▼じゃなきゃフェアじゃない

縁日の囃子がそう遠くはない何処かで聞こえる。


『なあ俺様思うんだけどよ』
「なあに?エクボちゃん」


調味市の夏祭りの喧騒の中、座る場所を確保する為におなまえとエクボは場所取り兼留守番をしていた。
エクボは何故か耳に切れ込みが入っている人の体を借りてきていて、隣にいながら「おっかない」とおなまえは思っている。
でもこの見た目のお陰で人が避けるのでこういう時には有効かもしれない。


『それやめろって。…お前何でアイツと付き合ってねぇの?』
「え?アイツって新隆のこと?」
『それ以外誰がいるんだよ』
「何でって…付き合うのって好き合って告白して付き合うんでしょ?好き合ってないから付き合ってないよ」


そう言って足を揺らす。
今日の夏祭りはおなまえが誘ったものだ。
「モブ君たち夏休みでしょ、友達も呼んで皆で行こうよ」と本人が言うものだから完全に子供のお守りをする保護者たちという図になっている。


『告白って…ガキかよ』
「けじめだよ。そんなナリしてわかんないの?エクボちゃん」
『次それ言ったら引ん剥くからな往来のど真ん中で』
「破廉恥〜」
「何の話してんだよお前らは」


突然おなまえとエクボの間に手が現れ、隣り合った二人の距離を離す。
空いた空間に身を割ってきたのは霊幻だった。
グルルと唸り声が聞こえてきそうな勢いでエクボを睨みつけながらも、おなまえの肩に触れている手を放そうとしない。


『おーおー。番犬様が帰ってきたから俺様ようやくシゲオたちんとこ行け…』
「もうすぐ花火上がるってよ」
「師匠先に行かないでくださいよ」
「しかも持ってたもの僕達に押し付けていって…」
「誰もはぐれてないね?」


後からわらわらとモブたちがやって来たせいでエクボは浮かせた腰を再び下ろした。
それぞれ手にかき氷やらたこ焼きやら焼きとうもろこしやら思い思いの食べ物を抱え込んでいる。
「スマン、ちょっと悪い虫が見えて」と言いながらまた霊幻がエクボを睨む。
勘弁してくれとエクボは手を払った。


「あ。虫除け忘れてきちゃった」
「スプレー持ってきてるぞ、使うか?」
「ありがとうー」


霊幻からスプレーを受け取ると腕や足につけて、首の後ろは霊幻につけてもらっているおなまえ。
そのままやれ花緒擦れしてないかだのやれタオル(冷感)いるかだの、果てにはかき氷はメロンとイチゴどっちが良かったかだの甲斐甲斐しく世話を焼く霊幻を適当なのか本当に何とも思ってないのかおなまえはさらっと流している。


「かき氷のシロップって味一緒なんだって」
「ほお、そっちも一口くれよ」
「んー」
「…違う味だと思うけど」
「色と香料だけで違う味に感じるらしいよ」
「へぇー」
「私もそっちちょっと頂戴」
「ホラ」


互いに食べさせ合いしている二人がモブたちに見えないよう、エクボは自分の体を壁にしながら『このバカップルどもが』と悪態を胸の内で吐く。


「これ、霊幻さんたちに回して貰ってもいいかなエクボくん」
『あー。後でな』
「…冷めちゃうだろ?何を…」
『いいんだ』
「…あー…」


イカ焼きを持ったままエクボ越しに伺おうとするテルを防いで座らせる。
察したテルは大人しくそれに従って「僕たちホントに来てよかったの?」と苦笑いを浮かべる。


『アイツが誘ったんだからいいんだよ、お前らは気にしないで。子供らしく遊んどけ。アレは勝手に頑張らせとけ』
「あぁ…ハハハ」


そう言ってテルからイカ焼きを奪い取って食べ始めた。
構うなという様に手で合図するとテルは隣の律と話し始める。
モブは芹沢とのほほんしながらたこ焼きを食べているし、あぶれているのは自分だけだ。
ムサイ。
唯一の花は霊幻が独占しているし今ここにあるそれ以外の花は夜空に打ち上がる花火だけだ。
そうしている今も背で「花火がスゴい」とはしゃいでるおなまえに同意している霊幻の声がうるさい。
おなまえがスマホの連射で花火を撮影している間にエクボは肘で霊幻を小突く。


「…ッだよ、悪い虫め」
『誤解だ。…テメェらさっさと二人で抜けてけよ、子供の教育に悪ぃから』


『邪魔する気はねぇよ』と吐き出すように言うとおなまえがスマホを下ろしたのに合わせてまた背中を向けた。
「あー…」と霊幻が言葉を選んでいる。


「ん?新隆どうしたの?」
「ちょっと…人に酔ったかもしれん」
「気持ち悪い?移動しようか。動ける?」


おなまえはすぐに霊幻に肩を貸してやる。
立ち上がったことでモブたちからも心配の声が上がると、「ちょっと休ませてくるね、お祭り楽しんで」と声を掛けて離れていく。
まだ花火の途中ということもあり、開催地の外に出れば人通りは大分減った。


「大丈夫?事務所まで行けそう?」


そう言って心配そうに顔を覗き込んでくるおなまえに、僅かに罪悪感を抱きながら霊幻は口元を抑えて弱々しく頷いた。


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「お水持ってきたよ」
「スマン…」
「いいんだよ、いつも色々気にかけてもらってるし。新隆だって私の立場だったら同じことするでしょ」
「……」


気をかけてるのがわかるんなら、俺の気持ちにだって気づいてくれてもいいんじゃねーのと言い出したい口に水を流し込む。
いいや。
此処で言わなきゃまた同じことの繰り返しだ。
コップの中の水を飲み干して、ケホ、と空気を吐き出すと「おなまえさ」と言葉を捻り出す。


「俺が気にかけてんのはどうしてだと思う?」
「ん?新隆がそういうヤツだからでしょ」
「…誰にでもそうしてると思ってんの?」
「うん。尊敬してるよ、私だったら気苦労でハゲそうだし」


じっとおなまえを見た。
その視線を受けて当の本人は「…もしかして、薄くなってきたの?」とあらぬ方向の心配をしている。

誤魔化そうとしてるつもりじゃねーんだよな。
コイツはこういうヤツなんだ。昔から。


「…お前だったらハゲそうなくらいのその親切がさ」
「うん」
「下心があるからだったらどうすんの?」
「うん……ん??」
「……」


今度はおなまえが霊幻をじっとみる。
からかってるだとか、そういう顔ではない。
今までも真面目な顔して人に冗談を言ったりすることはあったが、そういう声のトーンでもない。
昔馴染みだからこそわかる。


「…えっと…物心ついた時からほとんど一緒にいてさ」
「うん」
「私の新隆の印象が良い奴なんだけど、ずっと」
「うん」
「…下心って、そんな…何年も持てるものですかね…?」
「…持てねぇよ」
「デスヨネ………ごめん、いつから?」
「こっちはかれこれ二十年近くずっとだわ」
「マ…、ジか………」


おなまえは霊幻の隣で頭を抱える。
向けられていた気持ちに困ってでは無い。
ずっと気付かないまま生温い湯に浸かり切った自分に対しての呆れがまずやってきた。
次にそれだけの年月全く脈のある素振りを見せなかったのに挫けなかった霊幻への申し訳なさ。


「そんなに長い間…ごめん」
「……謝られるとフラれてるみたいで凹むんだけど、それどっちの意味」
「長い間気付かなくてごめんのごめん」
「…別に。好きでやってたことだし」
「あの、ホント。ずっと新隆がそういう性格だと本気で思ってて……」
「わかってるよ」


「別に困らせたくて言ってるんじゃねぇし」と霊幻は頭を掻く。
一方のおなまえは二十年間のなかで思い出せる限りの霊幻の行動を思い出してはその真意と照らし合わせている最中だ。
あれも、これもと浮かんでは「好きでやったこと」という霊幻の声が頭で反響する。

私…私は………


「俺が、おなまえといい加減進展したいと思ったからだ。俺のエゴなわけ」
「そ…りゃ、そう思うよ。誰だって報われたいでしょ」
「ならさ」


霊幻の手がおなまえの腕を掴んで、頭を抱えたままのその顔を晒す。


「報わせてくれよ、おなまえ」


遠くで花火の音が立て続けに響いて、赤面したおなまえの顔が露わになる。
この瞬間の為の二十年だったと今なら思える。

もっと戸惑えよ。
もっとその頭を俺で占めろ。



じゃなきゃフェアじゃない。



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02.23/鈍感な幼馴染に好意に気づいて貰えないけど報われる



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