▼一緒にお風呂
テレビや子供向けアニメのキャラクターの世界の話だと思っていたけれど、女の子って本当にお風呂が好きなんだなあ。
入ってからもうすぐ一時間が経とうとしている彼女を思って、その間一人待ちぼうけを食らっている自分。
テルはどうしようかと何度も見返してしまったファッション誌を置く。
まさかずっと浸かっている、ということはないだろうが…のぼせてしまっていないだろうかと扉越しに様子を窺う。
物音はしない。
「…おなまえさん?大丈夫?」
声を掛けるとようやくザプ、と音が立ち「ねっ、寝てた!」と声が響く。
もう一度「大丈夫かい?」と尋ねると「のぼせた…」と返ってきて、テルはリビングのテーブルに置いてあったペットボトルを引き寄せ「開けるよ」と返事を待たずに浴室に入った。
「テルくん」
「はい。お水飲んで」
「テルくん濡れちゃう」
「どうせ洗濯するんだから」
浴槽の淵に項垂れて立てずにいるおなまえを抱え上げると、前にタオルを掛けてやり飲みやすいように口元にペットボトルを傾ける。
コクリと喉が動いて中の水をゆっくり飲みこむのを確認し、おなまえが僅かに首を横に向けると口元から離した。
「ありがとう、ごめんね」
「いいんだよ。おなまえさん忙しかったからね」
「かたじけない…」
最近提出するレポートが多くてずっとその期日に追われ、満足に会う時間を作れなかった。
今日はようやく全ての片が付いてテルと会える日だったのに、まさかお風呂で眠りこけてしまうとは。
おなまえはいたたまれなさに頭を抱えた。
「…ごめん、まだ髪洗ってなくて…」
「じゃあ…そうだな。おなまえさん此処座れる?」
テルは風呂椅子におなまえを腰掛けさせると、辛くないか様子を見る。
頭を上げるのは眩暈がして難しそうだが、伏せていれば平気だとわかって徐に服を脱ぎ始めた。
耳にパサッと布擦れの音が届いて、頭を伏せているおなまえは「テルくん?」と状況を探る。
「僕が洗ってあげるよ。どうせこの後僕も入るんだから」
「えっ。わ、私の髪洗って、で、テル君も自分の体洗うの」
「うん」
「出るよ、外で休むから。少し休んだら大丈夫だから。自分で洗えるから」
テルの方を見ないようにしながらおなまえは立ち上がるが、立ち眩んで膝から沈みかける。
その脇をテルの腕が支えて、背中に体温が触れた。
背に伝わる肌の感触におなまえは身を固くする。
「危ないから座ってなよ」
「……」
「照れてる?」
「…うるさい…」
か細い声で言い返されて、テルはフッと笑う。
「今更?」
「明るい…し、…久し振りだし」
「…そうだね」
俯いた髪の隙間から熱に浮かされたおなまえの顔が鏡越しに目に入る。
掴み寄せている肌も火照っていて、情欲が頭を擡げそうになった。
しかし彼女は今体力を消耗している。休ませてやるのが先決だ。
弱っているのがわかっていて手を出すなんて紳士じゃない。
自分にも言い聞かせるようにテルは「大丈夫だよ」と言葉を放った。
「洗うだけなんだから、何も恥ずかしがることないさ」
「……」
「こんな状態のおなまえさんをどうこうしようなんて、流石にね」
「…ごめんね…お願いします」
「どうぞ。お願いされます」
肩をすくめてみせると、見えてはいないもののそれが動きで伝わったのか、おなまえが肩の力を抜いて身を預けた。
「長湯も程々にしないとね。気づくのがもう少し遅かったらどうするの?」
「…以後、気を付けます…」
シャワーが温水になるまで待ってからおなまえの髪を濡らして、泡立てたシャンプーを滑らせていく。
おなまえはそのままテルに任せ、大人しく眩暈を収めることに努めている。
人に髪を洗って貰うのは何だか落ち着かないなと、きゅっと目を閉じた。
しかし余計に触覚が際立ち身体を巡る高鳴りが増す。
体温が高まり過ぎたのか、身震いが起きてくしゃみがひとつ零れるとテルは「冷えてきたかな?さっき水飲んだもんね」と髪を流すシャワーをおなまえの体に向けてくれた。
「冷えてきた、のかな…よくわかんない…」
「目眩はどう?上向けそうかい?」
「……うん。頭はもう、フラフラしない」
続いてトリートメントをおなまえの髪に塗り込むテル。
シャワーの温いお湯に彼の優しい指先が合わさって、のぼせていた時とはまた違う脱力感に目を閉じた。
「…今日はもう寝た方がいいかな」
「! 寝ない。さっき寝たもん、起きてられるよ」
テルの声にぱちりと瞼を開け、否定するとハハッと笑ってテルは再びおなまえの髪を流す。
つるりと滑らかに流れるその髪を浴槽の縁に置いてあったクリップで留め上げると、トリートメントがついてヌルついたその体にボディソープを泡立てた手を這わせた。
「あ、ありがとうテルくん。大分体も楽になったから…自分でできるよ」
「…そうかい?でも、僕も体洗うからそのついでだよ」
テルの手で伸ばされた泡を自分で手に取り体に添わせていくおなまえを、テルは後ろから腕を回して抱き締める。
「て、テルくん…?」
「何?おなまえさん」
「自分で洗える…てかこうされると洗えないよ…?」
「フフッ、じゃあやっぱり洗ってあげるよ」
タオルを押さえているおなまえの手の隙間から、その内側に手を入れ込む。
泡のお陰で抵抗なく滑り込んできたテルの手におなまえは慌てた。
「てっ、テルくん!?あ…洗…っ」
「洗ってるよ?」
「う…」
腹から胸、肩から首へと撫でるように移動していく手におなまえはまた顔に熱が集中するのを感じた。
そんな様子を鏡の中のテルがおなまえの肩越しに見つめる。
その視線に気が付いたおなまえは恥ずかしそうに唇を噛んだ。
それを顎に手を掛けテルは唇を塞ぐ。
「ん…っ…ふ…、テル…」
「噛んじゃダメ」
ペロリとおなまえの下唇を舐め上げると、羞恥と期待に揺れる眼差し。
後で、と思っていたけれど そういえば僕は一時間近くも待たされていたんだったと思い出した。
今日会えるのがどれだけ待ち遠しかったか。
それを思えば、この視線に答えないっていうのは野暮だ。
おなまえの方から唇を押し当てられ、舌が合わさる。
ザラリとしたそれが歯列をなぞったり先を尖らせて上顎をつついたり。
互いに唇を吸い合って離れると、もう完全に出来上がってしまったおなまえがそこにいた。
「前言撤回、してもいいかな」
鏡に映る自分も同様で、人の事は言えないなと思わずテルの口端が上がった。
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03.28/JD夢主と一緒にお風呂
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