▼地雷原に気付かない

※爪痕夢主



「じゃあみょうじさん上がって平気だよ。ご苦労さま」
「お疲れ様です、お先に失礼します」


愛想笑いを浮かべて、おなまえは店を出た。
少し歩いて掛けっぱなしだった眼鏡に気が付き歩道脇で立ち止まる。
ケースにパチリと眼鏡をしまってから携帯を取り出した。
そろそろ芹沢の学校が終わる頃合いだ。
連絡したら途中まで一緒に帰るくらいはしてくれるだろうか。
…彼ならしてくれるだろうな、悩むまでもなく。と指先がメールを打ち込み始める。


『…あの…そこの女の人…』
「……」


声に指を止めるが、視線は動かさない。

この気配は。
人様が働いている間店の外をふらついてた浮遊霊だ。

無反応を貫くおなまえに、また声が掛けられる。


『俺の声…聞こえて、ません?…聞こえてますよね?』
「……」


カラスや野良猫と同じだ。
このまま返事をしないで、一人でサッサと帰るのが吉か。

携帯を閉じて何事も無かったかのように一歩踏み出すと、焦った声がおなまえを引き止める。


『お、俺!成仏したいんです!』
「……」


必死なその声が胸に引っ掛かり、つい振り返ってしまった。
上擦って震えているのに勇気を振り絞ったみたいなその声に、どうしてか胸が締め付けられるような感覚がして。

おなまえが振り返った先にいたのは中肉中背、何処にでもいそうな男…に取り憑いている悪霊だった。


『お願いします…!アナタ、俺がわかりますよね…?手伝って欲しいんです』
「……何を」
『ああ、良かった…本当に伝わる…!』


男の霊は既に肉体に取り憑いている癖にわざわざ霊体を覗かせている。

成仏もなにも取り憑いてるじゃないか。
面倒臭い。やっぱり帰れば良かったな。
そう思うももう足を止めて相手をしてしまったし、事情くらいは聞いてやるべきなのかもしれない。

しかし男はそんなに声を聞き取って貰えたことが嬉しかったのか、おなまえの手を握手をするように握り締めて上下に振る。


「手短にしてくれよ。忙しいんだ」
『そ、そうですよね。スミマセン。…通りっ端では流石に…、場所を変えてもいいですか?』
「…此処から遠い所には行きたくないよ」
『はい…!』


調子が狂うなこの霊…。
あー…何でもう少し早く上がらなかったんだ私は。

遅刻してきた名前も覚えていない同じ職場の誰かを心の中で恨もう、とおなまえが考えていると、手を引く男は近くの建物に入りその中を突き進んでいく。
迷いのない足取りと、ギリとなるほど強く手首を掴まれて嫌な予感が滲み始める。

此処が宿泊施設なのは廊下やエレベーターの内装でわかるが、これはひょっとして良くないのではなかろうか?
世間一般から少々ズレてる私でもわかるってことは、きっと相当良くないな。
いやいや、でも。霊がそんな、男女でどうこうだなんて。

痛みを訴える手首とは裏腹に呑気にそんなことを思っていると、男は個室へおなまえを連れてきた。
部屋の大半を占めているベッドに座らせると、今度は肩を掴んでくる。


「…何?」
『俺、成仏したいんです…!協力してくれますよね?』
「だから…」


具体的に言えよと不愉快に思ったおなまえが笑顔を引っ込めるのと、ポケットの携帯が鳴るのは同時だった。
この着信音は。と気がそれると、急に後ろに押されて視界が反転する。
無遠慮にのしかかってこようとする男の頭を掴むと、おなまえは能力を込めた。
バチンと弾けるような音と共に、男の体から霊が消える。


「ハイ。これでいいんだろう?…やっぱり相手にするんじゃなかったな……もしもし芹沢?」


意識を無くして倒れ込んでくる図体を肘で退けて、おなまえはすぐに掛け直した。
芹沢は1コールで電話に出て、向こうからすぐに「何かあった?」と尋ねられる。


「何も無いけど。どうして?」
「……"いま"ってだけメール来たら、何かあったのかもって思うだろ」
「え?メール?」
「……届いてきてたよ」
「あぁ…ちょっと変な…」


のに絡まれてね、と言いながら外に出るつもりだったのが言葉に詰まった。
扉を開けたらそこに携帯を耳に当てた芹沢が立っていたからだ。
ドアノブに手を掛けたまま静止するおなまえの顔を見下ろした後、部屋の奥へと芹沢の視線が移動する。
プツリと着信が切られて、おなまえの耳に無機質な電子音が繰り返し響く。


「……で?何がちょっと変、なの?」
「も、もう解決した所で…」
「へえ。解決したんだ」
「…悪霊がこの人に取り憑いててね」
「みょうじ除霊とかしないだろ」
「しない、けど。"成仏したい"って言われて」
「………そう。それで此処ってこと」
「ちが、此処は…!いった」


グイッと押されて、再びベッドに押し返された。
手に持っていたままの携帯が床に転がり、重たいドアが閉まる音が部屋に響く。
隣には意識を失ったままの名も知らない男が転がっている。
おなまえの目が見開かれて「これはマズイ」と血の気が引いた。
寝ている男を気にする視線を妨げるように、芹沢の手がおなまえの顔の両脇に着く。


「俺心配したんだけど。何してたの」
「心配掛けたことは…謝るよ、ごめん。でも…」
「掛けたことは、ってどういう意味だよ。他のことは謝る気ないの?」
「せ、芹沢に謝らなきゃいけないようなことしてな…」
「……ふぅん」
「…と…とにかく場所。場所変えようよ。この人いつ起きるかわからないし…?!」
「どうでもいいよソイツなんて」


あろうことか芹沢は邪魔だと言わんばかりに寝ている男を押し退けてベッドから落とした。
覚醒されると面倒だと既の所でおなまえがその体を浮かせてゆっくり床に下ろすと、一層芹沢の表情が険しくなり部屋中の照明が点滅する。


--待って。何でこんなに怒ってるの。


その様子を見て更におなまえの身に緊張が走る。

性欲のある霊なんていたとしても極めて稀だとエクボは言っていた。
嘘をついて、ホテルで男女がいたらすることはひとつだろうと、芹沢はおなまえと隣で寝ている男が此処で逢瀬を重ねたのだと思っている。
普段ならいるはずのない場所にいるのに「何もない」と言ったこと。
奥の男を見せないようにおなまえが無意識に背に庇ったこと。
ベッドに寝かされてこの男が起きることを気にしていること。
その上で「芹沢に謝るようなことはしていない」と言い張っていること。
今超能力を使ったのも男を庇っての行動にしか見えなかった。

ひとつひとつ丁寧に芹沢の地雷を踏み抜いていることに気が付いていない。
ただ芹沢が怒っていて、それが自分に向けられているということだけがおなまえにはわかる。
そして、恐らくただ謝るだけではこの怒りが収まらないことも。
寧ろ今の芹沢に"怒ってるからとりあえずごめんなさい"、だなんて言ってしまったら日の目を見れないかもしれない。
芹沢の据わった眼差しからはそう思う程の怒りだけが伝わっている。


「やけにソイツ庇うね」
「起きてこられたら面倒でしょ…"悪霊に取り憑かれて記憶がないと思うんですけど"なんて普通の人に通じる訳ないよ」
「ふぅん」
「……し、信じてない…?」
「……別に。いいよ、言わなくても」
「!? ちょっ、ちょっ、ちょっと!芹沢!?」


片手でおなまえの両手をまとめあげると、片脚の付け根に膝を乗せて足が閉じないように押さえる。
おなまえはかつて誤って芹沢と傘を放してしまった時以来の焦り様でそれを止めようと声を上げた。


「起きるよ。面倒なんだろ?」
「いやいやいやいや、流石にちょっと待とう!待って!」
「…手、邪魔」


急におなまえのシャツに手を掛けボタンを外し始める芹沢の手。
咄嗟に拘束されている方の芹沢の腕を能力で弾き、ボタンにかかる方の手を押さえて制止すると、ジロリと視線に射抜かれ今度は芹沢の念動力でおなまえの腕が耳の脇に固定される。
おなまえも同じ様に抵抗するが、力負けしていた。


「無駄だよ。みょうじじゃ俺の力を振り解けない。…洗脳するんでもなきゃ無理だね」
「芹沢にする訳ない」
「………」


おなまえの言葉に一瞬芹沢の指が止まるが、すぐにそれはおなまえを脱がす作業を再開する。
あっという間にはだけさせられて、その肢体を確認するように芹沢はじいっと見つめながらゆっくり触れていく。
観察した後は顔を寄せて首筋や胸に噛み跡やキスマークを刻みつけて、それはまるで赤い鎖のようにおなまえの体に這り巡らされる。
上から下へとどんどんそれは進んでいき、太腿を持ち上げられて秘部が外気に晒された。
おなまえは羞恥で頬を染めながらも身じろぎひとつしないで芹沢に身を委ねている。
碌な前戯もなしに指が差し込まれて、僅かに眉を寄せたが息を吐くに留めて異物感をやり過ごす。


「………狭い…?」
「……慣らしてないんだから、そりゃあ締まってるよ…」
「コイツとしてないの?」
「何で名前も知らないヤツとしないといけないの?ゴメンだよそんなの」
「…ごめん、ホテルで二人っきりだったんからしたんだろうと思ってた」


芹沢が腕の拘束を解き、おなまえは自由になった腕をようやく下ろした。
その右手首に強く掴まれた跡ができているのに気が付いて、芹沢はその手首に唇を寄せる。


「…本当にごめん」
「う、ううん。私こそ無視してれば良かったのを相手にしたから…」


身を起こして服を着直すのを芹沢も手伝う。
本当はさ、と襟の乱れを直しながらおなまえは言った。


「"今仕事終わったんだけど、学校終わったら一緒に帰ろう"って送るつもりでメール打ってたんだ」


ま、すぐに悪霊に声を掛けられてホイホイ着いてっちゃったんだけど。
どう見ても続きがあるメールを送信されて、気にしないなんてことが芹沢に出来るはずもなかった。
改めて「ごめんね」とおなまえに謝られて、芹沢も頭を下げた。
先程までの怒りが嘘のように大人しく、頭を下げたまま下を向いている芹沢をおなまえは抱き締めてみせる。


「大丈夫だってば、帰ろう」
「……うん」


大きな背中を摩ってやるとようやく頭が上がり、芹沢の手がおなまえの腕に弱く触れた。
赤紫色に変色した手首を労るような優しい手つきで。


---


「もう、そんなにくっ付いたら脱げないよ」


後ろから抱き着いたままの芹沢に苦笑しながら言うも、解放されない。
これは順番を変えよう。と、体をなんとか捻って芹沢の方を向くと首元のネクタイを解いてボタンを寛げる。
そこで芹沢が身じろいて隙間ができた。


「…風呂、行こうよ」
「ダメ」
「……」
「汗ならこれからかくし。芹沢の汗ばんだ肌好きなんだよね、私」
「変態かよ」
「ハハハ」


そう言う間にもどんどん素肌を晒されて行く。
風呂に行くのは諦めたのか、芹沢もおなまえの服に手を掛け脱がすと鬱血痕が目立つ白い肌が露わになる。
多すぎて痛々しく見えるそれを指でなぞると、ピクリとおなまえが反応する。
所々に刻まれた自分の歯型に触れながら「痛かったよね」と聞けば、「加減してたろう?平気だよ」と首を傾けた。


「それに…こういうの初めてで興奮した」
「…やっぱり変態」
「えー。"芹沢のもの"って示されてるみたいで気分が良いんだけど…思わない?」
「………」


気分いいのか。俺のでいいのか。
二つが同時に浮かび上がっては言葉に迷って口を閉ざした。
そんな芹沢をよそに「私もつけてみたいんだけどいいかな?」と芹沢の胸板がつつかれる。


「…いいよ」
「よし。……え、つかない」
「吸うのが弱いんだよ」
「ちょっともう一回やって……それくらいね」


またひとつ痕が増えて、おなまえは再び芹沢の胸元に唇を寄せるが先程より強く吸っても薄ら赤くなったかな?程度であまり変化がなかった。


「…もっと皮膚の薄い所じゃないと付きにくいんじゃない?」
「私はこんなにあちこち好き放題ついてるのに?」
「みょうじ筋肉薄いし」
「………」
「いっ!…てぇ」
「…あー良い気分」


それなら、と芹沢の肩口に吸い付いておなまえは更に歯を立てた。
くっきりと歯型が刻まれその中心には赤い痕が残って、満足げにおなまえは舌舐めずりをする。
ただ脱がしあって痕を残しあっただけなのに、すり寄せられたおなまえの中心は濡れてきていて「何でもうそんななの」と芹沢は声に出した。


「何か見てたら興奮して」
「痴女」
「いいよそれで。芹沢も同罪にしてやる」


自ら芹沢のものに座り込んで挿入させる。
やはり中はまだキツめで、途中でおなまえの腰が止まると芹沢はおなまえの顔を上げさせて唇を合わせた。
そのまま頭の後ろと腰を支えると押し倒して、一度自身を引き抜く。
抗議するようなおなまえの声が喉の奥から芹沢の口内へとしまわれて、口を放すと「何で抜くの」と思った通りの言葉がやってきた。


「無茶だよ、慣らさないと」
「してる内に濡れるの、…に…っ」
「ダメ」


芹沢は抜いた自身をおなまえの秘部に擦り付け、まだ足りないなと見て唾液を落とす。
それをなすり付けるとクチクチと僅かに粘着音がたち、下腹部を眺めていたおなまえが「やらしくない?」と零す。
腰を動かしたまま「うん」と返事をして、首筋に顔を埋めて甘えるように鼻先でおなまえの顎と首の付け根をくすぐった。
するとすぐに目の前の喉が震えて、おなまえの頬に朱がさす。


「ぅ…せ、りざわ…」
「別に…挿れなくても濡らせられるんだから、急がなくてもいいだろ」


もう誰かを起こす心配もないし、と言って胸の先を指の腹で下から擦り上げると、おなまえはゾクリと走る痺れに嬌声をあげた。
しばらく口内を舐りながらそうして刺激し続ければ、次第にすり合う下半身の滑りが良くなりヌタヌタと水分を含んだ音に変化する。


「ほら、ね?」
「……お手軽、だろ…っぁ…」


芹沢の肉棒がおなまえの溝に沿って上下し、秘芯を圧し擦ると甘い声が漏れて入口がひくついた。
そろそろかな、と頃合を見計らって再び中に身を埋める。
嫌味のように自嘲を浮かべて見せていたおなまえの表情が一気に切なげなものに染まって、汗ばんだ掌が芹沢の肩を掴んだ。

この時のおなまえが一番胸にくる、と靄のかかる頭の後ろの方で。
余計なことを何も纏わずに、目の前にいる互いのことしか確かなものがわからなくなる瞬間。
どちらのものかわからない汗が伝っていくその体に、斑に残った痕たちを見下ろして「これは確かに、気分がいいな」と思った。



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03.29/爪痕夢主が悪霊に連れ込まれて除霊後芹沢と鉢合う裏
03.30/嫉妬で暴走する

合わせてしまってすみません。しかも多分片方裏じゃないのにすみません!



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