「…え……なっ…」


ゆっくり顔を上げさせられて、瞬きをした拍子に涙が零れ落ちた。
頬を雫が伝っていくと、それを律の指が拭う。


「この顔、ずっと頭から離れなくて…」


必死に強がる姿がいつまでも脳裏に焼き付いて、眠れなかったと律はおなまえの頬を撫でながら眉を寄せて言う。


「みょうじさんが笑ってくれないと、僕ダメみたいだ」


悲しませてから初めて気が付いて、本当にゴメン。

おなまえの瞳がまた揺れる。
頬の律の手に自分の手を重ねるようにして、目を覆った。
そうしないと酷い顔を見せてしまいそうで。

顔を隠すおなまえを抱き締めて、律はその背中を擦る。


「昨日の今日でって怒ってくれてもいい。あなたが好きです」


溢れる涙を止められないまま、おなまえは何度も頷きながら抱き返した。




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04.04/元気ハツラツなJKが一度告白して振られる



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