▼春風を纏う




天気予報が桜前線の訪れを告げて、通学路にも桜の花弁が舞う。
少し先を歩く見知った後ろ姿を見掛けて、おなまえは声を掛けた。


「シゲくん!」
「! おなまえちゃん、おはよう」
「おはよう!すっかり春だねぇ〜」
「そうだね」


「もう此処の桜って満開なのかなぁ?」と桜並木を見上げるおなまえに、「どうなのかな…わからないけど、綺麗だね」と一緒になって見上げた。


「おなまえちゃんは特に春が好きなんだよね」
「うん。覚えてたの?」
「小学校の頃から毎年言われたら、流石に覚えるよ」


おなまえが春が来る度桜が散るまで、それこそ毎日のように「桜が〜桜が〜」と言うものだから、この時期になるとモブまで桜の開花していく様子をつい観察してしまう。
お陰で家を出る前に天気予報をしっかり確認するようになった。


「えっ、私そんな毎年言ってた?」
「桜が咲く度に言ってる」
「桜見ると"春だー!"って気がするじゃん!」
「それもいつも言うよね」
「…もう、毎年恒例のだと思って。大目に見てよ」
「え。うん」


今更のことなのだけれど、一体何を大目に見て貰いたいんだろう、とモブは頭に「?」を浮かべる。
夏になれば入道雲を見て夏だと言うし、秋になればドングリを拾って小さい秋だよとはしゃぐし、冬になれば松ぼっくりを蹴って道から外さないで蹴り続けるゲームを始める。
雪なんか降った日には雪兎を曲がり角毎に作って歩く。
季節が変わる度におなまえはその変化をモブに教えてきて、それが今年も春の順番が巡って来た。
おなまえが一番嬉しそうに笑う季節だとモブは認識している。


「…あ。でも今日、風が強いんだって。折角の桜も今年は散るの早いかも」
「風?全然普通じゃない?」
「法面が壁になってるだけかもしれないよ。突風に注意してって、お天気のお兄さんが言ってた」
「ふーん…うっわ!」
「ほら………ちょっ…」


角を曲がってすぐにおなまえが風に煽られてよろけた。
モブがその手を転ばないように掴んだが、グラリと引き摺られそうになってより強い力で引き寄せる。


「あ…ありがとうシゲくん…」
「……」
「…シゲくん?どうしたの?」
「…気を付けなよ」


抱き留められるような形で肩にモブの手が置かれ、その手にぐっと力がこもった。
長い溜息のように息を吐くその顔に朱が差していて、おなまえは「もう風も止んだのにいつまで捕まえてるんだろう」と思いながらモブの様子に首を傾げる。


「う、うん。ごめん」
「……」
「…シ、シゲくん何か怒ってる?それとも痛い?私掴む時にどっかぶつけた?怪我した?」
「してない」


なら一体何なんだろうとモブを観察するが、結局わからないまま学校に着いてしまった。
校門を潜ればグラウンドの砂が勢いよく舞い上がっていて、おなまえは隣のモブを一瞥する。
それに気が付いたモブがまだ何処か不機嫌そうな様子のまま「どうかした?」と尋ねてきた。


「も、もう転ばないから!大丈夫だからね!」
「え?うん」
「ん…?風をナメて転びそうになったから怒ってたんじゃないの?」


もうそれくらいしかおなまえには思い付かない。
おなまえの言葉を聞いてモブは「ああ…うんと…」と視線を彷徨わせてから「もう大丈夫だよ」と答えた。


「良かったぁ!シゲくん怒らせたのなんて初めてだからどうしようと思っちゃったよぉ」
「…別に怒ってないよ」


そう言いながら強風が吹き晒す校庭を横切る二人は髪一つ乱れない。
しかしおなまえは数メートル前の女子生徒がスカートと前髪を抑えながら風に耐えているのにも気付いていない様子で昇降口に入った。
クラスが別のおなまえとは此処でいつも別れる。


「それじゃあまたね、シゲくん」
「うん、またねおなまえちゃん」


自分のクラスへと入っていく背中を見送って、モブも自分の教室へと向かう。
すると今まで黙っていたエクボがニヤニヤしながら『シゲオ〜』と近付いてきた。


『朝からイイもん見たじゃねぇか』
「何のこと?」
『惚けるなって、嬢ちゃんのパ…』
「エクボ」


突然響いた低い声にエクボはビクッと反応する。
ギロリとモブの眼光が鋭くエクボを見つめた。


「見たの?」
『…お、俺様の所からは見えなかったぞ!』
「……そう」


じいっと見詰められてからその視線が外されると、エクボはホッと胸を撫で下ろす。
のも束の間。


「もし嘘だったら消すよ」


「信じるからね」と念を押されて、エクボは『一丁前にピンクのレースなんて最近のガキはませてんな』と言わなくて本当に良かったと唾を飲み込んだ。




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03.31/ラッキースケベなモブ



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