▼空白を埋めよ

※高校生夢主



朝早く、まだ人通りは疎らな時間。
生徒会のある日よりも早くに律は家を出た。
川沿いの道を進んでいけば、交差路に見知った姿を見掛ける。


「おなまえさん」
「あ、律君。おはよう」
「おはようございます」


彼女は近所に住むおなまえ。
小さい頃一緒に遊ぶ中にいた1人だった。
おなまえが中学に上がる頃にはすっかり顔を合わせることがなかったのだけど、偶然登校中の律を見掛けたおなまえが声を掛けたことから登校を一緒にするようになった。


「ウチ女子高だから、律君と会えると潤う〜」
「潤うって…。おなまえさん全然枯れてないじゃないですか」
「いやあ、花のJKでも出会いがないままだとね」


この口振りだと彼氏も想い人もいなさそうだ。
軽い口調で朗らかに笑ってみせるおなまえの顔はよく遊んだ頃好きだった面影を残していて、緩みそうになった口元を引き締めた。


「律君は学校どう?」
「そうですね…そろそろテスト期間、くらいですかね」
「あー、そういえばそうだね。私もだ!」
「おなまえさん勉強できる方ですか?」
「可もなく不可もなくと思うよ。でもちょっと不安だから、テスト期間前には自習室行くかも」


「そしたらちょっとの間律君と会えないね」と聞けば、それは困ると真っ先に考えてしまった。
駅に向かう僅かな時間の為だけにこうして早く家を出ているのに。
そこまでは口に出さないが、「寂しくなりますね」と正直に言えば少し考える素振りをしてからおなまえが律を見る。


「名案思い付いたよ」


---


「私も律君も勉強出来て寂しくない!万事解決案だよ!」と提案されたのは、テスト期間の間おなまえの家で勉強会を開くというものだった。
平日の授業後は勿論、土日もだと言う徹底ぶり。
久し振りに上がるおなまえの家に緊張してしまい、チャイムを鳴らす前に深く息を吐いた。
「いらっしゃい〜」とドアホンの応対より先に玄関が開けられ、招かれると。


「お邪魔します」
「何もないけど寛いでってよ!」
「…勉強会ですよね?」
「お母さんお菓子何かあったっけ?あ。いきものビスケット!律君も好きだよね?!」
「おなまえさん」


リビングにいたおばさんは「りっくん大きくなったわねえ」と笑顔でトレーにお菓子とジュースを乗せておなまえに渡すと、「お菓子これだけだから。買い物いってくるわね」と出ていってしまった。
おなまえはそれを見送って、律を2階の自室へと案内する。
思春期の男女が部屋で2人きりになることに何の危機感も抱いてなさそうで、律はまた息を吐いた。


---


意外にも机につけば真面目にシャーペンを取って取り組んでいるおなまえを、律はチラリと盗み見る。
普段、授業中はこんな感じなのかな。
思い出の中のおなまえも、再会したおなまえも、彼女はいつも笑っていた。
だからだろうか、真剣に文字を追う伏せられた表情が気になってしまう。


「…んー…ん?どうしたの律君。わからないとこあった?」
「えっ!…あ、……うん、ココなんだけど」


咄嗟に適当に目に付いた問を指差せば、向かいから隣へおなまえが移動してくる。
疑うことなく問題文を読んで問の示す文を探している。
隣で眺めていると、理解したおなまえがシャーペンで「ココはね」と問の解説をしてくれる。


「ありがとう。…おなまえさん教えるの上手いんだね、説明がわかりやすい」
「ふふーん!一度通った道のはずだからね!…ところでさ」


得意気に胸を張って見せた後、律の隣に座ったまま切り出される。
朝に隣を歩くよりも近い距離なのを改めて感じながら「何?」と先を促せば。


「昔みたいに私もりっくんって呼んでいい?」
「い…、やだよ…小さい頃の呼び名だろ」
「えー。お母さんはいいのに?…じゃあさ」
「今度は何」
「今みたいに敬語じゃなく話してほしーな」
「え…?」


「そっちの方が好きだよ、それにしよーよ」とビスケットの山の中からクリオネを摘んで口に放る。
心無しか悪戯な笑顔を浮かべて他人行儀で寂しいし、と続けられれば言葉に詰まってしまった。


「…軽々しく好きって言うよね、本当に」
「自然体が一番なのー。律が敬語が好きって言うなら、別にそれでもいいけど」
「……からかってるでしょう、おなまえさん」
「からかってなーいでーす」


棘を持たせた声でわざと言い返せば、おなまえはクスクス笑いながら向かいに腰掛け直す。


「…僕に勉強、教えてくれるんだよね?ちゃんと」
「勿論!私は誰かが勉強してる所の方が集中できるし一石二鳥だよ」
「テスト期間中は毎日?」
「やるならとことん!」
「それならさ、もっと勉強出来るようにテストの結果で勝負しようよ。そうしたら僕も頑張れるだろうし、おなまえもその方が高得点とれるかも」
「ほおー…良かろう。学年順位?合計点数?」


思ったよりもノリノリな様子のおなまえ。


「合計点数。…おなまえ教科数いくつ?」
「9」
「…僕のとこは8」
「じゃあ物理と化学を足して2で割る」
「……理系女子?」
「文系女子だよ」
「ちょっと科目見せて。………古典と現文を足して2で割ってよ」
「高得点で差をつけるチャンスが!」
「古典現文」
「……仕方ない…100点を取れば平均も100点だからね!」


やる気出てきた!と電子辞書を取り出して別のノートを取り出しているおなまえの意気込み様を見て、律も負けてられないと仕切り直した。


---


晩御飯の時間になる前にお暇しようと切り上げれば、おなまえが玄関の外まで見送りに出る。


「ねえ律、勝負で買った方には何かいいことある?」
「……そういうルールにする?」
「その方が面白くない?私が買ったらそうだなあ…クレープ奢って貰おうかな。カスタードチョコブラウニーヘーゼルクリームのブリュレとバナナトッピングがいいな」
「呪文みたいだね。僕が勝ったら…どうするか考えておくよ」


それじゃあと背を向ければ「また明日ね」と声。
朝会えない代わりに、朝会う時間よりも長く明日もいられると思うと、少しだけ気持ちが逸る。
…勝ったら何を、望もうか。



------
02.16/高校生の彼女が律に勉強を教えたりする



back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -