▼願いを掛ける




切っ掛けは確か、1年の時の体育祭。
クラス対抗の二人三脚で私とペアだったのが彼だった。
私は大の運動音痴で、50m走だって9秒台という鈍足で。
文字通り彼の足を引っ張ってしまってはいけないその一心で、走る練習をした。

それが最初。


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「今日帰りプラザ寄るんだけど、おなまえも行こー」
「ごめん、今日日直なんだ。もう一人が休みだから、帰るの遅くなる」
「手伝おうか?」
「うーん…どうしようかな」


日誌を書いている手を止めてカチカチとペンの背をノックする。
芯をやや長めに出すとそのシャーペンをくるりと回した。
一回転して元の場所に戻ったペンで日誌の続きを書き出そうとすると、軽い音がして芯が折れた。


「…大丈夫。先に帰ってて」
「そう?じゃあまた明日ねぇ」


友達に手を振って、日誌の続きを改めて書く。

どっちにしようか悩んだ時、頼っているおまじない。
芯が折れなかったら提案に乗って、折れたら断る。
小学校の頃になんとなく覚えてから、体育祭に向けて走る練習始めようか迷った時まで忘れていたこのおまじない。
そもそも小学校時分ではシャーペンを学校に持ってくるのも禁止されていたし、忘れるのも無理はなかったろうが。

あの時走る練習を占って以来、何かある度ついこうして決めてみる。


「……」


帰る身支度をしている彼の背中を一瞬見て、またシャーペンの背を打つ。
くるりと回して、日誌の上を滑らせた。

パキッ。


「…はぁ…」


小さな音を立てて減った芯に、残念な気持ちと安堵の気持ちとが混ざった息を吐く。
今日も彼に声を掛けないで一日が終わりそう。
きっとあの体育祭の時で私の彼に対する運は使い切ってしまったのかもしれない。
そう思う程、彼に対する占いは私の期待と正反対の結果を示す。

二年も同じクラスになれた時。
席替えでクラス活動の班が同じになった時。
彼の髪型が不自然になった時。
そしてまた短くなった時。

その度に話し掛けようと思っては占って、話しかけない選択になる。
いっそもう、占うのをやめればいいのかもしれないけれど…それは出来ない。
「きっと良い結果になる」。
そのもう一押しをこのおまじないがしてくれるから。


「…よし」


ようやく書き終わった日誌を閉じて、席を立つ。
クラスの花瓶の水も変えたし、黒板の日付も明日のに変えたし。
あとは教室の戸締りをして職員室に鍵を返せば帰れる。

ひとつひとつ窓を確認していると、ガラリと教室のドアが音を立てた。


「良かった、まだ閉まってなかった」
「…花沢君?どうしたの?」


振り返ったら其処には走ってきたのか少し呼吸の浅い彼がいて、私は面食らう。


「忘れ物しちゃったんだ。明日も体育あるのに、ジャージ置いて行っちゃって」
「あ…そうなんだ」
「もう鍵閉められてると思ったよ」


軽く笑顔を向けられて、私は熱を持つ頬がわからないように西日の差す窓の方を向いた。
「今日、日直私一人だから…遅くなっちゃって」と言うと彼は今気が付いたという素振りをする。


「え。じゃあ今まで一人で?誰も手伝わなかったのかい?」
「友達が手伝ってくれるって言ってくれたんだけど、帰りに寄りたい所あるみたいだったから断ったの」


「私は帰り遅くなっても、別に平気だから」と言って窓側の鍵を全て閉め終わると廊下に向かう。
花沢君もスクールバッグにジャージを仕舞うと教室の外に出て来た。


「じゃあ気を付けてね」
「僕も一緒に行くよ。鍵、返しに行くの」
「え?でも、もう…本当に返すだけだし…」
「うん。じゃあそれくらい一緒にさせてよ」


すると私の手から鍵を拾い上げて閉めたドアを施錠していく。
教室の前と後ろ両方を閉め終えると「行こう」と声が掛けられて自然に手を引かれた。


「みょうじさんって、頑張り屋なんだね」
「へ!?えっ…そんなことないよ?」
「そう?僕は努力家だなって思ってるけど」
「そんな…日直の仕事くらいで大袈裟だよ」


私が苦笑すると、彼は「それだけじゃないよ」と微笑む。


「去年、走る練習してたでしょ」
「…あっ…え…、」
「公園で」
「…えっと…?」


予想外の言葉に、私は足を止めた。
それに気が付いた花沢君も立ち止まって私を振り返る。

何で練習してたの、知ってるんだろう。
いつ。
え…?


「僕の家、あの公園の近所でさ。見えるんだよね、ベランダから」
「…そ…だったんだ」


洗濯物を取り込みにベランダに出た時、黒須中のジャージで走っている人を見つけたのが最初だと。
以来ベランダでそのまま何んとなしに見ていたり、買い物の帰りに公園を通りかけて眺めていたと。
体育祭が終わってぱたりと私が走らなくなったので、「体育祭に備えて練習していたんだ」とわかったこと。
それからクラス活動の班でも予め図書室でテーマに沿った本をプリントして集めてたこと。

全部、花沢君の足手纏いにならないようにと陰ながら勝手にしてたことなのに。
知られてた。

一気に指先まで熱が回るみたいに、熱くなっていく。
恥ずかしくて顔を手で隠すと、花沢君が戸惑った声を上げた。


「あれ、ど…どうしたの?」
「…見られてた、なんて…思ってなくて…」
「えっ!や、やっぱり言わない方が良かったかな」


例え言われなかったとしても、見られていたなら同じことだと首を横に振る。
顔が熱い。耳も。
恥ずかしすぎて、目まで熱くなってきた。


「ごめん…。"頼ってくれていいよ"って、言いたくて話したつもりだったんだけど…そんなに嫌だったとは思ってなくて…」
「…ちがうの…」
「ん?」


震えた声が掌の中でくぐもって聞こえにくかったのか、階段の途中で立ち止まったままの私に花沢君が近寄った。


「花沢、君の…足を引っ張りたくなくて…だから…、」
「……もしかして、二人三脚…?」


顔を隠したままコクリと頷くと、掌から溢れた涙が零れる。

結局二人三脚はギリギリの三位入賞だったし、クラス活動だって班全体としては微々たる成果だった。
せめてもっと、良い結果に繋げられていたら。
努力したからだって 知られたとしてもこんなに恥ずかしくはなかったかもしれない。

私が鼻を啜ると、カサリと音が鳴って「ティッシュ、あるよ」と花沢君の声。
片手で顔を隠したままそれを受け取ると、彼が「ねえ」と声を掛ける。
俯いたまま涙と鼻水を拭うと、「それってさ」とちょっと強張った声音にそろりと彼を窺ってみた。


「自惚れそうなんだけど…迷惑かな」


眉を下げて少し頬の赤い彼の優しい目とかち合う。
二回瞬きをすると目に残っていた涙がまた溢れていって、「めいわくじゃ、ないです…」と答えるとホッとした顔に変わる。
目元を彼の指が拭って私がまた身を固めて涙を滲ませると花沢君が自分の頬を指で掻いた。


「困ったな…手、繋いだらもっと泣いちゃうかい?」
「…泣く…」
「アハハ」


泣くって言っているのに、困るって言ったのに、それなのに花沢君は私の手に自分の手を絡めて転ばないように支えながら階段を下りていく。


「…あの公園、おなまえも近所なの?」


急に名前で呼ばれて言葉に詰まる。
なんとか頷いて返事をすると「じゃあ、僕たち家近いんだね」って花沢君が嬉しそうに笑った。





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03.29/髪型が変わっても影からずっと片想いしてる同級生



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