▼事実は小説よりも奇なり




「わー。嘘でしょ」


ちょーっと本屋で限られた小遣いの中からどの一冊を選ぶか吟味していただけなのに。
今日の天気予報は曇りではなかったのか。
私の眼前には激しく道路を打ち叩く大きな雨粒の嵐。
ゲリラ豪雨だ。


--すぐ止む…感じではなさそうだなあ…


ちょっと屈んで雨空を見上げる。
真っ黒くて分厚い雲が空一面に鎮座している。
コンビニまでの僅かな距離でもズブ濡れ待ったなしだなコレ。
私は買ったばかりの文庫本が入った鞄が濡れないようしっかり自分の胸に抱いて、腹を括った。


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--ガッデム…


私の目の前には無惨に売り切れているコンビニの雨具コーナー。
やっぱり天気予報では曇りだったもんなぁと、せめてタオルを買おうと入口で突っ立っていた足を店内に向ける。


「あれ、おなまえちゃん?」


呼び止められて顔を上げると、今しがた会計を終えたばかりのコンビニ袋を下げた輝気君がいた。


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「輝気君と会えて良かったぁ〜ホント九死に一生を得たよ!」
「今日曇りの予報だったしね」


すぶ濡れの私の元に舞い降りた天使のように輝気君を崇める。
輝気君は私より少し早めに帰宅していて、不足品を買い足しに出る前に雨が降ったものだからちゃんと傘を持っていた。
これだけ横殴りの雨だと言うのに、不思議と輝気君の傘の下にいると濡れない。
もう既にびしょ濡れだけど、更には濡れない。
私の方に傘を傾けてくれてるから、その分はみ出た所も濡れようものなのに輝気君も濡れてない。
さっき買ったばかりのミステリー小説よりミステリーなんじゃないの、これ。


--まあ…事実は小説よりも奇なりっていうし、得なんだし、どうでもいいか


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「お邪魔しまーす」
「どうぞ。ハイ、これタオル」
「ありがとう」


外の雨を見て用意してから出てきたのか、既に玄関に置かれていたタオルで体を拭く。


「お風呂入るつもりで沸かしてたんだけど、良かったらおなまえちゃん入っていきなよ。風邪引く前にさ」
「んえっ?!…そう、…そうだね」
「その間に乾燥機掛けとけば着替えも乾くだろうし。…流石にブレザーとスカートはハンガーで浴室乾燥でないと型崩れするだろうけど」


「おなまえちゃんのお風呂の後に干すよ」と言われて、それなら入るのは辞めると首を振った。
だって元々輝気君が入るつもりで張ったお湯なのに、そんなことをしていたら輝気君がお風呂に入れなくなってしまう。


「流石に今のおなまえちゃんをお風呂に入れないなんて選択はできないよ。…あ、一緒に入ろうか?」
「え…お嫁行けなくなっちゃうよ私」
「ハハハ!大丈夫だよ」


何を根拠にか輝気君は笑うと、洗濯機の上の棚から入浴剤の包装を取り出した。


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ちょっと勿体ない気もするけど、少しだけお湯を抜いてから件の入浴剤を投入してシャワーを浴槽に注ぐ。
するとどんどんモコモコの泡が出来てあっという間に映画の世界みたいなファンシーなお風呂の出来上がりだ。
その湯船に浸かってから外に向かって声を掛けると、少しして輝気君が入ってきた。


「良かった、ちゃんとタオル巻いててくれて。でないとお嫁に行けない所だった」
「おなまえちゃんのお嫁行けないラインってどこなんだい?」
「夫になる人以外の前で乳房や局部を晒したり夫以外の局部を見たりしたら行けない」
「乳房って…まあ、わかったよ」


随分貞操観念がしっかりしてるんだね、と輝気君は朗らかに笑ってるけど、普通のことだと思う。
寧ろこれで貞操観念がしっかりしてると判断してる輝気君の神経がおかしいとさえ思うよ。
この子この間までツンツンしてたからどっか思考が毒されてるんじゃないのかしら。
とか思ってたら体を洗い終えた輝気君が湯船に入ってくる。


「狭い。近い。…てかちょっとーー!」
「あ。溢れるねコレ」


折角作った泡たちが輝気君が入ると溢れて流れていってしまう。
となると無防備な姿が晒されてしまう!


「待って輝気君。座り込む前にタオル持ってきて。バスタオル」
「え?巻く?」
「巻くよ!!お嫁行けないって言ってるじゃん、だから!」
「アハハ、わかったわかった」


輝気君はこのフレーズが気に入りでもしたんだろうか。
「貰うのになぁ」とか言いながら一旦浴室を出てバスタオルを持ってきてくれた。


「…見てたら巻けないんだけど。あっち向いててよ」


もう僅かしか残ってない泡たちを自分の体に寄せて何とか保っている私のすぐ側で、バスタオルを差し出したまま居座っている輝気君。
「だからさ」と浴槽の縁に頬杖をついてにんまりと笑う。


「お嫁に貰うのになって、言ってるだろう?」


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02.24/輝気と一緒にお風呂



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