▼カモミールティーをあなたに

"詐欺では?『自称』霊能力者"


街頭TVの放送におなまえは足を止めた。


「…」


携帯を出し電話を掛けようとして、やめる。
急いで駐車場に入り、愛車に乗り込むとアクセルを踏んだ。


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事務所前の"休業中"の張り紙に構わず、扉をノックする。
返答はない。


「新隆くーん?迎えに来たんだけど、いないの?」


中に向かって声を出せば、少し間があってからドアノブが回った。
少しだけ開かれた扉から伺える疲弊した顔と暗い室内。
部屋の主はおなまえの姿を確認すると一瞬安堵した表情を浮かべてから「帰れよ」と扉を閉め切った。


「帰らないの?」
「お前が帰れよ」
「一緒に帰ろうよ、車持ってきたよ」
「……」


今なら外に変な人いないしさ、と言えば再びドアが開く。


「俺といるとお前までアイツらに囲まれるだろ…」
「…それが、何なの?」


鼻で笑っておなまえは霊幻の腕を掴み外に出す。
鍵を閉めさせて足早に車に乗り込んだ。


---


案の定霊幻の家にはマスコミが張っていて、車内からそれを見た霊幻は「やっぱり帰れよ」と再びおなまえに言う。


「新隆くんは家に帰るだけだし、私は彼氏の家に上がるだけじゃん」
「…」
「恋人の家に上がることって犯罪だったっけ?」
「犯罪じゃねえ」
「ホラ。堂々としてなよ、いつもみたいにさ」


近くのコインパーキングに車を停め、降りて霊幻を待つ。
そんなおなまえの態度を見ていると、確かに何故帰宅するだけのことにビクついているのかと思えてきた。
アパートに近づけばカメラや記者が二人に寄ってくる。


「番組での除霊行為はなんだったんですか?」
「そちらの女性との関係は」
「説明責任があるとは思いませんか?」


押し掛けてくる記者たちに「通行の妨げです、通してください」と落ち着いた様子で歩くおなまえ。


「何か答えてくださいよ!」
「恋人です。答えましたよ、退いてください」
「霊幻氏は詐欺師ではないかとの噂ですが、どう思われますか?」
「詐欺師って人を騙してお金を取る人ですよね?この人はそういうこと出来ませんよ」
「その根拠は?」
「側で見てきた人間性としか私からは言えません。詐欺師だという根拠をそちらが用意するべきでは」


たった数メートル歩くのにも困難だ。


「このままでは誰も納得しませんよ」
「恋人に受け答えさせて、自分は何も答えないんですか?」
「こんなに注目されてるんですよ、会見を開く考えは?」
「そうだ、逃げられませんよ!」


下手に人を掻き分けて暴行されたと言い出されないように慎重に足を進めていたが、その言葉に霊幻は足を止めた。



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「良かったの?記者会見するなんて言って」
「…こんな風に家にまで付きまとわれるよりマシだ…」


深く息を吐いてソファーに身を沈めると、霊幻の鼻に嗅ぎなれない香りが届く。


「…何の匂いだこれ…リンゴ?」
「新隆くん迎えに行く前に買ってきたんだよね〜カモミールティー」


テーブルに薄黄色のお茶が注がれたカップが出される。
疲れた時に飲むといいんだよとおなまえが隣に腰掛けた。
「私はハチミツ入れて飲むのが好きだなあ」と霊幻のカップの横にハチミツの容器を置いて勝手に投入する。
口をつけてみれば、爽やかな甘い香りの後にほんのり舌に触れる蜂蜜の甘さが胸の底を温めていく。


「…うまい」
「でしょ。好きなんだよねコレ」


おなまえも自分のカップに口をつけて、リラックス効果もあるから今日は眠れるよと霊幻の背を撫でる。


「明日に備えて今日は早く寝よう。また迎えにくるから」
「……帰んの?」
「…さっきまで帰れ帰れって言ってたのに」


ソファーから腰を浮かせたおなまえを小さな声が引き留める。
おなまえは苦笑してまた座り直した。


「…悪い」
「悪いと思ってるならいい加減籍入れて欲しいんだけどな〜」
「今そんな話してねーだろ」
「チッ、付け込まれろよ〜こういう時くらいー!」


子供をあやす様に抱きしめられるとその胸に額を擦り付ける。
先ほどのカモミールに交じっておなまえの香りが鼻腔を擽り霊幻を落ち着かせていく。
軽口すら耳に心地よかった。


「よしよし」
「…アイツら…俺のことダシにしやがって…」


頭を撫でられながら、胸の内に溜まったものを吐き出していく。
決して気持ちのいいものではなかろうに、おなまえは「うん、うん」と静かに話を聞き続けた。
いつの間にか話し声は呟きになり、次第にその声が寝息に変わる。
寝不足だったのだろうと伏せられた霊幻の頬を撫でるとおなまえは一苦労してベッドに運んだ。


「よ…っと、……絶対大丈夫だからね、新隆くん…」


明日は頑張ろうねと囁いて部屋の電気を消す。
車に戻れば着替えはあるが、今出たらまだマスコミが張ってるだろうか。


--…面倒くさくなってきたな、明日でいいや。私も寝ちゃおう。


霊幻のすぐ隣に身を滑らせるとその体を抱き締めて、目を閉じた。




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02.22/ホワイティー後の師匠の頭をよすよすする

カモミール(カミツレ)の花言葉
/逆境に耐える
/苦難の中の力



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