▼はしたなくても、好き




眠る前に時計の秒針の音が気になって仕方なくなることってあると思う。
全く集中できなくなって、もうずっとその後寝付けずにようやく体力の限界を迎えて眠れる、そんなこと。

じゃあ今ならばどうだろうとおなまえは思った。
このうるさく止まない自分の鼓動で彼が何を言っているのかろくに理解もできないこの時は。
限界を迎えて会話ができる?そんなわけない。


「どうしたの、おなまえちゃん?具合でも悪くなってきちゃった?」


私の様子がおかしいことに、鈍い茂夫君でも流石に気が付いてしまった。
でも、仕方ないよ。だって、お付き合いして初めて茂夫君の家にお邪魔して、彼の部屋で二人っきりだなんて。


「大丈夫!ちょ、ちょっと緊張しちゃって…」
「え?そう、なの?」


困った時は笑うしかない。
実はこの部屋に入ってからずっと落ち着かなくて、部屋の隅を陣取っている。
どこにいたらいいのか迷って所在なく行き着いた先。
だってこの部屋茂夫君の匂いしかしない。
こんなこと言ったら変態と思われそうだから絶対言えないけど。
普段から犬並みに鼻が利くんだと豪語してたのが仇になって、今ではこの嗅覚が憎くすらある。
ずっと抱き締められてるみたいで、全く落ち着けない。
そんなこと、本当にたまーにしか…してくれないのに。


「…ほ、本当に大丈夫?顔赤いし…熱あるんじゃないかな?少し休む?布団出すよ」
「いいいいいい、いい、本当に!元気だから!」
「元気なの…?」


こんな状態で茂夫君の布団になんて入ったらもう気が変になって絶対嫌われてしまうに違いない。
熱がないかどうか、茂夫君の手が私の額に触れて確かめられる。
近い。
部屋の角にいるから、視界が茂夫君でいっぱいだ。
ドキドキが限界を超えそうになって、なんとか「茂夫君」とだけ声を出せた。
掠れてしまってすごく情けない声だった。
すると額の熱さを測って離れていく手がピクリと動いて止まる。
不自然に止まった手をしばらく見つめていると、ゆっくりその手が頬に伸びて触れた。
火照った肌に、少しだけひんやりした茂夫君の手が気持ちいい。


「おなまえ、」


もう片方の手が肩に添えられると、名前を呼ばれて唇が触れ合った。
驚いて肩に力が入ると、一瞬離れて真っ赤な顔の茂夫君と目が合う。
囁くくらい小さな声で「ごめん」と言われた後頬の手が私の指を絡めて部屋の壁に縫い止めた。
今度は触れてる、なんて軽い感じじゃなくて、押し合わせてるみたいにしっかり唇が合わさる。
少し離れるとまた合わせて、繰り返してる内に力が抜けてきた。
何だか、隅にいるせいで茂夫君に追い詰められてるみたい、と思うと胸がじんわり熱くなる。
時たま洩れる息が背中をゾクリと粟立たせる。
少しだけ離れた僅かな時間に「しげ、お」と呼べば、ぎゅう、と抱き締められて肩口に額を押し付けられた。


「…ぅ…ごめん、急にして…」


顔は見えないけど、覗ける耳は真っ赤だ。
多分私も同じくらい赤い。
そんなにくっつかれたら鼓動が早いのが伝わっちゃう。
でも…


「…ねぇ…」
「…」


声が喉に引っ掛かって、内緒話をしてるみたい。
少しだけ茂夫君が首を傾けて、片目だけで私を見た。
いつもより据わってて、ちょっとだけ潤んでる。
男の子なのに なんか 色っぽい。
今度は私からその頬に手を伸ばした。


「もう一回したいって言ったら…はしたないって嫌う…?」


指の先まで汗ばんできた。
私、何言ってるんだろう。
一度出た言葉は取り消せないのに。
後悔したのは、茂夫君の目が見開かれたからで
その瞬間「ああ嫌われた」って思った。


「ごめ」


謝って、忘れて貰おうと口を開いたら
歯がぶつかる音がして唇にかぶりつかれてた。
私の両頬を茂夫君の両手が覆ってる。
その小指が顎骨に沿うように置かれてて、上を向かされた。
離れ際に吸いつかれてちゅ、と音がたつ。
首筋が、ビリビリする。


「嫌いになるわけ、ない」


ゴクリと喉が鳴って、上下した喉仏に男っぽさを感じた。
こんな茂夫君 見たことない。
でもこんな彼も好きになる。
唾液で濡れた唇に、私も夢中になって重ねた。



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02.25/お家デートの初キス



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