▼母は心配性

※爪痕夢主
※「傷を舐め合う」のちょっと前くらいの時系列



「初めまして。私、克也君と一緒に働いていたみょうじと申します。彼は今ご在宅でしょうか?」


ニコリと笑みを浮かべて返答を待っているおなまえに、芹沢の母は固まった。
女の人が克也を訪ねてくるなんて。
ドッキリではないだろうかと周囲を見回してみたが、何処にもカメラはなさそうだ。
そもそも、うちは芸能人でもないのだから当たり前ではあるのだが。


「……今は、いませんけど…」
「…一人暮らしされたんですか?」
「いえ。仕事…で」


学校に行っていることは何となく伏せた。
母親の答えを聞いて、おなまえは「では、少し彼の部屋で待たせて頂いても構いませんか?」と食い下がってくる。


「そんな。散らかってますから…」
「気にしないです。…お願いします。少し待って、帰って来なければお暇しますので」
「……」


困惑している母親におなまえは頭を下げ、そのままの姿勢で返答を待った。
おなまえの後頭部を見つめて母親は汗をかいて悩んだが、結局頭を上げないおなまえに折れて「どうぞ」と玄関を開けた。


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怪しい事をされないよう、母親も一緒に芹沢の部屋に入った。
本当は仕事が終わってもその後学校に行ってしまうから、夜遅くにならないと帰って来ないことはわかりきっている。
けれど少し待てば帰ると言っているし、あのまま玄関先でいられても心地が悪い。
形式的にお茶を差し出しながら、母親はおずおずと切り出した。


「あの…うちの克也とはどういう…?」
「元同僚です。」


おなまえは芹沢の部屋をざっと見回すと、本棚に近付いた。


「あ!ちょ、ちょっと」
「懐かしいなぁ。捨ててなかったんだ、コレ」


徐ろにその中に紛れていたくたびれたノートを手に取り、ゆっくり1ページずつ確認しているおなまえ。
それは、以前こっそり部屋の掃除をしようとした時に息子から「捨てないで」と咎められたノートだ。
それを眺めているおなまえの顔がとても穏やかで、母親は彼女が元同僚というのも、事実なのではないかという考えがよぎる。

でも…自分で言うのもアレとは思うが……うちの息子がこんな美人と一緒にまともに仕事ができるように思えない。
上がってしまって碌に会話も出来なさそうなものなのだが、どうやってコミュニケーションを取っていたのだろうか。

………もしかして、新手の美人局なのでは…?
同僚と見せ掛けて、実は裏でカモにして。
それでうちの克也が新しく仕事を始めたのを何処かで知って、搾り取りに来たのだとしたら。
会わせる訳にはいかない。


「……あの…」
「はい」
「う、ウチにも、克也にも…余裕はないので。来られても……」
「……そうですね…。わかりました」
「え?」


すんなりとおなまえは母親の言葉を受け取って、立ち上がった。
聞き分けの良さに母親が面食らっていると、「でもコレだけお借りしていきますね。私のものでもあるんです、このノート」と鞄にしまい込んでしまった。


「あっ。こ、困ります!」
「こんな時間にお邪魔してすみませんでした。直接克也君を伺います」


「それでは」と言い残すと、直後おなまえの姿は部屋から消えた。
いつの間にか開けられた窓から吹き込む風でカーテンが揺れて、母親は一人中腰になった姿勢のまま状況を理解出来ず固まる。

息子のあのノート、きっとまだ大事に本人は思っているはずだ。
帰ってきてノートが無いことに気付かれてしまったらどうしよう。
私が捨てたときっと思われてしまう。
一先ずパッと見には悟られないように、本棚のノート一冊分の隙間を詰めて隠した。


「…どうしましょう…」


彼女、直接克也を訪ねると言っていた。
もし二人が会ってしまったら。
また克也がカモにされてしまったら。
不安に駆られて、家の電話脇の手帳を捲り克也が持たされている仕事用の携帯にメールを打った。


【今日、女の人が克也を訪ねてきました。貴方もしかして、美人局に引っ掛かってるかもしれません。会っても無視して、騙されずに帰ってきて】


どうか会いませんようにと願いながら、学校が終わる時間まで落ち着かない気持ちで返事を待っていると夜の10時頃に電話がなった。


「もしもし、芹沢ですが」
「あ。母ちゃん。今メール見たんだけどさ」
「お、女の人は?来た?」


食い気味に訪ねると、電話口で克也が苦笑したような声を出す。


「あの人は大丈夫。前の職場でお世話になった人で…ちょっと変わってるけど、俺に危害なんか加えないよ」
「…騙されてるんじゃないのね?」
「みょうじは嘘なんて言わないよ。本当に、大丈夫だから……今日ちょっと、帰るの遅くなるから。お風呂抜いちゃっていいよ。ご飯も平気」
「そう……気を付けるのよ」
「うん。じゃあね」


プツリと通話が切れて、受話器を置いた。
"お世話になった人"…本当に…?
まだ疑念が取り除けずに、母親は再び息子の部屋に入った。

あれと似たようなノートが、まだ何冊かある。
今まで気にしていなかったが、どうせ克也はまだ帰ってこないのなら、今の内にどんなものなのか見てみよう。

ペラリと捲ると、手書きの整った文字に独特なタッチのイラストがどのページにも記されている。
漢字にはこれもまた手書きで読み仮名が振ってあって、どうやら絵本か何かを複写したもののようだ。
何ページか捲っていると、熟語に線が引かれて脇の方に"XXを指す言葉。XXな様"など所々に言葉の意味が書き加えられている。


--「…私のものでもあるんです、このノート」


…もしかして、本当に…?
私、克也のお世話をしてくれていた人に失礼なことを…?
そう思うと罪悪感が胸を占めてきて、慌ててまた息子にメールを打った。


【ごめんなさい。母ちゃんその人に失礼なことをしてしまった。今度謝らせて欲しいって、その人がまだいたら言って頂戴】


程なくしてメールが返ってくる。


【大丈夫だよ。みょうじ失礼とかそういうの、気にしないからさ。多分気づいてもないよ?俺ちょっと電話から離れるから、返事できなくなる】


文面を何度か読み返して、本当に気にしてないんだろうかと悩んだ。
悶々としたまま結局息子は明け方に帰ってきて、眠そうな顔で靴を脱ぐ背中に「本当に大丈夫なの?」と再三確認をする。


「うん…ホントそういうの平気な人だからさ。俺疲れたから、仮眠するね。おやすみ」
「う…うん、おやすみ…」


そう言って横を通り過ぎる息子から、仄かに女物の香水の香りがして自室に入っていく背中を瞠った。

まさか。
いや、克也に限って、そんなこと。
…私もきっと、疲れてるのよね。

もう一度息子の部屋の扉を見つめてから、母親も寝室へと戻っていく。
きっと昼の動揺を引き摺って睡眠が足りていないせいで悪い方へと考えてしまうんだ。
そう自分に言い聞かせて、母親は瞼を閉じた。



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04.09/爪痕夢主を見て芹沢母が美人局疑惑を抱き心配する



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