▼楽しみを奪う

※REIGEN時系列



「それではどうぞ、奥で除霊を執り行います」


霊幻が腰に取り憑いているという悪霊の除霊の為に客を奥の施術室に案内した。
この客には本当の悪霊はついていないので、芹沢はアンケート用紙の整理をしている。
今日は客入りが緩く予約も午前中で終えてしまったので、おなまえはじっと座ったまま暇を持て余している。


「…みょうじさん、コレ一緒にやりますか?」
「…芹沢さん、学校の勉強したいんですか?」
「今日はもう課題も終わらせちゃって」
「ならそれは芹沢さんがやって下さい。二人でやったら暇人が増えるだけです」


芹沢は自分がやっていた仕事をおなまえに分けようと提案する。
しかし芹沢が勉強したいから仕事を分け合おうとしたのではないと知るとそれは拒否された。


『暇なら暇で何も真面目に座ってなくったっていいだろうが』
「そうですか」


おなまえが勤務時間中に雑誌を読んだりネットサーフィンをしたりしている所を見たことがない、と芹沢は席を立ったおなまえが何をするのか整理の手を止めずに視線だけで追う。
するとおなまえは徐に床に片手をついて腕立て伏せを始めた。


「……」
『…何してんだ?』
「座ってなくていいのなら、体を動かしておこうと思って」
『……コイツ脳筋なの?』
「…たまに、かな?」
『何だよたまにって』


そういえばエクボがいる時におなまえが働くことは中々ないんだったと芹沢は思い出した。
大体どちらかがいれば仕事に支障はないし、元々おなまえが能力を発揮することも余りない。
そんな場面がくる前に霊幻が持ち前の話術で客から情報を引き出すだけ引き出すからでもある。
おなまえが反対の腕に組みかえて黙々と腕立てを続けていると、「こんにちはー」と事務所の扉が開いた。


「こんにちは、暗田さん」
「こんにちは」
「うわっ!…な、何してるのよおなまえさん」
「手が空いたので」
「今日暇でね」
「ふーん…。あ。そうだ、おなまえさんも超能力者なのよね?!」

--嫌な予感がする…


既視感のあるトメの様子に芹沢とエクボは顔をしかめた。
話を振られたおなまえはようやく腕立て伏せを止めて手を払い、立ち上がる。


「そうですね」
「おなまえさんは超能力で何ができるの?やっぱりスプーン曲げとか?」
「スプーン…は別に」
「超能力っていったらスプーン曲げがメジャーと思ってたけど人によるのね…」


トメの言葉で掻き消された「そんなのなくても」というおなまえの声に芹沢はやっぱり、と思う。


「パイロキネシス、テレキネシス、サイコメトリー、未来予知に透視…超能力にも種類はいくつかありますね」
「モブ君や芹沢さんが物を動かしたり飛ばしてるのは?」
「サイコキネシスかテレキネシスじゃないですか」
「俺も意識してないのでどっちかはよくわからないです」
「その二つは何が違うの?」


トメの質問におなまえは机の上の鉛筆を転がしてみせる。


「押したら鉛筆は動く。この押す力がサイコキネシス。転がってない状態の鉛筆に転がる力を与えて転がる現象を起こすのがテレキネシス」
「…うん?」
「…離れてる自動ドアに"物体が近づいてる"と認識させてドアを開けさせるのがテレキネシス。見えない手を差し込んで無理やり開くのがサイコキネシス」
「ああ、そういう感じ。見る分には差がわかりにくいのね」


おなまえの説明に頷き、他の超能力について尋ねながら内心でトメは「いいタイミングで来たわ」と企む。
いつもなら碌に相手をしないおなまえが、手持無沙汰という状況からかまともにトメの会話に付き合っている。

芹沢とエクボには既に超能力や霊についての話を振ってあしらわれてしまった。
残るはこのおなまえだ。
幸いちゃんと話を聞く姿勢が功を奏して、目の前のおなまえは真面目に答えている。
このまま自分にも超能力が使える切っ掛けを掴ませてもらえれば…!
そうトメが思っていると、サイコメトリーの説明をしていたおなまえが口を閉ざした。
何を考えているのかわからない無表情な瞳にトメが映る。


「……おなまえさん?どうしたの?」
「雑念を感じて」
「え?」


途中から企みのことで相槌が生返事になっていたのかもしれない、とトメは冷や汗をかく。


「…トメさん、どんな超能力を身に付けたいんですか?」
「私?…そうねえ…やっぱり、テレパシーとか」
「宇宙人と交信はもうできたんですよね?」
「そうだけど、宇宙は広いのよ!もっとたくさんの宇宙人と交流できるかもしれないじゃない!」
「受信ならまだしも、発信の制御はかなり難しいですよ。後天的に身に付けるにはそれこそ生死の境を経験する程の心身的負荷が必要だと予想されます」
「…生死の、境…」
「それでも芽生えないことだってザラですよ」
「それでも……」


ガツンと岩で頭を殴られたような衝撃だった。
トメの周囲の能力者はほとんどが先天的なもの故に、そんなショッキングな状態など想像したこともなかった。
自分にはできそうにないことだと突き付けられてトメは視線を落とす。
天地がひっくり返ったって、無理じゃないか。
落ち込んでいるトメに、芹沢は霊幻が大事に取って置いていたお菓子を差し出す。


「そんなに気落ちしなくても。1回会えたんだから、いつかまた出会えるかもしれないよ」
「…でも、前は竹中とモブ君たちがいたから会えたようなもので…」


モシャリとそのお菓子を食べながらもトメの顔は晴れない。
気の毒だけどこればっかりはなあ、とおなまえを窺ってみたが、眉ひとつ動かしてもいなかった。


「正直…エクボちゃんが私に入ってからエクボちゃんが見えるようになったみたいに、影響を受けることで切っ掛けが掴めるかもって軽はずみに考えてたわ…」
『ちゃんはやめろっての』
「エクボさんはまた特別なケースだと思います」


ふよふよと浮かんでいるエクボを見て「そう、よねえ」とトメは零す。
しばらくお菓子を頬張っていたトメはふとその手を下ろしておなまえを見た。


「私、宇宙人と会った話おなまえさんにしたかしら…?霊幻さんから聞いたの?」
「いいえ」
「え?」


トメは傍らの芹沢を見る。
芹沢は一瞬おなまえに視線をやってから空を彷徨わせて、首を横に振った。


「どうしてわかったの…?」
「ああ、ごめんなさい。私の説明が悪かったのかと少し覗きました」
「覗く………oh!?」


突然トメは立ち上がり口の中のチョコパイを飛び散らさん勢いでおなまえに食い付いた。


「おなまえさん、テレパシストなのね?!そうなのね!?」
「そうです」
「出会える!おなまえさんがいたらまた宇宙と交信ができる、そうよね!!」
「しないです」
「私の思いを覗いて!本気なの私!!」
「うるさいのでいいです」


先程までの落ち込みはどこに吹き飛んでいったのか、トメは興奮し切った様子で詰め寄っている。
エクボが『泣いたカラスがってやつだな』と呟いて芹沢はコクリと頷いた。
おなまえはトメの勢いに呑まれることなく拒否の姿勢を貫いている。


「…じゃあちょっと抑えるから」
「声量の問題じゃないんです。そういうギラギラしてるの、疲れるんです」
「んだーーーっ!じゃあどうしたらいいのよ!」
「私は宇宙規模でアウトプットなんて出来ません。…そうですね、芹沢さんに出力の補助をして貰ってなんとか可能性が生まれるくらいじゃないですか?」
「え、俺?」


さらっと自分まで巻き込まれてしまった芹沢。
しかしおなまえが「飽く迄も可能性の話で、やりませんよ」と念押したのを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
トメは諦めずに協力して貰おうと食い下がっているが、おなまえは頑なだ。
ならば、とトメは芹沢に向き直る。


「また出会えるって言ってくれましたよね芹沢さん…!」
「…言ったね」
『下手に優しい言葉なんて掛けるからそういう目に遭うんだぞ』


エクボが芹沢にジトリと刺すような視線を送る。


「じゃあ協力してくれますよね…!?」
「…出来ることがないと思うなあ」
「あります。おなまえさんをその気にさせて、一緒に交信するんです」
「えっと…」
「やりません」
「ホラ、出来ないよ」
「折れるのが早い!」


そうやいのやいのしていると、施術室の扉が開いて中から霊幻と客が出てきた。
霊幻の手にはヘッドホンが握られていて、その顔には張り付いた笑みが浮かんでいる。
おなまえはすっかり顔色が良くなりホクホクとしている客を受付へ案内し料金を告げ会計後、出入口のドアを開けて送り出した。
バタリとその扉が閉められると霊幻の顔から笑顔が消えた。


「トメちゃんの声ダダ漏れだから!お客さんに聞こえるだろうがっ!」
「あっ、ごめんなさい」
「お前らも客がいるんだからって注意しろよ!」
「す、すみません」
『忘れてたわ』
「気を付けます」


皆の返事を聞くと霊幻はヨシ、と言って自分の椅子に座る。
そして机の上を見て声のトーンを下げた。


「それ俺のチョコパイじゃん…」



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02.27/多用夢主がグイグイくるトメを軽くあしらう



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