▼一緒に帰ろう

※「晴れの日も君と(筋肉love〜)」夢主つづき



掛け声と共にテンポよく地を蹴る足音。
弾む呼吸の中、数メートル先に自分と同じ様に先頭の集団を追い掛ける後輩の背中があって、おなまえは唾を飲んでリズムを整えようとする。
しかし既に注視しているモブの背中以外がぐるぐると回っているように見えて、足が縺れたのを切っ掛けに倒れ込んだ。
焦燥した様子の声が強く自分の名を呼ぶのを最後に、おなまえの意識は薄れて行った。


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「…う……ん…?」
「! みょうじ。目が覚めたか」
「……あれ…武蔵くん…」


夕暮れに染まった廊下で、おなまえはグラリと動いた感覚に目を覚ました。
パチリと開いた目で周りを見渡すと、視界が高いことに気がつく。
自分の体が背負われているとわかって、おなまえは反射的に身を固くした。


「あ、む…武蔵くん!ありがとう、私降りるよ!自分で歩くね」
「む。そうか?…久し振りに背負ったのにもう降りるのか」
「えっ」


おなまえが降りやすいようにしゃがんで、しかし膝裏を抱えた腕は解かないまま武蔵が言う。
そういえば、とおなまえは近頃武蔵の錘代わりになっていなかったなと思い出した。
武蔵がおなまえを背負ってトレーニングするようになって、他の部員からもお願いされるようになったのだ。
あの鬼瓦までおなまえを使って、より一層肉改部に馴染んでいる。
それに加えて外の走り込みには自転車で応援(という名のモブ回収係)を買って出て、錘役をするのは室内練習の時だけとなった。
必然武蔵の番が回ってくるのもそれだけ遅くなる。


「そう言えば…そうだったね。じゃあ、もうちょっと乗せて貰っても…いいかな?」
「ああ、そうしよう。…今日はみょうじも疲れたろう?」
「えへへ、恥ずかしながら…。皆はあんなペースで走れてすごいなって改めて思ったよ」


今日はたまたま近いマラソン大会に備えて練習するつもりで皆と同じコースを走ってみようと挑戦し、敢え無く撃沈した。
専ら見るばかりで、自分の体を鍛えようとは思っていなかったけれどこんなに自分と皆に体力差があったなんて…とおなまえは苦笑いを浮かべる。


「女子と男子ではまた違うだろう」
「そうかもだけど…専ら見るばっかりだったんだなって改めて痛感しちゃった」
「みょうじが筋肉好きなのはわかるが…そう言えば自分の筋肉を鍛えるのとはまた別なのか?」
「う〜ん…自分の筋肉、はちょっと違うの」


私が好きなの、自分じゃ見えない部位ばっかりだしと言えば、そうだったなと武蔵も笑った。
武蔵は部室に繋がるドアを開けるとそこでようやくおなまえを降ろした。
部室にはもう誰もいなくて、武蔵は自分の鞄を持つ。


「今日は暗田がいなくてな。保健室に運んでいたんだが、下校時刻になったから俺がみょうじを家まで送ろうと思った所でな」
「そうだったの!?…あれ、武蔵くん私の家何処だか知ってたっけ…?」
「いや。だからどっち道起こすつもりではいたんだ。外に出ているから、着替えが終わったら一緒に帰ろう」
「う、うん!」


武蔵を待たせる訳には行かないとおなまえは急いで制服に着替え始めた。
まさか一緒に帰れるなんて。
実はまだ足に思うように力が入らなくて、気を抜くと足の骨が抜けてふにゃりと座り込んでしまいそうなのだが。
「頑張れ私の下腿三頭筋たち」とふくらはぎに言い聞かせて廊下に出る。


「お待たせ武蔵くん!」
「早いな。忘れ物はないか?」


部室の鍵を閉める前に尋ねられて、おなまえはコクリと頷いた。
そのまま鍵を返しに職員室に寄ってから昇降口を出る。
自分の帰り道に武蔵がいるというのが信じられなくて、頻りにおなまえは武蔵を見上げてしまう。
夢じゃないよね、と自分の頬を抓ってみた。


「…頬なんか抓ってどうしたんだみょうじ」
「あっ!ごめん…武蔵くんと帰れるって、思ってなかったから」
「ハハハ、夢とでも思ったか?」


帰り道、反対だもんなと武蔵が笑う。
いつもなら部員の誰かがいるのに、今は二人きりだからだろうか、武蔵が笑う度にトクントクンと鼓動が大きくなってしまう。
豪快なようで優しげに細められる目から目が離せない。
そのまま歩いていると、足元を見ていなかったせいで僅かに段差のあった側溝の蓋につまづいた。


「あわ」
「おっと。大丈夫かみょうじ。まだ足が本調子でなさそうだな」


地面に着く前に武蔵の腕がおなまえを支えて事なきを得る。
「また背負うか」と屈もうとする武蔵に慌てておなまえは手を振って拒否する。


「だ、大丈夫大丈夫!ホラ、私今スカートだし…」
「? それがどうかしたのか?」


武蔵は首を傾げる。


「えっ…えっと……見えちゃうでしょ、武蔵くん背高いから…」
「……あっ、あぁ、そうだな。それは…良くないな。すまない」
「ううん!武蔵くんは悪くないよ…気を張ってれば平気だから!」


おなまえの言わんとしていることに気が付いた武蔵は急に慌てて姿勢を正した。
夕陽を受けた頬を掻いて「でも無理をするのもな…」と悩む素振りをしてから、遠慮がちにおなまえに手を差し出す。
その手を見て、今度はおなまえが首を傾げた。


「?」
「掴まる、とはちょっと違うかもしれんが…また転びそうになる前に止めてやれるだろうから、手を貸してくれ」
「あ。うん、ありがとう武蔵くん」


とても中学生とは思えない厚みの掌におなまえは自分も手を差し出した。
武蔵はしっかりその手を握ると、か細いなとふと思う。
歩みを再開してから二人は「これって手を繋いでいるのでは」とようやく気が付いて頬を染めた。
明らかに意識した素振りから、おなまえも気が付いたのだろうと武蔵は口を開く。


「…あ…みょうじ、嫌だったら放…」
「ううん」
「して………」
「…ううん…。嫌じゃない、から…」
「そう…、か」


このままでいい、と言うおなまえの指先に僅かに力が入って、武蔵はそれに応えるように握り返した。
強くし過ぎてしまわないよう、優しく。



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03.30/ちょっと進展する二人



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