▼ノイズ




授業も終わり、放課後。
黒板の隅の日付を明日のものに書き換え、日直の欄に次の出席番号の苗字を書き込んだ。


「今日って体育、男子は何だったろう」


黒板消しクリーナーの轟音の中、竹中の耳はおなまえの声を聞き付けてそちらを見る。
パチリと電源を切ると、竹中の様子を窺っていたおなまえは口を開いた。


「今日の体育、女子はバドミントンだったんだけど、男子は何やったの?」
「柔道だよ」
「そっか。ありがとう!」


礼を言い日誌に書き込むのを見てから、竹中は途中だったクリーナー掛けを再開する。
全ての黒板消しを綺麗にし終えるとちょうどおなまえも日誌を書き終えたようで席を立ち上がった。


「竹中君ってえっと…脳なんちゃら部だよね。もう日誌終わったから、私職員室行ってくるよ。竹中君部活どうぞ」


文化部の部活棟は職員室と反対方向にある。
それを気にして一人で日誌を返しに行こうとするおなまえを呼び止めた。


「ゴミ捨てがまだだし、一緒に行くよ」
「あっ、そうか。ゴメン忘れてた」
「別にいい」


竹中がゴミ箱から袋を抜き取ると、おなまえが新しい袋を広げて設置した。
隣の不燃ゴミの方は既に纏められて、「私日誌書いただけだから、悪いよ」とおなまえがその袋を持つ。
ガラリと音を立てるその袋をおなまえの手から奪って、代わりに可燃ごみの袋を持たせる。


「じゃあこっち持って。俺鍵かけるから」


持ち替えられてまたガラガラとゴミ袋が鳴る。
すると「あと何するんだっけ…」とおなまえが立ち止まって、竹中は「戸締りした?」とゴミ袋の口を縛る手を止めた。


「あ、ベランダの方。待って」


内側から鍵を掛けて教室の出入口で待つ竹中におなまえが駆け寄る。


「忘れ物は」
「ない!」
「…鍵閉めるんだけど。鞄、机だけど」
「あ」


言われて慌てて自分の席の脇に掛かっている鞄を回収する。
竹中君てよく気が付くなぁとおなまえが思っていると、ガチャガチャと鍵を回す音が喧ましく鳴った。


「挿さらない?」
「…回す方向間違えただけだから。平気」
「そっか。じゃあ行こう」


ゴミ捨て場に向かいながら二人並んで廊下を歩く。
ホームルームが終わってからもうすぐ30分が経とうとしている。
それくらいの時間となると教室に残っている人も疎らで、静かな廊下には二人分の足音だけが響いた。


「竹中君って凄いよく気が付くよねぇ!」
「普通だろ、凄くねーよ」
「そうかな…だって………まぁいいけど」
「……」


さっきも、私が日誌書いてて竹中君がクリーナー使ってる時とか、私が竹中君に声掛けたくて見てたの気付いたから途中なのにやめてくれたんでしょ?

と言いかけてやめたおなまえの隣で竹中は黙っている。
「まぁいい」と言っておきながら、おなまえの中の竹中はすっかり空気の読めるいい人だ。
認識が変わっていないことを読み取って、竹中はほんの少しだけ罪悪感を抱く。
しかし口にしていないことに触れる訳にもいかず、居心地の悪さを別の話題で誤魔化した。


「あと俺…脳電部辞めたから。職員室遠くないし」
「え。そうだったんだ!転部したの?」
「……テニス部」
「へぇー!私もだよ、女子テニス部!竹中君もテニスやるんだね?」
「まぁ…」


それが下心に拠るものだとも思っていない様子のおなまえに、一層気まずさが募っただけだったと竹中は内心項垂れた。
「じゃあホント部室までほとんど一緒だね!」と笑い掛けられて「いや、別だよ」と返事をする。


「…あ!今テニスコート整備中だったね?」
「だからレギュラー以外は基礎練だけ。俺は走り込みだからグラウンド」
「そっか…だから今日ラケット持ってないんだね。えー、練習場所私見てないや。部室に貼ってあるかなぁ」
「…職員室に副顧問いたら聞いてみれば?」


顧問はこの時間だともう部活の方に出てるだろうけど、副顧問は呼ばれない限り職員室すぐ外の喫煙所にいる。
竹中の言葉におなまえは「すっかり存在忘れてた!」と副顧問の存在を思い出したようだ。
そしてニコニコ笑いながらまた竹中に礼を言ってくる。
焼却炉前にいた用務員にゴミを渡して、職員室に日誌を届けるとおなまえは女子テニス部の副顧問の元に向かった。
一方で竹中が廊下に向かって踵を返すと呼び止められる。


「竹中君」
「何だよ」
「コートの整備終わったら一緒行こうね、部活!」
「……」
「じゃあまたね!…先生〜!」
「…失礼しました」


竹中の返事を待たずに副顧問の元へ再び向かうおなまえの背中を見届けて、竹中は一礼してから職員室を後にした。

覗けば自己嫌悪に後で陥るのがわかっているのに、それでも気にせずにはいられない彼女の「またね」が頭の中でずっと響くようだった。



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03.29/04.01/04.02/04.05/竹中夢



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