▼ホントなんなんだよ

ダラダラとネットサーフィンをしていると携帯が震えて着信を告げる。
サブディスプレイに表示された名前を見て、一瞬もう寝たことにして無視してしまおうかと思った。
留守電に切り替わると切られて再び震える携帯を見て仕方なく出る。


「こんばんは霊幻。会いたいんだけど」
「…お前今何時だと思ってんの?」
「23時47分」
「電車ねーじゃん。何処いんだよ」


タクシー代出せよと言うつもりで着替える準備をする。
ったくこんな時間まで何しててしかも何で俺を呼ぶんだよ。


「……家の前」
「ん?」
「霊幻の家の前にいる」
「……は?」


メリーさんかよ。
なんてホラーだ。
そうわなないていると電話口から「部屋、何番だっけ」と聞かれて慌てて玄関を開けた。


---


「で、何しに来たの」


ソファーにだるそうに身を預けるおなまえに水を差し出す。
ミネラルウォーターなんて高尚なもんはうちにはないからただの水道水だ。
それを受け取って飲むと「カルキ臭い」と文句。
言うと思ったよ。


「終電なくなったから」
「…なくなるまで何してたんだよ」
「飲んでた。会社の知り合いと数人で」
「もっと早く引き上がれたんじゃねーの?」
「行ってみたらさ」
「うん」
「合コンだったんだよね」
「……」


ハハーン読めたぞ。
おなまえは大手外資系のデザイナーで、同じ会社と言ったら周りもそれなりのスペックのやつらなワケで。
そういうのが集まって合コンとなると中々抜け出せない。
何せそういう所にやってくるクリエイターってのはギラついてて獲物を逃さんとあの手この手で外堀を埋めていく。
断れない雰囲気を作って自分と一緒にいることがどれだけメリットのあることかを上げ連ねて、なのに断るわけないよなと時には仕事の案件まで持ち出して逃げ道を潰してくる。
俺も心当たりがある。クリエイターではないが。


「1人しつこい人がいてさ」
「物好きもいたもんだな」
「取引先なんだよその人」
「…ゾッとするわ」
「私もした」


そう言いながら一口口を付けたきりのコップを「せめて白湯にしてよ」と注文つけてくる。
ホントこいつ人の家にお仕掛けておいて何でこんなに態度でけーんだよ。


「でどうしたの」


カチリとコンロに火を点けながら聞く。
俺が部屋に戻るまで待ってからおなまえは口を開いた。


「私アンタんとこの社長と寝てるけどそれでもいいの?って言ってきた」
「ブッ、ハハハ!」
「それでようやく抜けてきたんだよ」
「そりゃー大変だったなあ。相手も」
「いや私の方がだし。もーやだ。やだやだ」


ソファーにうつ伏せて足を交互に揺らす。
大柄の花がプリントされた黒ストッキングから見え隠れする紫のペディキュア。
デザイナーだからなのか知らんがこんな派手なストッキング履いて仕事って全然イメージできん。


「パンツ見えるぞー」


沸いた湯の火を止めに立ち上がり様見えた黒いそれを指摘すれば、ようやく足を止めてスカートの裾を手で下げた。
見えるってかもう見えたけど。


「ホラよ」
「ありがとう」


カップに入れ替えて渡してやればようやくろくに飲むようになった。
今更だけどコイツ此処に泊まるつもりで来てんのかな。
俺のラインナップの中におなまえが着こなせそうなものは0だぞ。


「結婚したらこーいうのなくなるかな」
「相手いんの?」
「霊幻」
「俺たち付き合ってもねーだろ」


真顔で何言ってんだよ。


「霊幻彼女いるの?」
「いねーけど」
「じゃあ私と結婚を前提に付き合えよ!」
「強気の姿勢に驚きを隠せないんだけど酔い抜けてねーんじゃねえの」


あーやだやだ酔ってる奴って自分の言ったこと翌朝には覚えてねーんだから。


「大体何で俺と結婚したいの。低収入で自称霊能者だぜ?俺」
「霊幻おなまえってちょースタイリッシュなデザイナーっぽいじゃん。養うよ霊幻1人と子供2人と霊幻のご両親くらい」
「ん?ツッコミが追いつかねーんだけどスピード落とせよ」
「この為に貯金通帳持ってきたの。あと資産のリストも」
「スピードを落とせっつってんだよ。プレゼン始めるんじゃねぇ、しまえその通帳!」


マジ今日のおなまえなんなの。
いつもよりネジ飛んでるんだけど。


「ねーホント、マジでお願い結婚して」
「嫌だよお前酔ってるし」
「……素面なら少しは聞く耳持ってくれるの?」


え。
やけに食い下がってくるな。


「…おなまえ、何かあったのか?どうしたんだよマジで」
「……明日話す」
「何で」
「素面の時に話したい」
「そう言えるってことは意識ハッキリしてるんだろ、今話せよ」


そう言うとおなまえは膝の上の通帳をパタパタと両の人差し指で開いたり閉じたりしながら考えてる。
集中が削がれるから本当にしまえよそれ。


「さっき話した合コンさ」
「うん」
「お見合い色強いやつだったんだよ。ホントただの飲み会としか聞いてなかったんだけど」
「…うん」
「会社の上司も私の両親もさ、同意してたんだって。本人抜きで。ガチのお膳立てみたいな」
「………」
「信じらんなーって怒る…とはちょっと違うけど大分ショックでさ。それで此処にきたの」


ようやく通帳をしまって、さあ話を聞くぞと思ったらそりゃショックを受けない方が人としてどうかしてる話だった。
こんな話が来るとは想定してねえ。


「私恋愛結婚したい。霊幻と恋愛したい」
「…霊幻おなまえになりたいが為に?」
「霊幻が好きだから、霊幻と結婚したい」
「……だからさ…そこはまず付き合うとこからだろっての」
「ダメ。結婚は絶対して貰う」
「重え!」


こんなに熱烈に逆プロポーズできるなんてコイツは性別を間違えて生まれたに違いないな。
そこだけは尊敬するわ。気概が違うねおなまえさん。


「とりあえず風呂入ってこいよ追い炊くから」
「…どうしてもダメですか…」
「風呂入らなきゃベッド貸さねぇからな」
「入る。違うよプロポーズの返事!」


突然の来訪者の愚痴を聞いて、風呂も貸してやって寝床まで提供するなんて自分の善人さに涙が出そうだ。


「おなまえよ。プロポーズしてすぐ返事できるのなんて良好な関係のカップルだけだぞ。俺たちカップルでもねーだろ」
「じゃあ付き合ってください」
「そうだおなまえ!スタートはまずそこからだ!」
「返事は」
「入って来いって風呂」
「まだ温まってないでしょ、返事だよ返事!」


荒々しくソファーを叩いて急かしてくる。
最初テーブルを叩こうとして時間を思い出したのかソファーにしてる所辺りやっぱり酔ってないんだなコイツ。


「コンビニ行って着替え買ってくるから。その間に風呂入ってなかったら断るからなその話」
「コンビニってインナーとワイシャツネクタイ靴下くらいじゃん?売ってるの」
「インナーだよ。お前替えの下着持ってきてんの?」
「ない。霊幻ボクサーないの?それでいいよ」
「俺が良くねーよ。何目線なんだよそれでいいって」
「ねぇ、お風呂入ったら付き合ってくれるって話でよかった?」
「今俺のパンツ貸さない話だろ?」


俺宇宙人と話してんのかな。
壁にある給湯器のリモコンから追い炊きのマークが消えておなまえは「じゃあ入ってくるから、上がるまでに帰ってきてなかったら勝手に着替え借りるね」とかヌカす。
コイツ俺に結婚してくださいだの付き合ってくださいだのお願いしに来た立場だよな?


---


クソ、走るんじゃなかった…。

余裕で間に合う…てか勝手に借りるとか言っておきながら入る前にタオルさえ用意してないんだけどまさかびしょ濡れで歩き回るつもりだったのか?
仕方なくドアを開けてすぐの所にバスタオルを置いてやる。
その下に下着と更にその下にロンTとジャージ。
洗面台にトラベル用の歯ブラシ。
冷蔵庫にミネラルウォーターを入れてコンビニ袋をクシャリと丸めて捨てる。
…脱いだ服が普通に洗濯カゴに入ってる。
あの服ってクリーニングでなくて平気なやつ?

バタンと浴室のドアが開く音がして今さっきしまったボトルを取り出す。


「あ、おかえり。タオルと着替えありがとう」
「おう。ちゃんと拭けよ。歯ブラシ洗面台な。ドライヤーその下」
「はーい」


髪を乾かし終わって部屋に戻ってきたおなまえはチョコレート塗ってんの?って口紅も西濃のトラックかよって言いたくなるアイラインもなくて、久し振りにスッピンを見たけどこっちの方が取っ付きやすくて良い。
すぐ調子にのるから言わねーけど。


「…ジャージ片方上げてるのってオシャレでしてんの?デザイナーってアシンメトリーでないと落ち着かない病でも患ってるもんなわけ」
「霊幻ちにクレンジングあると思ってなかったんだけど何であるの?実は彼女いる?」


華麗にスルーされる。
俺からの会話のキャッチボールを無視するくらいその話大事なことかよ。


「あー…ちょっと前に」
「……」
「…仕事で俺が使った」
「なーんだ」


あからさまに悲しそうにされると流石にからかう気分も失せる。
返事を聞いてもう興味無さそうに乳液塗ってるし…。


「ん、水」
「え。これも買ってきたの」
「いちいち湯沸かすの面倒だし」
「…私霊幻のそういうとこちょー好き」
「軽い」
「結婚して」
「重い。バランス良くできねぇの?」
「そういうの不得意かも」
「…まぁいいか」


時計はもうすぐ1時を差そうとしてる。
流石に俺ももう眠い。
「寝るからそれ終わったら電気消してくれ」と頼むと気のない返事が返ってきた。
目を閉じてちょっと経つともう一人分の体重でベッドが鳴る。


「ねぇねぇ霊幻」
「眠いんだよもう1時だし」
「ふーん。…じゃあ私がもっと早くお風呂上がってたらするつもりだったの?」
「……何人の引き出し勝手に開けてんの」


コンビニで一緒に買ってきて引き出しにしまってたのに、おなまえはコンドームの箱をカタカタ揺らしてうるさい。
もしかして本当は家捜ししにきたんじゃないだろうな。
どうして直前に触ってた引き出しだけをピンポイントで探ってんだ。
やっぱホラーかな。


「付き合ってその日にやるのは体目的と思うだろ」
「私そういうまともな恋愛って全然したことないんだけど、初日はどこまでするの?」
「……同じベッドではまだ寝ない、かな…」
「え。私ソファー行った方がいい?」


こういう時だけ素直に従うのな。
ベッドから降りようとするおなまえの肩を掴んで強めに引き込んだ。
箱はその辺に適当に置いとく。


「一緒に寝てもいいの?」
「飛び級」
「なにそれ」


笑わせられて気分が良い。
気分が良い内にさっさと寝よ。


「じゃあもっと飛び級しないの?」
「シンデレラタイム過ぎるぞー」
「おやすみ新隆」


ホントこういう時だけ腹が立つ程素直な。



------
02.26/バリキャリ夢主×霊幻



back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -