▼行きは良い良い

※「多用〜」ヒロイン



「ここ熊出るそうですよ霊幻さん」
「…もっと早く言えよ熊よけの鈴とかねーぞ」
「今は季節的に大丈夫じゃないですか?もうちょっと寒くなってくるとわかんないですけど」


本日霊とか相談所は草木を分け入った野山まで出張している。
神隠しにあったかもしれないという子供の捜索が今回の依頼で、心霊かどうかはさて置き子供の命が関わっていることで引き受けたものだった。


「警察の捜索でも見つかってねぇとなると最悪の事態も考えられるが…」
「多分生きてるんじゃないですかね」
「……お前のその神がかってる勘を信じてるからなおなまえ。ついでに前行けよ後ついてくから」
「…恥ずかしくないんですか霊幻さん……」


まがりなりにも自分より年下で、女性に先陣を切らせようとする上司に芹沢は人間性を問う眼差しを向ける。
「これは役割だ」と居直る霊幻。


「それでいいんですか?みょうじさん」
「別に構わないです」
「そうですか…」


キッパリと言い切るおなまえは道無き道をぐんぐん突き進んでいく。
霊幻は帰りの目印をつけながらそれに続いていて、芹沢はコンパスと地図を時折確認して今の居場所を把握する。


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どれくらいそうやって進んでいたろうか、黙々と進んでいたおなまえが立ち止まる。


「…お?どうした疲れたか?」
「いいえ、物音がして」
「例の子供か?熊か?」


すぐ側の木によじ登るポーズを霊幻がとる。
おなまえは岩の上に立って音の発生源を探した。


「…今食べ物出せる人いますか?」
「霊幻さんがさっき…」
「魚肉ソーセージ食べてた」
「それください」
「え?腹減ったの?」
「熊です。例の子が多分近くにいます。引き付けてくるので、救助を優先してください」


霊幻から残りのソーセージを受け取ると、おなまえは駆け出して行った。
慌てて二人は後を追う。

少し走れば、穴蔵を覗き込もうとしている大柄な熊がいた。
物音に反応しておなまえを見つけると、その手のソーセージを見て鼻を鳴らし穴からおなまえの方へと体を向けた。
視線は熊に向けたまま後ろから近付いてくる二人に手でそれ以上近付かないようにサインすると、少しずつ熊を穴蔵から誘導する。


「あの熊、気が立ってる」
「腹空かせてるのか…マズイな…」


熊は今にもおなまえから食料を奪い掛かりそうだ。
荒い鼻息に覗いた牙を伝って涎が滴っている。
十分引き付けた隙に霊幻が穴へと腕を伸ばすが、思いの外穴が深くて指先に僅かに体のどこかが触れるだけだ。


「届かねえ。芹沢この中の引き寄せられるか」
「やります」


熊の間合いに入る程距離が縮まったおなまえは、手元のソーセージを霊幻たちとは正反対の方向に向かって放り投げる。
しかし熊は振り被った姿勢に興奮したのか、そのままおなまえに飛び掛った。


「みょうじさん!」


それに気付いた芹沢がおなまえに腕を向けるより早く、飛び掛ったはずの熊の背がグイっと座り込む。
正確には、座り込まされている。


「え」
「…猛獣使いかよアイツ」


おなまえは熊の鼻面と顎をがっしりと両手で掴み、腕の力だけで熊を押さえ込んでいた。
熊の前足がおなまえの腕を剥がそうとすると、更にグッと力を込めて牽制している。
ミシリと骨が軋む音が聞こえてきそうだ。


「お前の食べ物はあっち」


鼻面を掴んだまま放り投げたソーセージの方を見せて、熊にそう言い聞かせると手を離した。
それに合わせて芹沢がすぐにおなまえの体を引き寄せる。


「子供は?」
「今掴んだ」


穴から子供の丸まった背が見え、霊幻がそれを引き上げる。
と、今度は大きく地面が揺れた。


「わっ」
「今度は地震かよ…っ!」


地響きと共に大きな百足のような影が木々の隙間を這って霊幻たちを襲った。
飛びます、と言って子供を抱く霊幻を脇に抱えるとおなまえは大百足の足を避けて飛び上がる。


「おっ前!子供!」
「ちゃんと抱いてて下さい。芹沢さん着地任せます」
「は、はい!」


巨木の枝を力で曲げさせたそこにおなまえは立ち、霊幻たちを降ろす。
眼下にはウゾウゾと蠢く大百足。


「この子アレに誘われたんですかね」
「悪霊か?」
「祓います」


芹沢が腕を上げると蠢いていた足が木を叩いて揺らされる。
バランスを崩しそうになった霊幻たちをまたおなまえは抱えて百足と距離を取った。
宙に浮いたままの芹沢は力を込めて大百足の動きを封じ、そのまま力をぶつけるとけたたましい断末魔が響く。


「…う…」


程なくして霊幻の腕の中の子供が目を覚ました。
唇は乾き切って青白い顔。見るからに衰弱している。
霊幻は子供が怯えないように宥めながら飲み物を渡す。
芹沢は太陽の向きを確認して降りると、「雲が出てきてます。少し休んだら下山しましょう」と進言する。


「そうだな、こっちまで遭難したら元も子もない」
「霊幻さん、子供私が背負います」
「俺でも別に平気だけど?」
「…霊幻さん、帰りは俺たちが先導しないとみょうじさん迷っちゃいますよ」
「目印つけてたろ」
「? どれですか?」


通ってきた木の幹につけた傷を指差すが、おなまえにはそのバツ印が木の皺にしか見えないようで首を傾げている。


「たまにお前の認識能力が不安になるぞおなまえよ」
「はあ」
「もう降りますよ」
「てか迷う自信があるならやっぱ子供は俺が背負うわ。芹沢、おなまえはぐれないようにして」
「…」


「お前はともかくこの子にまた万が一があったらヤバイ」と言って子供を背負い直す霊幻に、散々行きでは頼りにしておいて掌返しがすごい、と芹沢は思ったが黙っている。
大体はぐれないようにしてとは。
ロープで腰同士繋げばいいのか。


「…リポビ○ンD…」
「……芹沢さんて面白い思考回路してますよね」


何も険しい岩山でもなし、とおなまえは芹沢の手をとる。


「これでいいんですよ」
「…これで、いいんですか?」
「私はこれでいいですけど」
「……俺はみょうじさんの思考回路が知りたいです…」
「それは…随分と変わり者ですね」


反応に困っておなまえを見るが、相も変わらずの無表情がそこにある。


--なんとなく意外そうな顔…な気がする。


注視する芹沢と真顔のおなまえが見合っていると、少し離れた所から霊幻が声を張り上げる。


「いつまでそこに居んだ早く降りるぞー!イチャつくの後にしてくれよー」
「い、イチャついてないです…!」
「はーい」


---


日が傾きかけ、ようやく視界に麓の明かりが見えてきた頃。


「…ところで、軽々霊幻さん抱えてましたけどアレ…」
「はい」
「能力じゃなかったですよね?」
「はい」

--成人男性なんだけど…

「ああ、霊幻さん結構軽いので。でも大丈夫ですよ」


そう言っておなまえは両手を広げてみせる。


「大丈夫…というのは…?」
「芹沢さんも抱き上げて欲しいんですよね」
「違いますよ!」
「あれ。興味ありそうな顔だと思ったんですけど、違いましたか」


まだまだ観察が足りないかとおなまえは僅かに下唇をあげた。
本当に僅かな変化だが、多分本気で抱き上げるつもりでいたなと芹沢は薄々思う。


「みょうじさん最近俺のことからかってませんか…?」
「それは芹沢さんで遊んでるかってことですか?」
「そうです」
「そうですね」
「…質が悪い」


オッサンをからかうという質の悪さと、彼女の冗談は本気で行動するつもりの冗談だという質の悪さ。
しかし芹沢の声音から悪い気もしてないことを多分おなまえは知っている。
全部含めて質が悪い。

芹沢の言葉を聞いてほんの少しだけ愉快そうに動いた目を隣で確認する。
この些細な変化を読み取ってしまう自分に気が付いて、俺は逆に観察しすぎだと空いてる方の手で頭を掻いた。
しかしすぐにハッと我に返って今の思考を散らす。


--みょうじさんがからかう時って覗かれること多いんだよな…


意識してないと考えが筒抜けになって余計に遊ばれるのだ。真顔で。
警戒した面持ちになった芹沢に、おなまえは言う。


「覗きませんよ。最近は見なくても芹沢さんのことならわかります」
「えっ」
「試しにさっきの"質が悪い"の真意を言い当ててみましょうか」


これは山を降りてもからかい倒される予感がする。
冷や汗が芹沢の額を伝う。


「女性に抱えられる自分の絵面の悪さに幻滅したんですよね」
「…違います」
「あれ」
「あと。少し悪口ですよ、それ」
「すみません。…やっぱりたまに見せて下さい。勉強が必要です」

--絶対嫌だ…。



「……せめて、行動観察だけに留めてください」



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02.23/超能力の補助なしで物理的に強い夢主



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