▼ウィスパー




「若い内の苦労は買ってでもしなさい」とか「若い時の挫折は一生の財産」とかよく言われるけど人にはそれぞれ許容量ってのが違うと思う。
あのメジャーリーガーだって、毎日少しずつだけ自分の限界を越えるっていう地道な努力の積み重ねだけがこの人生の支えで、逆にそうすることしか方法はないって言ってた。

でもその限界が見えない。わからない。
無茶したその時初めて気が付く。
「私には出来ない」って。
人間には元より出来る人出来ない人がいて、私は出来ない人だったってその時にならないとわからない。

その癖正解の道ってのは限られてて、そして私たちに与えられた若い時間っていうのも限られてて、乗り遅れないでいる為には苦労や挫折なんてしてる暇がないんじゃないのって。

誰かが教えてくれたらいいのに。
「そんなことしたって無駄だよ」って。
時間を浪費する前か、そんなに時間を掛けてない内に。
やり切ってみるまでわからない、なんて。
本当に人生って上手くいかない。
…まだ私、14年しか生きてないけど。


「あ。先輩だ」


同じ部活の誰かの一言につい反応してしまうのは、多分気持ちを捨てきれていないから。
あの人がここに来るのは彼女を迎えに来る為なのに。
一目見ただけで嬉しいだけで済んでたことが、たったひとつ"恋人"って存在だけで一転して悲しいに変わってしまう。
誰もが羨むテニス部の美男美女カップルだ。

同じタイミングで帰りたくなくて、わざとモタモタ荷物をまとめて人気が少なくなったのを見計らって部室を出た。
悲しい時に、誰かといて悲しくない振りをするのって凄く疲れるから、出来れば誰とも会いたくない。
でも一番最後になったら部室の鍵を職員室に持っていかないといけないから、飽く迄も疎らになったなぁくらいを見計らうのがキモだ。


「……」
「…今帰り?」
「…うん。竹中君も?」
「そうだけど」
「…ふぅん」


女子テニス部の部室から出たら、同じタイミングで隣の男子テニス部の部室からクラスメイトの竹中君が出てきた所だった。
知り合いと相対するつもりじゃなかったから、竹中君に声を掛けられるまで心の準備が間に合わなかった。

「ふぅん」なんて、感じ悪かったな。
いつも。
いつもの私だったら多分、「じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」って言う。
でもまだ多分、スイッチが上手く切り替わってない。
自分の殻に篭ってゾンビみたいに帰るつもりでいたのに、急にゾンビからクラスメイト向けの自分になれない。
内なる自分をやり過ごすのに苦戦してると、竹中君が肩にかけたラケットバッグを持ち直した。


「…帰る?途中まで」
「んっ!?あ。うん」
「そ」


竹中君の方から声を掛けてくるのって、何か新鮮でつい惚けてしまった。
同じクラスでも、竹中君はこう…話し掛けるタイミングが掴みやすい?のか"今話し掛けても平気だ"っていう間がわかりやすくて大抵何か話すって言ったら私からだ。

歩き出した竹中君の隣をちょっと距離を空けて歩く。
何も言わずに普通に歩き始めちゃったけど、竹中君って家どっちの方向なんだろう。
私の家はこっちで合ってるんだけど…何も言わないってことは竹中君もこっちでいいのかな。
……でも今まで登下校中に竹中君見たことないぞ?


「竹中君って家こっちなの?」
「違う。けど今日はこっちに寄る用事があんだよ」
「用事?時間平気?」
「平気」


結構ノロノロ歩いてしまうのは、多分ゾンビになろうとしていた名残。
竹中君も心做しか足取りが重い気がする。


「竹中君も今日疲れた?」
「…そりゃあ、部活した後だし疲れるだろ」
「それもそっかぁ、変な事聞いたね」
「……みょうじは何に疲れたんだよ、そんなに」
「え。わかっちゃう〜?」
「……」


そんなにってのがどんなもんに見えてるのかはわからないけど、そう返せば竹中君は今にも「うぜぇ」って言いそうな顔を浮かべてみせた。
それがちょっと面白くて笑っちゃう。


「人生って難しいなって思ったら疲れちゃったよ」
「テーマがデカすぎだろそれ…」


「キリねーよ」とボソッと言う竹中君。
ご最もだ。


「んじゃあもっと簡単に考えるとね」
「……」
「失恋しちゃったんだぁ。それで凹んでた」
「…へぇ」
「聞く気ないね!」
「いやそれに何て返事すりゃーいいんだよ」
「んー…次があるよとか?」
「次があるだろ」
「順応の早さにビックリだよ」


ここで竹中君が「俺にしておけば」とか言ってくれたらドラマチックだったかもなぁ。
…うん。何か想像しただけでちょっと元気になった気がする。
その証拠に何か、いつの間にか自然に話せてる気もする。
アレ、私実はそんなに先輩のことなんか好きじゃなかったんじゃないの?
何だ何だ。凹むことなかったね。


「何かあれだねぇ。意外とそんな凹んでなかったのかも私」
「そうかよ」
「竹中君のお陰かも。本当はさ、もーだぁれにも会いたくなかったんだよね、さっきまで」
「……」
「でも話してたら何かそんなに胸も痛くなかった気がしてきたし、笑えるし、話せるし。なんだぁ、大したことなかったじゃん?みたいな」


足取りも軽くなって普段通りのスピードで歩ける。
やっぱりもう立ち直ってるじゃん私。
回復はやーい。さっすがぁ。

とか思ってたら急に竹中君が私の手を掴んで道を変えた。
ん???


「えっ。竹中君どうしたの?」
「…俺の用事こっちの道だったから」
「そうなんだ。…私が着いていく理由は…?」
「俺この辺りの道よくわかんねーし」
「えぇ、私もそんなだよぉ?」


大体何処に行こうというのかね?
竹中君の用事がわかんないんだけど。
何かよくわかんないけど、竹中君、焦ってるみたいだ。
顔を見てもそんな感じじゃあないんだけど…何でかそう思った。


「…竹中君、もしかして迷った?」
「え?迷ってんのかコレ」
「何処行きたいかわかんないけど…何か、焦ってる?」
「…焦って、ないけど」
「あれ?そうなんだ。何かそう思ったから、迷って焦ってるのかなって」


違うなら…じゃあ何でそう思ったんだろう。


「なぁ、此処からみょうじの家って行けねぇの?」
「ここから?今の道戻って…」
「あの道通らないで帰る道は?」
「えぇっと……そこの突き当たりを右行って…かなぁ?」


何で私の家?
てか何で戻っちゃいけないんだろ。
今日の風水か何かで一度通った道を二度通っちゃいけないとかかな。…風水がどんなもんかもよくわかんないけど。

私が説明した通りに竹中君は歩き始めて、途中から今まで私の左側にを歩いてたのに右側を歩き始めた。
ちょっと疑問には思ったけど、アレかな。
車道側を歩いてくれてる、みたいなそういうの?と思って竹中君の方を見たら何か向こう側の道を気にしてて、やっぱり向こうの道に戻った方が竹中君の用事に近いんじゃ?
だって大通り沿いの方が道も広いし、お店も見やすいし。
こんな路地になんか入り込んだところで、私は遠回りだし竹中君も迷子になるし…太い道に出る方がいいんじゃないかなあ。


「ねぇ、やっぱりあっちに戻…」
「! や。此処から帰ろうぜ。こっからでも帰れねーことないんだろ?」
「…まあ………」


その時、竹中君越しに奥の道に先輩とその彼女が歩いているのが遠くに見えた。
竹中君がすぐに私の背を押したから建物に阻まれて通路はみえなくなったけど、確かにあれは先輩だった。
…いやでも、私もう、立ち直ってるんだし…。
………あれ?おかしいな…。
足が重い。

数メートル歩けばまた隣の道に繋がる通路があって、もしかしたらまた先輩たちが見えちゃうかもしれない。
そう思うと何か、足を運ぶことすら億劫になってきた。


「……」
「…はぁ…」


私が急に立ち止まると、竹中君は首の後ろを掻いて溜息を吐いた。


「立ち直ってねーじゃん。無理して元気な振りするから疲れるんだろ」
「…そうみたいだね…、ゴメン」
「俺は別に…謝って欲しいんじゃないし」
「ホントに、元気なつもりでいたんだけど。…おかしいなぁ…」


もしかして、臭い物に蓋をしてただけなのかな。
何だか。
元気な振りをしてたからか、反動が大きいぞ。
そんなつもりないのに、声が震えた。
泣いたら、竹中君困っちゃう。
悲しくない。悲しくない。私は。


「…ほら」
「ごめ……ありが、…」
「いいよ、こんくらい」


俯いてる私の目元に、竹中君がタオルを押し当ててくれる。
部活のあとなのに、乾いてる。新しいタオルだ。


「すぐ…収めるから…ごめ、」
「……裏腹なことって、しない方が自分の為だぞ」
「……っ…」
「別に急いでねーから。いいよ、謝んな」
「ぁ、りがと…」


優しい。
やっぱり竹中君、よく気が付くんだなぁ。
裏腹に抑えるのがよくないんなら、今此処で悲しいのを全部ひり出しちゃおう。
そしたら、今度こそ立ち直るんだ。

目元のタオルが溢れる涙を端からどんどん吸収していく。
擦ったら腫れちゃうから、そのまま動かさないように気を付けていると目の前がほんのり温かくなった。
風が通らなくなったのかな。
そう思ってたら、想像してたより近くで竹中君の声が降ってきて、すぐ目の前に立ってるんだって分かった。


「…それ、持って帰っていいよ」
「……うん…」
「みょうじん家、こっから遠いの?」
「近い…10分くらいかな…たぶん」
「そ」


もしかして。今更だけど。
竹中君、用事ないんじゃないの。
私が落ち込んでるのに気付いて、家まで送るつもりで、最初からいたんじゃ。考えすぎてるかな。

疲れてるとか言って、わざわざ足並み合わせたり。
こっちに用があるとか言っていつもの帰り道の先にいる先輩たちを避けようとしたり。
考えすぎてるのかな。

そんなことを考えてたらグイっと更にタオルが押し付けられた。
「お前人を見る目ねーな」って言われたみたいで、つい「そうだね」って声に出すと「…俺にしとけよ」って、竹中君が囁いた気がした。





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04.08/04.10/04.11/竹中夢



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