▼メイクもヒールも




店に入らないまま人を待つのは苦手だ。
冬ならまだしも紫外線や虫やらが気になるし、何より雑多な場所っていうのはそれだけで集中を掻き乱す。


「ねえ、お姉さんキレイだね。さっきっから一人だけど、俺らと遊ぼうよ」
「…あっち行って」
「……」


ホラ、こういう虫も沸く。

おなまえの声を聞くと、にやけ顔の男たちはおなまえが腕を組んだまま人差し指で適当に指し示した方向へとフラフラ歩き去っていった。

もう何回目だコレ。
というか、何でこの場所と時間を指定した本人が1時間も連絡なしに遅れてるのよ。

流石に電話を掛けようとおなまえがポケットに手を掛けた時、ポンと肩に手が置かれた。


「やあ、おなまえ。すみません」
「…遅いんだけど」
「待ちました?」


人当たりの良さそうな笑顔でようやく表れた待ち人は、思ってもいない(だろう)謝罪を口にする。
でももしかしたら、私が時間を間違えて覚えていたということもあるかもしれない。

そう思いおなまえが「今日この時間であってた?」と聞けば、「いえ?1時間程前ですね」としれっと返ってきて、やっぱりお前が遅れてきてたんじゃないかと口角を下げる。


「島崎ィ…待ちました?じゃないじゃん。じゃあ」
「ハハハ。君が綺麗だなんて目の悪い奴もいるものだなと思いまして」


そう言うとおなまえの顔を無遠慮に撫で回す。
顰めて見せれば余計に島崎は楽しそうに口元を歪めた。


「化粧が、落ちる!やめてよ」
「ああ!それであの人たちは錯覚してたんですか」
「てか見てたんなら助けてよ。島崎がちゃんと時間通りに来てたら声掛けられずに済んだのに」
「来てましたよ。面白そうだなあと思って聞いてました。ホラ、私見えませんから」
「……」
「私に気づかないなんて、油断してる方が悪いんですよ」


じゃあコイツは時間通りに来ておいて待ってる私を観察してたのか、と思うとおなまえはとうとう島崎の脛目掛けて足を蹴り出す。
しかしそれを「嫌だなぁ、怪我したらどうするんですか?」と、島崎は見えているかのように避けてみせた。
そんな島崎におなまえは舌打ちを零すと、「仕事するよ」と言いかけて呑み込む。
今まで島崎と会うのは超能力者のスカウト時が多かったから、つい癖でそのつもりになってしまった。
組織にいた頃の感覚がまだ抜けていない自分に溜息をついて、「…で、何処行く?」と尋ねる。


「決めてないです」
「そう。じゃあ…とりあえず座れる所入ろう、ずっと誰かさんを待ってる間立ち尽くして疲れたのよね」


島崎の手を引いておなまえは歩き始める。
コツコツとヒールの音が先陣を切っていって、人混みを掻き分け大通りから赤提灯が照らす手近な路地に入り段々と喧騒が小さくなっていく。


「そんなヒール履いてるからじゃないですか」
「…島崎が背高いから。話すの疲れるのよ」
「首と足を天秤に掛けて足を捨てたんです?」
「……」


おなまえに引かれるまま進んでいると、響く足音が詰まった音に切り替わって狭い場所に入り込んだのがわかる。
肩が壁にぶつかって、どこかの飲食店の油や煙の臭いが鼻を掠めた。
すると急にグイと首元を掴まれて引き寄せられる。
島崎の背が先ほどぶつかった壁に押し付けられて、おなまえの香りが間近に迫った。


「こうやって毎回屈んでお話してくれる?ならいらないけど、こんな靴」
「…ビックリするじゃないですか」
「油断してる方が悪いんでしょ」
「……その通りですね」


してやったわと鼻を鳴らして離れようとするその腰を島崎の手が遮る。
今度は此方に引き寄せてみせればおなまえが島崎の胸に手をついて体が密着した。


「危な、足捻るで……んっ!?」


文句を言おうとする顔を片手で掴んで、その口を塞ぐと開きかけていた唇が閉じる前に舌をねじ込む。
逃げるおなまえの舌を追って絡めれば、唾液が溢れて口の端から零れていく。
流石に噛み付くことは気が咎めておなまえは島崎の胸を押し返そうとするが、その力が弱くなるまで延々と舐られようやく解放された頃には島崎に支えて貰って立つのがやっとだった。


「な…何…」
「いやあ、油断してるなと」


そう言って島崎は自分の唇に塗り付けられたグロスを「美味しくない」と言いながら舐めとってみせる。


「嫌がらせか…っ」
「決めました。行く先」
「…は?」


そう言うと直後、暗い路地裏から暗いどこかの室内に転移される。
おなまえが突然のことに状況を飲み込めずにいるのを後目に、島崎は靴を脱がして抱え上げた。
そのまま歩き始めてしまい、おなまえは暗がりに慣れ始めた目で僅かに差し込む光を頼りに周囲を見回す。

アレ、此処…。


「えっ…ちょっと、此処私の部屋…」


何で私の住んでる所を島崎が知っているんだ、と一層混乱する。
間取りまで把握してるのか、迷いなく部屋の扉を開けて寝室に入り込んでいくとベッドに下ろされた。


「…え…嘘でしょ…だよね?」


何でどこが寝室かまで知ってるの。
というか此処で何をするの。

おなまえの頭に疑問が散りばめられる中、ひとつの可能性だけがその中心に鎮座する。
そんな訳ないよねと必死に思考を掻き寄せるが、無常にベッドのスプリングが軋んで。


「こうすれば着飾る必要、ありませんよ」


どうせ私には見えませんしね、と厭味ったらしい声が暗闇に響いた。




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04.01/元爪幹部の島崎夢



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