▼雫を受ける




「ねぇねぇ峯岸さん」
「…どうしたの」


声に本から視線を上げて、峯岸はおなまえを見た。
おなまえはベランダに面した窓から外を見ていて、ひとつの鉢植えを指さす。
雨を受けて雫を毛のような突起に滴らせている植物がそこに植わっていた。


「あのヘンテコな形の子はなんて言う子?」
「アリキア」
「じゃあコレは?大きくなったらアリキアちゃんになりそう。なります?」
「それはモウセンゴケ。ならないよ」


ベランダのを指さしてから、今度は別の鉢を指さして尋ねるのでそれにまた答えると、「ならないのかぁ」と残念がる。
出生魚じゃあるまいしと内心思ったが、これが彼女なりのコミニュケーションなんじゃないかと最近思う。


「同じ仲間だけど。惜しかったんじゃない」
「あぁ、親戚でしたかぁ〜」
「親戚って…今更だけどおなまえって相当変わってるよ」


峯岸がそう言うと、おなまえは言われ慣れているのか「個性は長所です!」と笑っている。
経歴もハッキリしていない峯岸を雇ってくれた店長の知人なだけあって、良くいえば大らか、悪く言えば大雑把な性質のようだ。

知り合ってから小まめに店にやってくるようになって、花にそこまで関心がある訳でも無いのに入り浸っては峯岸を構うおなまえ。
店長が「峯岸君、おなまえちゃんで接客の練習したらいいよ」なんて言って買い物もしないおなまえを許すものだから、渋々相手をしている内にいつの間にか嫌に思わなくなっていた。
おなまえに言われるがままになんとなく連絡先を交換して、なんとなく会うようになって、なんとなく一緒に過ごしている。

不快な程話し掛けてもこないし、根掘り葉掘り質問してくる訳でも無い。
峯岸がこうして本を読むのを再開すれば、おなまえはまた部屋の中の植物たちを眺める。
放置されているのに(別に招いた訳じゃないけど)文句も言わずに大人しくしているおなまえが気になって、峯岸は口を開いた。


「…何が面白くて此処まで来てるの」


家に来るまで許してる僕も僕だけど。
峯岸がそう思いながら尋ねると、おなまえは峯岸が腰掛けている椅子の側までやって来た。


「え?私峯岸さんといるだけで楽しいですよ」
「本読んでるだけだけど。おなまえ、お店にも来るけど別に花が好きなんじゃないんでしょ」
「そうなんですけど…うーん。お花たちといる峯岸さんを見てるのが好き、ですかね…」
「……何それ」


顔を上げれば言った本人は照れ笑いを浮かべているものだから、峯岸までソワリとして目を逸らした。


「店長さんから聞いてたんです、峯岸さんのお家にはお店に置いてるのとは違うお花たちがいるみたいだよって」
「…まぁ、生花店よりはホームセンターとかそういうの寄りかな、こいつらは」


別に食虫植物だから虫をあげなければいけないという訳ではないが、需要と供給というか店の方向性というか、贈花品としてはマイナーだ。
部屋にひとつあるだけでインパクトは強まるけれど、悪く言えば協調性がない。
だから店に置いてあるのはサラセニアくらいで、夏休みの時期になれば子供の自由研究用に入荷する程度、と店長が言っていたか。


「そうなんですね。…お店のお花に囲まれてる峯岸さんもいいんですけど、このお部屋の子たちといる峯岸さんもまた違って素敵です……」
「………自分で言っておいて何照れてるの」
「えへへ…」
「…調子狂う…」
「あ。ごめんなさい読書の邪魔でしたね」


ハタと気が付いておなまえが離れようと後退った。
峯岸は本に目を落としたま、その手を掴む。


「別に。いいけど…もうすぐ読み終わるから」
「じゃあ…お言葉に甘えて」


もう一対の椅子を引き寄せておなまえはそこに腰掛けた。
それだけなのにニコニコと笑顔を浮かべて、机の上を飾っているウサギゴケの花を指先で撫でている。

何でこんなに今日は落ち着かないのかわかった。
雨音に紛れて植物たちがソワソワとしているからだ。
こいつたちがおなまえを意識するから、僕まで。

もう少し雨が強ければ、気づかないままでいられたかもしれないのに。
お前達大人しくしてくれよ、と今更念じた所でもう遅かった。





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03.31/雨の日に峯岸宅デート



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