▼深夜のドラマ




毎週必ず週刊誌を買う奴。
毎日決まった惣菜しか買わない奴。
名前も知らないのに、"その人のルーチン"のひとつを知っているっていうのは改めて思うと不思議な出来事なのではないか。
客も滅多に来ない深夜の店内で一人納品と品出しを黙々とこなしながら桜威はふと思った。

「このスナック菓子、あの客はいつも買ってるが上手いんだろうか」と思い出したのを切っ掛けに、あの客はあの煙草、あの客はあの雑誌と思い返す。
客が来なければ単調な作業というのもあって続々と考え事が列を為していくもので、その記憶の中に「そういえば今日、荷物があったな」と桜威は思い出した。

シフトに入ってすぐに確認する癖がついたレジカウンター下の受取ボックス。
家に荷物を届けるのではなく、最寄りのコンビニで荷物を代行で預かり客の都合のいい時間に受取に行けるというサービス。
稀にしか利用されなかったらしいが、最近これを活用している客がいる。
荷物には勿論客の名前が記されていて、この客なら名前はわかる。
ただ他に買い物をして行ったことがないので、逆を言うなら名前しか知らない。

そう思っていると出入口のドアが開いて、レジの方へと歩いて行く足音が聞こえた。
しゃがんで品出しをしていた桜威はすぐにカウンターに向かう。
後ろ姿を見て「アイツだ」と思ったが、だからどうということも起きない。
再び鳴る入口のメロディに「いらっしゃいませ」と声を上げながらカウンターに入った。


「お待たせしました」
「こんばんは。荷物、受取にきたんですけど…みょうじです」
「かしこまりました」


荷物の確認をして貰って、受け取りコードを翳して貰いレジで読み取る。
控えの長いレシートに記名して貰っていると、わざわざ停止盤のある方のレジカウンターにカゴを置いて「すんませぇ〜ん」とカウンターを足蹴にして客が騒ぎ立て始めた。

チッ、停止盤立ててんだろうが。

桜威は停止盤のあるレジの客に向かって声を上げる。


「もう少々お待ちください!」
「あっ、大丈夫ですよ。先にあちらやっちゃってどうぞ」
「そういう訳には…」
「こっちは急いでんだヨォ!オラァ」
「…すみません。早くお帰りください」
「…あ、…」


レジ前に展開されている季節商品まで倒し始めたその客に目を細める。
商品が倒れる音におなまえがビクッと反応したのを見て、まだ記名して貰っていないが仕方ないと荷物を渡した。
おなまえは荷物を受け取ると桜威を見てから、足早にレジ前から離れて行く。
それと同時に桜威は柄の悪い客の方のレジに行き、酒臭い男に心の籠っていない挨拶と会釈の後商品をスキャンし始める。
淡々と会計を終わらせると、客は大振りな動きで出入口に向かっていった。

あーあ、仕事増やしやがって…。

床に散らかるのど飴やマスクを一瞥してから、店外の客の背中を睨みつけると。


「姉ちゃん!お前がモタモタしてっから遅くなったんだよ!詫びろよ俺に」
「す…すみません…」
「誠意が足りねぇ〜なぁ!?」
「あ、謝ったじゃないですか…っ」
「誠意ってのはよぉ…」
「!」
「…酔っ払いはコレだから…」


店外の駐車場にいたおなまえに掴みかかろうとしている男の腕を桜威は掴んだ。
おなまえを背に庇うように前に割り込むと、掴んだ腕の力を緩めないまま警告する。


「通報されたくなかったらさっさと家に帰るんだな」
「ぐっ…何だテメェ店員風情が」


コンビニの袋を持った腕を振り上げられるが、男の足が酔ってふら付いてただ少し弾んだ程度だ。
トングを出すまでもないなと桜威は男の腕を捻り上げる。
痛みに男が喚くと、早々に立ち去ることを誓わせて外の歩道に向かって追い出した。
男は捻られた腕を庇いながら桜威が追い打ちを掛けてこないか警戒しつつ逃げだしていく。


「ありがとう、ございました…すみません」


少し震えたおなまえの声が聞こえて、振り返る。
受け取った荷物を両手で胸の前に抱えているおなまえが強張った表情で立っていた。


「お客様も早く帰った方がいい」
「あ、名前…書いてなかったので…」


そんなことを気にして、あの客が帰ったら名前を書きに戻るつもりで外で待っていたらしい。
「名前書かないで、店員さんのミスになっちゃったら申し訳ないですし」と言うおなまえを気にかけながら再び店内に戻る。
カウンターに入ろうとする桜威の後ろから、さっきの客が散らかした商品をおなまえがしゃがみ込んで拾うのを見て桜威は「あ」と声を漏らした。


「お客様、結構ですから」
「…じゃあ、これだけ」


そう言って素早く周囲の商品をかき集めて、結局ほとんど拾い上げている。
桜威はカゴを差し出しておなまえが集めたものを受け取ると「すいません」と軽く頭を下げた。


「一人で大変ですよね、お疲れ様です」
「…どうも」


仕事だから、と返すのは不愛想すぎるだろうかと思って言葉に悩む。
ようやく控えのレシートに名前を書き始めたおなまえを見て、桜威は判子を片手に持つ。
みょうじおなまえと書き終えた後少しボールペンが止まり、署名欄の下の連絡先欄に数字が記入されていく。
別にそこまで記入しなくていいのだが。
今までも書いていなかったのに、と桜威が思っていると、判子を押しやすいようにおなまえがレシートの向きを桜威の方に直す。


「お名前だけでも…」
「あ、あの。それは、わかってるんですけど」
「そうですか」


ポンとレシートにスタンプされるコンビニ印。
客控えの分をおなまえに向けて差し出すと、それを受け取る前のおなまえと目が合った。


「今日のお礼、させて欲しくて。連絡、下さい」
「……」
「待ってますから。…ありがとうございました」


そう言ってからおなまえはようやくレシートを受け取って、ペコリと頭を下げると店を出て行く。
「ありがとうございました」の挨拶も言えずに、カウンターの中で桜威は茫然と立ち尽くす。
カウンターの上の店控えをしばらくそのままにしていたが、個人情報だと気が付いて急いで裏返した。
いつもなら、すぐにドロアーの下にしまうが。


「……品出し、しねぇと」


しまいかけたその控えをペラッと捲り、彼女の文字を目に刻む。
小さめな文字で線の整ったその名前と数字を覚えると、折り目がつかないようにドロアーに仕舞った。





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04.07/桜威夢



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