▼捨てる命を拾う

どうって目的もないんだけどよ、と前置いてから体を貸してくれと頼めば、意外にもすんなり了承された。
「その替わりついてくからね」と言われ頷く。
なんつーか、たまには呼吸がしたくなるのよ。
シゲオの体を借りて、近所をブラブラ歩く。
隣にはシゲオの意識が浮いてて、いつもと逆だなとふと思った。


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もうそろそろ帰ろうかと道路の信号待ちをしながら顔を上げると、側の歩道橋に立っている女が目に入った。
顔は見えない。
でも、後ろ姿からでも疲弊し切っているのがわかる程その肩は落ちて背は丸まっている。
気が変わって横断歩道から移動して階段を登っていく。
すると女は柵に足を掛けて前のめりになった。
急いで駆け寄り柵を放さんとする腕を掴む。


「! え、だれ…!?」
『知らねぇよ』


急に掴まれた腕に驚いて女から力が抜ける。
その隙に引き下ろして柵から離した。


『自殺か?』
「……うん」
『こんな程度の高さじゃ即死はできねぇぞ』
「……な、んで…」


中学生に自殺と察知されて止められていることに女が疑問を問う。
正直俺様もなんでこんなことしてんだと思うが。

女の姿を見るに突発的に死にたくなったのだろうと見た。
前々から死ぬつもりの奴ってのは身綺麗にしてるもんだ。
でも目の前の女は髪はボサボサだし抱えてる鞄は口も開けっ放しで、そこから覗ける中もごった返されてる。
何より感情のある顔だ。
辛い、苦しいとそんな顔で死ぬ奴ってのは本当は生きたい奴ばかりだ。


『生きたいんなら生きればいい。何も死ぬことを選ぶこたないぜ』
「……でも…いきぐるしいよ…」
『…仕事か?』


女はコクリと頷く。
予算だノルマだ納期だと毎日毎日身を削って
家には寝に帰るだけで食事をしても味がよくわからなくなった
生きていることを維持するのが辛い
何のために生きているのかも全く見えない

生きている意味があるのかと涙をボロボロ零しながら訴えている。
俺様はそれを隣に座って聞くだけだ。
シゲオの意識が女の周りをオロオロしながら回る。


『…生きる為に仕事ってするんだろぉ?仕事して死にたくなるんならその仕事辞めるなり休むなりしていいと思うぜ』
「…そんなの、できないよ…」
『まあまずは病院だな。味覚障害の診断書貰って休職届出せよ。それか配属変えて貰えや。お前に合ってねぇんだろうよ』
「……」
『病院には有給でも使って半休取るなりして行け。サボリじゃねーんだから罪悪感抱くことないぞこんなの』


具体的に女がするべきことを上げ連ねると、女は初めて雪を見た子供のような顔で突然手を取ってきた。


「な…なんか、出来る気がしてきた…!やってみる!病院行く!」
『おう。ま、お大事にな』
「ありがとう!…えっと…私みょうじおなまえ。君は…?」
『エ…影山茂夫だ』
「影山くん!本当にありがとう!」


おなまえはまた固く握手するとさっきまでのくたびれ振りが嘘のような笑顔で手を振り立ち去っていく。
その背が小さくなるのを見届けると、ぐるりと肩を回す。


『あ〜、何でこんなことしてんだ俺様。疲れたわ。家までと思ってたけどもう体返すぜシゲオ』
「…うん」


シゲオと交代して、慣れ親しんだ霊体に戻る。
息が吸える。物が食える。眠りにつける。
そういうのは俺様には今となっちゃ贅沢品だ。
たまにでなけりゃ胃もたれするぜ、胃なんてないけど。


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「あの…影山くん?」
「はい…あ」


街中で呼び止められて振り返ったら、みょうじさんが立っていた。
あの時僕の体に入ってたのはエクボだけど…この人から見たらわからないもんな。どうしよう。


「この間はどうもありがとう。お蔭様で部署が変わって、前より仕事が楽しいの」
「そうなんですか。良かったですね」
「…あれ…あの時と、違う人?」


みょうじさんは首を傾げてまじまじと僕を見ている。
「えっと…」と横にいるエクボを見ると深く息を吐き出している。


「あ、ちょっと待って下さい。替わります」
「ん?」
『…あーなんだその。良かったじゃねぇの』
「! うん!君のお陰だよ」


多重人格か何か?と聞かれてまあそんなもんだと返すと、ふぅんとか聞いてるんだか聞いてないんだかわからない返事をされる。


「君のお名前も影山君?」
『…俺様はエクボだ』
「エクボくん!改めてありがとう!」


そういうと急に抱き着かれた。
コイツこんなスキンシップ激しい奴だったのかよ。
人は見かけによらねぇな。


『…死ぬこたぁなかったろ?』
「…うん!」
『ハッ。もー出るぜ俺様は。用事は済んだろ。疲れるんだよ』
「あ、ごめんね態々。ありがとう。…またね」
『…おう』


シゲオに体を返して、元通りふよふよ空中を漂う。
シゲオはおなまえに会釈してその場を去ると、この間とは逆におなまえはずっと見送ってた。
肌艶が良くなって髪もきっちり纏められているその姿を振り返って、呟く。


『人助けなんて柄じゃねーってのに…』


わだかまりが全て解けたようなおなまえの顔を見て、生きて良かったなと思うなんて。
俺様は上級悪霊だってのに、笑えるぜ。



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02.24/モブに憑依したエクボ



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