▼親心を示す

※爪痕夢主
※出しゃばらせ隆ったので芹沢要素薄め



「もうこれはアレだな。縁ってヤツだ」


霊幻がピシリと指を差して見せたのは一冊の本だった。
依頼人から前金と共に郵送されたそれは呪術だか霊力だかが込められている曰く付きの代物だそうで、説明を受けたおなまえは心底嫌で溜らないという表情で霊幻を見つめた。


「…で、また私の出番ですか」
「そんな顔するなよ、お前こういうの得意なんだろ?本だし。な?」
「本は好きだけど…何故私が霊幻サンの手伝いをするのかに納得がいかないんですよねえ」


おなまえの頭の中で"謎の本を読む"という興味と"霊幻に手を貸す"ことへの煩わしさが天秤に掛けられる。
圧倒的に煩わしさが勝っておなまえはプイとそっぽを向いた。


「頼むよみょうじ。俺はこういうの読むの苦手だし…何度も悪いけど手を貸して欲しいんだ」
「……読めばいいんだね?」
「本当にお前芹沢の言うことなら聞くんだな」


天秤に"芹沢からの頼み"が上乗せされて、仕方なくおなまえは霊幻に手を差し出した。
その変わり身を見て霊幻は小言をぼやくが、おなまえは「君への恩義は芹沢を拾ってくれてることだけです」と尖った返答をする。
おなまえの手に本が置かれて、能力でどんな力が込められているのかを探る。


「…依頼人からはこの本の曰くについての説明は何か?」
「読むと廃人のようになってしまう、とのことだが」
「ふぅん…呪いや悪意は込められてないけど」


「念の為上書きしておこうか」とおなまえの力が本に込められていく。
光が本を包み強く光を発した後、消えた。


「…はい。終わりましたよ」
「もうか?」
「うん。…依頼人に返す前にこれさ、読んでみてもいいです?」
「構わないが」


霊幻の許可を聞いておなまえは早速表紙を開く。
次の依頼人がやって来るから、と事務所の隅に移動するよう言われて一度席を立った。


「…まさかそのまま他の仕事手伝わせないよね?」
「まさか。お客さんもわかるんじゃないかな、みょうじどう見ても私服だし」
「……」
「お茶汲みもレジ打ちもしないですからね」
「はいはい。わかりましたよ」


はた、と気が付いておなまえが念押しすると「いるんだからいいじゃねーかよ少しくらい」と霊幻が零してやっぱり手伝わせるつもりだったんだなとおなまえは霊幻をジトリと見た。
巻き込まれないように給湯室の隅に腰を下ろすとそのまま本を読み始めて、「そんなにかよ」と霊幻が言う。


「本読むの邪魔されたくないんですよ」
「ああそう……今更だが二人は同僚で良いんだよな?」
「え。…はい」
「……昔からあんな感じなの?」


おなまえに聞こえないようにだろうか、声を潜めて霊幻が尋ねてくる。


「あんな、っていうのは…?」
「上司とか他人とかに聞く耳持たない感じ」
「あぁ。組織で一緒に動いたことがあんまりないですけど。仕事は多分、ちゃんとやってた…んじゃあないかな。みょうじも社長の命令で他の幹部と出張とか行ってましたし…」
「ふーん…じゃあ何で芹沢の上司なのにあんな俺嫌われてんの?俺何かしたか?」
「…嫌ってますか?俺の上司だからかどうかはわからないけど、敬語ですし」


あんな取って付けたような敬語で客商売できてんのか、と霊幻はおなまえに一抹の不安を抱いた。


---


本はなんてことない、海外の絵本が原作のありふれた物語だった。
学校生活や家庭内環境に悩む主人公が本の中で崩壊されつつある幻想世界を救い、その旅によって自分自身を見つめ直すというストーリー。
おなまえもかつて読んだことがあるが、翻訳者が違えば細かな描写がまた違う。
大筋の話は頭に入っているので、サラサラと文字を追いながらページを進めていく。


「おなまえ」
「え?」


読み途中で芹沢に声を掛けられて、おなまえは顔を上げた。
するともう事務所には夕陽が差し込んでいて、そんなに長い時間読み耽っていたのかとおなまえは手元を見る。
しかしそこには自分の両膝が折り畳まれているだけで、不思議に思っていると芹沢が手を差し伸べてきた。


「もう仕事終わったから、帰ろう」
「う…うん」


あれ、私…今何を不思議に思ったんだっけ。

戸惑っているおなまえに芹沢は「どうかした?」と声を掛けてくる。
その声を聞いた端から自分が何を今考えていたのかも曖昧になって、おなまえは「なんでもない」と首を振った。


「今日、久し振りにおなまえの料理が食べたいんだけど…いいかな?」
「料理かぁ…そうだね、うん。いいよ」


手を繋いだまま二人は事務所を後にしていく。
主である霊幻がいないことや、施錠することのないまま離れて行くことに疑問など抱きもせずに。


---


「ありがとうございました。足元、階段ですのでお気をつけて下さいね」


会釈して立ち去る依頼人を見送って、芹沢は時計を確認した。
おなまえが本を読み始めてから二人目の客が帰った所だ。
そろそろ声を掛けて帰り支度をした方がいいなと芹沢が思っていると、事務所の外の方から悲鳴が聞こえる。
さっきの客だと二人が気が付いて「俺行ってきます」と言うと、芹沢は霊幻に給湯室の方を指差して「みょうじ先に帰らせておいてください」と残して事務所を出て行った。


「そういやアイツずっと本読んでたんだっけ。静かだったから忘れかけてたわ…」


言われた通り給湯室に入って、隅で膝を抱えたまま本を読んでいるおなまえに声を掛ける。


「オイ、もう芹沢上がる時間だからお前も…、みょうじ?」


全く反応のない横顔を不振に思って近づく。
おなまえは本を捲りもせずにいて、霊幻がその肩を揺らした。


「……」
「お、オイ。みょうじ!聞こえてないのか…?みょうじ!!」
「……」
「マジかよ…」


その手に掴まれている本を取り上げてみてもおなまえは虚ろな目で何処か遠くを見ているようで、すぐ側の霊幻を映さない。
これはもしかして、依頼人の手紙にあった"廃人のような状態"ではないのか。
脈と呼吸を確認するが、異常はない。
意識だけが朧で、小さく「芹沢…」とだけ零した。
生憎芹沢は今仕事中だ。
霊幻は意を決すると「どうか悪いようになるんじゃないぞ」と祈るような気持ちでおなまえの上着とシャツを脱がせた。


---


「ん?」
「…どうしたの、おなまえ」
「今誰かに呼ばれた気が…」


おなまえがふと後ろを振り返ってみるが、そこには自室の壁しかない。
念の為壁に耳を当ててみてもやはり静かで、おなまえは首を傾げた。


「俺しかいないよ」


しかし芹沢の声がすぐ側で聞こえると、また疑問は泡のように消えていく。

そうだ、私には彼がいる。
彼さえいるなら。


「そうだね、二人だけだ」


優しく抱き締められて、満ちた気持ちでその胸に顔を埋める。
幸せだ、と思っていると急激に熱が冷えて行って温もりに満ち溢れていた世界が遠のいた。


「みょうじ!!」
「……え。霊幻、サン…?」
「気が付いたか…。はぁ…肝を冷やさせるんじゃないぞ、全く…」


ポタリと自分の前髪から雫が滴って、おなまえは数回瞬きをする。
寒い。
目の前にはバケツを持った霊幻がいて、視線を下に向ければズボンは履いているが何故か上は下着姿だし、なんだコレ、と状況を必死に呑み込もうとした。
そんなおなまえに霊幻はタオルを差し出して体を隠すように掛けてやる。


「お前、呪いだっけか?解けてなかったみたいだぞ。ゾンビかってくらい虚ろで意識がなかった。…覚えてるか?」
「意識が…なかった?」


体に掛けたのとは別のタオルで霊幻に髪を拭かれながら、おなまえはひとつひとつ記憶を手繰っていく。
本を読んでいて…それは本の中の世界を救う物語で…途中で芹沢に声を掛けられて帰って、自宅で食事をしていて…と順を追っていると、事務所の扉が開く音がした。


「お客さん、もう大丈夫です。除霊してきました。……あれ、みょうじ何でびしょ濡れ?」
「芹沢…?」
「ちょっとな」
「え…?霊幻さん……」


脇にまとめられたおなまえの服に気が付いて、芹沢が霊幻に訝しむような視線を向ける。
霊幻はそれに気が付いて慌てて「やましいことはしてない!誤解だ!除霊…そう、これも除霊で!」と否定する。
それを意識の端で聞きながら、おなまえはようやく今までのことが途中から妄想だったのだと気が付いた。

私はずっと此処にいて、自宅になんて帰ってない。
芹沢は私をおなまえなんて呼ばない。
あれは私の願望の世界だったんだ。

そこから引き戻してくれたのがこの芹沢に必死に弁解をしている霊幻なのだと理解して、おなまえもようやく立ち上がった。


「…なんか、呪い解けてなかったみたいだ。私も落ちぶれたかな」
「あ"!本…!」


おなまえの側に置かれたままだった本まで水を被ってずぶ濡れだ。
幸いハードカバーで背表紙から受けていたので被害はそこまででもなさそうだが。
急いで本を拾い上げて拭く霊幻を後目に自分の体を拭いていると、芹沢がおなまえの肩を引き寄せた。


「奥の部屋で着てきなよ。後は俺やっておくから」
「本を?」
「うん。…みょうじの見様見真似だけどね」
「…わかった」


それなら余計、私のお役は御免じゃないかとおなまえは思いながら示された部屋に入り、服に袖を通していく。
霊幻の手伝いをするのは本当に気が乗らないのだが、芹沢に頼りにされていると思えばこそ自分の存在価値があると思えたのに。
先程までの幸福感から一気に気分が重くなって、ダラダラと着替え終えると部屋を出たそこに芹沢の姿はなかった。
学校があるだろうし、先に帰ったのかもしれないとおなまえが溜息を吐こうと息を吸うと。


「ああ、服。一応除けて置いたんだが濡れてなかったか?」
「…うん、平気でしたよ。ありがとう、霊幻サン」


嫌だなぁ、掻き乱されるのは。
悲しんだり落ち込んだりしたくない。

こんな風に思うくらいならあのままでいても良かったのになと思いながら自分の鞄を拾い上げると、帰ろうとしているおなまえを霊幻が呼び止めた。


「芹沢が今羽織るもん買って来るから、もう少し待ってろよ」
「…学校は?」
「遅れていくんじゃないか?多分」
「そうか。………役に立つ所か足を引っ張って悪いね」


本の浄化も結局は芹沢がやったのだし、とおなまえは「立つ瀬がないな」と小さく呟いた。
床を拭き終わった霊幻は雑巾を絞りながら「お前さ」とおなまえに視線を向けないまま口を開く。


「ちょっと芹沢に依存しすぎなんじゃないか。他人の俺が言う問題じゃあないんだろうが」
「………」


痛い所を突く奴だなとおなまえが目を細める。

今の私はちょっと気が短い。
芹沢に余計なことを吹き込まれる前に、そんな考えを持たないように作り変えてやろうかと鞄から手を放す。


「お前がいたきゃ其処にいていいだろ。誰の許可も願いもいらないぞ」
「…え…?」
「だから、芹沢に必要とされたすぎだろって言ってんの。能力云々がなきゃ芹沢がお前と会わないと思ってんのか?」


アイツがそんな薄情者か?と続けて問われ、おなまえは言葉に詰まった。
行き場のなくなった掌を握り締めて、首を横に振る。


「まあ今回も前回も俺が"呼んで楽しようぜ"って言ったからだが。別に除霊できなかったからってみょうじがそんな気負うことねーし。出来なかったらホラ、"浄化の火に焼べました"って言うから」
「…それはそれでどうかと思うけどね」
「…何だ、お前意外と責任感あるんだな」


「つまりはだ」と霊幻がおなまえにピリシと人差し指を指しつけた。


「断ったっていい俺の申し出を受けてる芹沢も、みょうじがいてもいいと思ってるからそうしてるし、お前だってここに来るって自分で選んで来たんだろ。偶々役に立てなかったくらいで存在理由がなくなりましたみたいな顔すんなってことだ」
「……君って…」


おなまえが言い出したタイミングで再び事務所の扉が開いた。
「ただいま戻りました」と言うと、帰ってきて早々に芹沢はおなまえにストールを掛けながら尋ねる。


「みょうじ。もう出れる?」
「う。うん。あ、コレありがとう。お金…」
「じゃあ帰ろう。俺学校遅刻だから、駅までになっちゃうんだけど」
「え!いい、いい。すぐ学校行っていいよ、一人で帰れるから」
「素直に送られてけよ可愛くねーな」
「っ君に…!」
「ホラ行くよ。霊幻さん、お疲れ様でした!お先に失礼します」


霊幻にシッシッと手を払われて、"可愛くない"と言われたおなまえは「君に可愛いなんて思われなくて結構」と言い返すつもりでキッと睨んだ。
しかし芹沢に手を引かれて足早に事務所を出る。

駅に向かって歩きながら芹沢は「急がせてごめん」とおなまえを気遣う。
そもそも私に構わなければギリギリ間に合いそうな時間だったのだから、とおなまえは「私のほうこそ…」と詫びた。
歩きながらおなまえの状態に気づかなかったことや買い物が遅くなったことまで芹沢が謝ってくるので、おなまえは「自分が選んだ結果だから」と首を振った。

そうだ、自分で選んだんだ。

いてもいい。
誰の許しも必要ない。
いたいなら其処にいていい。

自分で選んでいい。

おなまえの頭で霊幻の言葉を反芻する。
自分を引いている芹沢の手を握り返して、おなまえは「芹沢」と声を掛けた。
すると芹沢は急いでいるというのに足を止めて、振り返る。


「どうしたの?」
「君の上司、いい人だね」
「霊幻さん?…そうだね、いい人だよ」


首を傾げながらも頷いてみせる芹沢に「あの人になら芹沢を任せても平気だね」と笑って歩き出せば、芹沢も「アンタは俺の母ちゃんかよ」と笑った。




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03.28/本の世界の妄想から霊幻が現実に引き戻す爪痕夢主。



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