▼噛み痕を残す




夜間学校が終わった帰り道、途中にある本屋に入る。
カウンターの中には店員が一人。
その人は俺に気が付くと「ああ、みょうじさんの。今日はもう上がりましたよ」と声を掛けてきた。
覚えられてることに少し気恥しさを感じながら「どうも」と頭を下げると、店を出る。
少し歩いた駅へと続く五叉路で立ち止まると周囲を見回してみた。


--あれ、みょうじ…帰ったのかな…?


いつもなら此処で待ってるのに。
連絡きてるかな、と携帯を確認してみるとセンターで止まっているメールがあるのに気が付いた。
みょうじからのだ。


「……"いま"って…」


送り途中で間違って送った?
でも続きのメールはない。これ一通だけだ。
不自然な二文字だけのメール画面を見つめていると、不安な気持ちが湧いてくる。
メールの時間と今の時間を確認してみた。
今22時半で…メールは10分くらい前だ。
みょうじが22時に上がったんなら、15分くらい此処で待ってて、これを送ってる途中で何かあったのかもしれない。

…ま、まさか…何か事件に巻き込まれたとか…?
夜だし、変質者とか…悪質な"きゃっち"とか…!
もしかしたら助けを求めて"いま"しか打てなかった可能性も……

意識を集中させて、みょうじの気配を探ると人目を確認して跳躍した。
信号や障害物がないから走るより早い。
気配のする方に向かうと其処はホテルで、何でこんな所に…?と思いながらも近くなる気配を頼りに中に入った。
エレベーター…は待つ時間も惜しい…し、みょうじがどの階にいるかわからない。
階段の方が探知しやすいとみて昇りながら確かめていく。


「この階、かな……上?…」


大分近いはずだけど…。
とりあえずこの階から調べてみよう。
静まり返った廊下を進みながら、携帯でみょうじに連絡してみる。
呼出音が鳴り続けるけど、みょうじは出ない。
この階で合ってそう…でも…。
俺の視線はすぐ手前の扉とその奧の部屋とを見比べる。
その時手の中の携帯が鳴って、みょうじかもしれないと画面も見ないで出た。


「もしもし芹沢?」


やっぱりみょうじだ。
いつも通りの声にまずホッとして、いやでもまだ状況が分からない、と気を張ったまま「何かあった?」と聞いてみる。


「何も無いけど。どうして?」
「……"いま"ってだけメール来たら、何かあったのかもって思うだろ」


何も無いならいつもの場所で待ってるはずじゃないの、と思ったけど収めた。
みょうじが俺に嘘なんてつく訳ない。
きっと事情があるんだ。


「え?メール?」
「……届いてきてたよ」


手前側の扉越しに電話口のみょうじの声が重なって聞こえてきて、俺はその扉に近付く。


「あぁ…ちょっと変な…」


ドアノブが動いて扉が開かれた。
外に出ようとしていたみょうじは俺に気が付いて驚いた顔で静止する。
パッと見怪我もない普段のみょうじで、ようやく俺の緊張が解けた。
でもそれは奥のベッドに男が横たわってるのを見つけるまでの一瞬だった。

…アイツ誰だ。
何でみょうじと部屋で二人きりでいるんだ。

俺の視線が部屋の奥に向かうと、みょうじがそれを遮るように身じろいだ。
そんなことしても、俺の方が背が高いから余裕で見えるんだけど。
…あの男のこと、隠したいのか…?

胸の底が冷え切っていくみたいだ。
通話中のままだった携帯を切って、みょうじの肩に触れる。


「……で?何がちょっと変、なの?」
「も、もう解決した所で…」
「へえ。解決したんだ」


……俺に話すつもり、ないってことか。


「…悪霊がこの人に取り憑いててね」
「みょうじ除霊とかしないだろ」
「しない、けど。"成仏したい"って言われて」


みょうじが興味のないことにはとことん関わらない人間なのはよく知ってる。
お人好しでもない。
仮に霊にそんなこと言われても無視するに決まってる。

何でそんな、すぐわかるような嘘つくんだよ。
俺に。


「………そう。それで此処ってこと」
「ちが、此処は…!いった」


掴んでいるみょうじの肩をそのまま押して、部屋の中に戻した。
部屋の大半を占めているベッドに押し付けると、すぐ隣に横たわってる男をみょうじが気にする素振りを見せて、俺の顔から表情が消える。

何見てるんだよ。
アンタの目の前にいるのは俺なのに。

悔しくてみょうじの視線を俺の腕で断ち切った。


「俺心配したんだけど。何してたの」


口から出た声は俺が思ってたよりハッキリしてた。
ようやくみょうじは俺の腕から顔に目を向けて、そこに強い焦りの色がうかがえる。


「心配掛けたことは…謝るよ、ごめん。でも…」
「掛けたことは、ってどういう意味だよ。他のことは謝る気ないの?」


俺にいま嘘ついてることとかさ。


「せ、芹沢に謝らなきゃいけないようなことしてな…」


ああそうか。
別に俺たち、ちゃんと付き合ってる訳じゃないもんな。
だからいちいちお断りする必要もないって訳か。
人のことを好きだなんだと言う癖に、と思えば、何だかんだ俺もその言葉に縋ってたんだなって自覚が大きくなった。

みょうじは変わり者だけど、俺には優しくて嘘をつかなくて俺を特別に思ってくれてる。
でもそんなの、組織にいた時の名残でそうしてるだけで。
都合良く体を合わせる為の適当なポーズで。
もしかしたら別の面のみょうじは、他の男ともあんなことをするのかもしれない。
俺じゃ、なくても。


「…と…とにかく場所。場所変えようよ。この人いつ起きるかわからないし…?!」
「どうでもいいよソイツなんて」


まだこの男が気になってしょうがない様子のみょうじ。
今そんなことどうだっていい。
…ああ、起きたらみょうじにとっては板挟みになって不都合ってことか。
ベッドの半分を占領しているコイツを押し退けたら、床に転がる直前にみょうじが能力で浮かせて静かに下ろした。

そうだ。
みょうじだって能力者なんだ。
仮に悪漢に襲われたってやり返せるくらいのことはできる。
じゃあやっぱり、望んでコイツと。

急に血が熱くなる。
やめてくれ。
俺の前で他の男を庇うなんて。
なんで。
みょうじがどうでもいい奴にそんな気を回す訳が無い。
悪霊とか成仏とかさ。
俺に嘘ついてまでそいつを守りたいの?

嘘つきだなんて、思いたくないのに。

パチパチと音を立てて部屋中の電気がバラバラに点滅していく。
みょうじの焦りが強くなったのが、息を呑むような音でわかった。
俺が怒ってるのがようやく伝わったみたいだ。


「やけにソイツ庇うね」
「起きてこられたら面倒でしょ…"悪霊に取り憑かれて記憶がないと思うんですけど"なんて普通の人に通じる訳ないよ」
「ふぅん」


またその悪霊、か。
もういいよそれ。


「……し、信じてない…?」
「……別に。いいよ、言わなくても」


みょうじが本当のことを言ってくれないなら仕方ない。
誰か知らないけど、他の男に触られたままのみょうじってだけで気が狂いそうだ。

戻さなきゃ。元に。
思い出して貰わなきゃ。

みょうじのことを一番わかってるのは俺で、一番都合が良いのも俺だよって。
だから。

俺以外の男に、会うのはやめろよ。

もう二度と俺が忘れられないようにその肌に噛み付いた。




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03.30/地雷原〜の芹沢視点



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