▼最上に取り憑かれる




「暗田さん」


突然呼びかけられて、トメは振り返る。
そこには同じクラスのおなまえが立っていて、今まで話したことはないのに一体何の用だろうかと首を傾げた。


「みょうじさん。何かしら?」
「暗田さんて…えっと…確かアルバイトしてるって聞いたんだけど」


「そこ、依頼したいの。紹介して欲しいんだ」とトメの表情を窺いながら言いにくそうに告げられる。
驚いて固まるトメに、彼女は自分の連絡先を書いたメモを握らせて「お願いね」と半ば強引に押し付ける形でおなまえはその場を去っていった。


「え……。ええ…!?」


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同じクラスとは言えど、おなまえのことはよく知らない。
何部だったかを体育の授業の時誰かと話しているのを聞いたことがあるはずだったが、覚えてもいない。
自分とは違うグループで普段過ごしていて…でもつい最近にも声を掛けられた。
何と話しかけられたんだったっけ。


「……思い出したわ。"魚醤神社のお守り持ってるけど、いる"かって聞かれたのよ」
「……で?」
「お守りがどうかしたの?って聞き返して、"大丈夫ならいいの"ってそれきり。で、今回」
「全く依頼主がわからないじゃないか」
「だからよくわからないけどって言いました!」
「何に悩んでそうだとか、こういう噂を聞いたとか、そういうヤツを知りたかったんだよ俺は!」


「…でもまあ、わからないのならそれはそれだ」と霊幻はスケジュールを告げてトメに連絡するよう指示を出す。
「私がするの?」と顔を顰めたトメに「お前のクラスメイトなんだろう」と言うと、渋々と言った様子で携帯を取り出した。
そんなトメを端目に、漂っていたエクボが霊幻に近付く。


『ソイツ多分あれだな。霊感あるやつだ』
「知ってるのか?エクボ」
『俺様がアイツに憑いてるのを見て声掛けてきたんだと思うぜ』
「…じゃあ今回の相談はもしかしたら霊的なものかもしれないってことか」
『さあなぁ…その嬢ちゃんが持ってたお守りってやつ、結構強いヤツだったぞ。もしそうなら、余っ程の悪霊だろうよ』


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「…祓え、ませんか」


成程これは余っ程だ、とエクボたちは思った。
依頼人であるおなまえは薄々そんな気もしていたのか、素直にその答えを受け取った。
しかし期待もしていたのだろう、エクボを見てから霊幻を困り顔で見上げる。


「…此処の幽霊だったんですね。強そうだったので、これが祓えるくらいの人ならと思ったんですけど」
『あんなのに好き好んで取り憑かねぇよ俺様は』
「力になれなくて申し訳ないけど、みょうじさんに危害は加えないと言っているし…」
『寧ろこんなものより余程効果があると思うがね』
「………」


バチリと音がしておなまえのお守りが宙に浮き上がる。
直後それを持った半透明の手が見えてヒラヒラとお守りを揺らしてみせた。
手から腕、胴体と徐々にその姿が現れる。
「これはまたエラいものに憑かれたものだ」と霊幻たちは思った。
霊感0の霊幻でさえその姿を視認することができている。
最上啓示。多大な霊力を有した悪霊だ。
『コイツをどうこうしようだなんて、命知らずだぞ』とエクボが芹沢の後ろで言った。


「危害って…いるだけで害だと思うんですけど。こんな…大人の男性が何処までもついてくるんですよ!私のプライベートな時間まで!」
『配慮はしている』
「…そもそも、取り憑いてる理由は?」
『……』


霊幻が聞くも、最上は"答える気はない"とお守りを指先で弄んだまま漂う。
そんなの、私の方が知りたいとおなまえは思ったが、霊と直接やり取りはしたくない。
首を横に振って、原因に心当たりもないことを伝える。
そんなおなまえに霊幻は溜息を吐いて虚空を見上げた。


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結局解決には至らず、翌日トメに「どうだった?」と聞かれたおなまえは眉を下げた。


「紹介ありがとう、暗田さん。…でも、除霊はできなかったの」
「え!?誰も?」
「二人と…あの、人魂からも無理だろうって。ずっとついて回られてるくらいしか被害もないし、…話して、折合いをつけるくらいしか……」


でも、話して折り合いをつけるなんて。
霊なんかと話すなんて信じられない。できれば関わり合いたくだってない。
私はたまたま見えてしまうだけなのに、それだけで散々な目に今まで幾度と遭ったんだ。

そう思いながらおなまえはお守りをポケットの中で握り締める。

これがあれば、霊を避けられていたのに。
このお守りさえ効かない程タチの悪い霊が、すぐ近くにいる。

なるべく視界に入れないようにおなまえは注意していて、最上も普段はおなまえの死角で漂っているようだった。
しかしプリントを回す時、誰かに呼ばれて振り返る時、階段を昇り降りする時、その影はおなまえのすぐ側にチラつく。
家でも同じだ。
何もしてこなくてもそこにいる。
いるだけで既に影響はあるのだ。

どうにかしたい。
でも、どうしたら。


「……」
『……』


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--…、対話してみるしかないのかな。


学校からの帰路の途中にある丁字路でおなまえは足を止めた。
左へ行けば自宅がある。
右に行けば小さい頃遊びに出かけた公園があるはずだ。
突き当りの塀に映る自分一人だけの影を見つめてから、おなまえは公園へと向かう。
ふわりと背後の霊気が移動するのがわかって、「やっぱり、ついてくるんだな」と思いつつも
くるぶし公園に入り、手近なベンチに腰掛けた。
自分が腰掛けたベンチの反対側にある広場ではボール遊びをしている子供たちがいて、ぼんやりとそれを眺めながらおなまえは口を開いた。


「…どうして憑いて来るんですか」
『…君から声を掛けてくるとはね。昨日の影響かな?』
「最上…、さんでしたっけ。悪霊なんですよね?」


おなまえがそう尋ねて見上げると、ニヤリと最上の口端が引き上がった。
その顔はとても善良な霊ではないことを知らしめるのに十分で、おなまえの背筋にゾクリと怖気が走る。


『何故憑いているのか、だったね』
「……」
『霊であっても食事はできる。エネルギー体…君の霊力や昨日会ったスーツの男のような能力者、他の霊体が纏っている気の力。それが私の糧になる』
「…私の霊力を食べる為…ってことですか…?」
『それもいいな』


おなまえよりも少し高い空中で足を組んで、最上は『考えておこう』とおなまえにとって呪いのような言葉を漏らす。


『…けれどもっと合理的な方法がある』


そう言うと最上は急におなまえの方に腕を伸ばして、おなまえは目を瞠ったまま肩に力を張った。
触られる、と思った最上の腕はおなまえの肩の後ろに向けられて、引き上げられる。
するとその手には目玉や耳などの部位があちこちについたグロテスクな物体が握られている。
おなまえがそれに視線を移すと、最上は大きく口を開けてそれを飲み込んでみせた。


『君に取り憑こうと集まってきた霊を食えば、私は永続的に力を補うことができる』


人の身の霊力は吸いすぎれば命がなくなるからね、と言いながら最上はケホと空気を吐き出すような動きを取る。
きっと霊にそんな器官はないだろうから、生前の癖のようなものだとは思うが「霊もゲップをするのか」とおなまえは気になってしまった。


『…だから、私としては君の持っているそれが無い方が都合が良いのだが』
「それって…お守りですか?」
『低級霊も寄ってくるだろうが、良質な力を持った霊というのも多くはないからな。背に腹が変えられない時もある』
「……嫌です。霊の言うことを信用しても、碌な目に遭わないですから」
『…君がそう言うならばそれでも構わないよ。その考えは正しい』


ただ、と最上はゆっくり言葉を紡ぐ。


『利用価値がなければ君に用はない。くれぐれもそれを忘れないことだ』


何が「危害は加えない」だとおなまえは我が身を呪った。
否、もう呪われてしまっていて、取り返しがつかないのかもしれない。

いつの間にか日は陰るどころか落ち切っていて、公園には静寂が横たわっている。
少し前まで耳に入っていた無邪気な声たちがまだ聞こえてくれていれば、幾分か気も楽になっただろうに。
此処にはもう私とこの悪霊だけだと言うのが恐ろしくて堪らなかった。

自分の肩を抱いて身を丸めるおなまえに、最上が『君には才能がある』と喉を鳴らす。

私が与える恐怖と絶望はきっと彼女に良い影響を齎すだろうと、最上は暗い眼差しを細めた。


『ギブアンドテイクだ。仲良くしようじゃないか』



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03.28/トメ同級生の霊感夢主に最上が取り憑く



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