▼最上に悪態を吐く




月初め。
おなまえは学校帰りに電車に揺られ、バスに乗り換え長い坂になっている階段を登って魚醤神社にやってきた。
社務所で古い方のお守りを返却し新しい厄除けのお守りを受け取ると、そこでようやく今まで黙って着いてきていた最上が声を上げる。


『…何だ、まだそれが必要か?』
「持とうが持つまいが私の自由なんでしょ。……この間地面に落としちゃったから」


それでわざわざ交換に赴くとは殊勝なことだ、と最上は笑った。
今時しっかり神を信仰する者も僅かだというのに、おなまえは祖母に教えられた通り小さな神がいるつもりでそのお守りを扱っている。


「…それに、何か汚れるの早いような気もしてたし」
『……』


「やっぱりアンタが厄なんじゃないの」とおなまえは言葉に棘を込めて最上に言う。
嗚呼本当にそのお守りとやらは目障りだな、と最上は口にはせずとも思った。



---


『うげ』
「どうしたの?エクボちゃん」


普段ならすぐに『ちゃんはやめろ』と言い返してくるエクボが机の影で小さく震える。
トメがそれに首を傾げていると「暗田さん、おはよう」とおなまえが挨拶して来た。


「あっ。みょうじさん、おはよう」


机の下を気にしていたトメに倣っておなまえもチラリと見てみると、険しい顔で此方を窺っているエクボがいておなまえは姿勢を直した。
トメと視線を合わせるとトメも再び首を傾げてわからないと示す。
おなまえには聞こえないようにエクボがトメに耳打ちをした。


『アイツ能力に目覚めてる。きっと最上の影響を受けてんだ。同調してきてんのかわからんが気の流れが最上に似てきてんぞ』
「えっ!?みょうじさん能力に目覚めたの!?」
『バカ野郎声がでけーよッ静かに話せ、アレに聞こえんだろ!』


トメの声を聞き付けておなまえが自分の席から振り返る。
背後にいた最上が視界を妨げないようにゆっくり端に移動した。
それを目で追いつつおなまえは頬を掻く。


「あー…よくわかんない」
「よくわんかんないの…?」
「除霊?てのは出来たみたいだけど」
「!!!」


あの時は無我夢中でいたからよく感覚もわからなかった。
どちらかと言うとその後死にかけた方が印象が強かったせいもある。
思い出したらまた少しの恐怖と怒りが同時に顔を出して来て、おなまえは顔を顰めた。
そんなおなまえの様子にも気が付かずにトメはおなまえの手を握る。


「ちょっと…!後で話聞かせて!」
「えぇ…?」
『オイやめとけって…』


俺様はコイツと一緒なんてゴメンだぞと、エクボはおなまえが断りますようにとその小さな手を組んだ。
しかし、鼻息荒く詰め寄るトメの勢いにおなまえは押されて頷いてしまったことで『俺様…帰るわ』とふよよと後ずさった。


---


「へぇー!おなまえちゃんそんな強い乳酸菌ちゃんが憑いてるの?」
「…乳酸菌…?」
「霊幻さんとこのエクボちゃんみたいに、悪霊食べてくれるんでしょう?」
「あー…、食べ…てるねぇ」


今何処にいるの?とトメに聞かれて、おなまえは自分の背後を指差す。
しかしトメには最上の姿が見えない。


「見えない?」
「ええ…。エクボちゃんもいつの間にかいなくなってるし…」


左右を見回すトメを端目に、おなまえは背後の最上を見上げる。
最上はそれを見下ろして、目が合うと僅かに細めて口端を上げた。
どうやら意識的に見せないつもりらしい。


「んん…エクボちゃんに憑依されてエクボちゃんを視認出来るようになったみたいに、私もその霊に憑依されたら能力に目覚めたりしないかしら!?」
「えっ。正気?」


こんなのに自分から身を預けようとするなんて、とおなまえはトメの神経を疑う。
しかしトメは「勿論よ!」と両手を広げて受け入れ態勢を取る。
おなまえはその手を掴むと勢い良く首を横に振った。


「ダメだよ!コイツに体なんか預けたら何しでかすかわかんないよ!?」
『酷い言い草だな』


強く言い聞かせるようにするおなまえの横で、最上はポケットに手を入れあの耳障りの悪い笑い声をあげている。
おなまえはそれを睨むように視線をやった。
しかしトメの言葉で二人は一瞬静止する。


「…でもおなまえちゃんのこと、守ってるんでしょ?その霊」
「……」
『……』
「ま…、もってないよ!危なく死にかけたんだから!あわよくば殺すつもりなんだよコイツ!」


おなまえは中身を掻き回されるようなあの時の感覚を思い出してまた首を振った。
人の生死を簡単に奪ったり気まぐれに生かしたりする悪霊だ。
守られてなんかいない、とトメの言葉を否定する。


「え。そうなの?エクボちゃんも悪霊って言うけど、何だかんだ守ってくれるからてっきりそうかと思ってたわ」
「それは…エクボちゃんがそういう性格だからでしょ、多分」


自分がこうして霊の肩を持つ日が来ようとは。
霊に良いものなんている訳ない、とひたすら避け続けていたのに。


「おなまえちゃんの霊は違うの?…お名前なんていうんだったかしら」
「最上さん。…何か、私が引き寄せ体質だから取り憑いてると餌が集まってきて便利…みたいな?」
「じゃあやっぱり最上ちゃんが守ってるようなもんじゃない?」
「いやややや。全然違うよ。ホントそれで運悪く私が死んでもいいと思ってるよ。私のこと"死んだら良い悪霊になる"とか言ってるんだよ?あと、ちゃんって付けるような可愛いもんじゃないから。女子高生に取り憑く成人男性だよ?エクボちゃんみたいなマスコット感覚ならまだしも普通に人型だから。ストーカーみたいなもんだから」


信じ難い現実と向き合っているかのような神妙な面持ちで早口に捲し立てるおなまえに、「あ、あぁ…そうなの…」とようやくトメのテンションが落ち着き始める。
すぐ背後にその本人がいるのに、尚且つ機嫌を損なわせるべきではないことも理解していながら、自身にとってこの悪霊がどれだけ不快な存在かをこんこんと語っていた。


「そ…そんなに悪口言って平気なの…?側にいるんでしょう?」
「……凄い、理解し難いんだけどさ」


そう言って最上の様子を窺うと、薄々そうではないかとは思っていたのだが愉快そうな表情を浮かべて此方を見ていた。
悪態を吐けば吐く程、最上は喜んでみせる。
不気味でならない、とおなまえは居心地の悪さを感じた。


「…何か嬉しそうにしてる」
「………うん…、早く解放されると良いわね、おなまえちゃん」


トメから同情の眼差しを送られると、予鈴が鳴り二人は昼食の後片付けを始める。

…本当に、何で悪口言われてあんな喜んでるんだろ。
理解の範疇を超えてる。
……もしかしてやっぱり変態なのでは…?

そう思いながらおなまえが立ち上がった瞬間、ゾワリと背筋が冷たくなる。


『簡単な話だ』
「…、…」
『お前が不快だ嫌だと思えば思う程、此方に馴染みやすくなる』


声が出ない。
立ったまま一歩踏み出すことも出来ないことに焦りを抱くと、自分の意思ではない力でおなまえの手がベランダの柵を掴む。
ゆっくりと身を乗り出して、足が宙に浮く。

トメはおなまえの様子に気付くことなく自分の席へと向かって行ってしまう。
自分の手に力を入れて堪えようとしても、僅かに指先が震えただけだった。


--人の体を…何だと思ってるのよ…!!


お前の気まぐれに付き合わされて死ぬのも、生かされるのもゴメンだ。
そう強く思うと大きく何かが弾かれた音がして、おなまえの体に自由が戻って来た。
すぐに振り返って叱りつけてやろうと思ったが、もう授業が始まってしまうのを思い出し急いで教室に入る。
その姿を目で追いながら、最上は自分の掌を顔の高さまで上げた。
外傷はないが、ジリジリと火傷を負ったかのような痛みがそこにある。
霊体になって久し振りに感じた痛覚にほくそ笑むとその手を再びポケットに仕舞った。







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