▼Falling for you




突然人が変わったみたいって言葉がある。
昨日までなんともなかったクラスメイトに違和感を感じたのは僕だけみたいだ。
皆、雰囲気の違うみょうじさんを普通に受け入れてる。


「…」
「--えー、そうなんだあ」


談笑してる姿は、いつもと何も変わらないように見える…けど。
その瞳が僕を不意に見つめた。
笑顔が消える。



---



放課後。
校外に出て一人歩いているみょうじさんの数メートル後ろを歩く。
人気の少ない路地に入ると、彼女の足が止まった。


「…影山君?帰り道、こっちだっけ?」
「……みょうじさんの体から出て行きなよ」
「…何のこと?」
「君はみょうじさんじゃない」


ゆっくりとみょうじさんが振り返った。
口元は笑ってるけど、その目は僕を睨みつけるみたいに敵意を持ってる。


「どうしたの?影山君。私は私だよ。みょうじおなまえだよ」
「みょうじさんはそんな風に笑わない」
「……」
「…どうして効かないのかと思ったら、君霊能者なんだね…」


ザラリと生温い風が足元から舞い上がる。
みょうじさんの髪が風に煽られて、その隙間から見える目が怪しく光った。


『コノ子ハ返サナイヨ』


突如禍々しい気がみょうじさんを包んで、殻のように覆う。
その端から伸びてきた蔓が僕の手足を拘束する。


『コノ娘ノ霊力ハ上質ダ。誰ガ手放スモノカ』
「…みょうじさんは物じゃない…!」
『…ソウカ、コノ娘ガ大事カ』


まるで物みたいな口振りに腹の底がザワつく。
蔓に引き上げられたのを逆手に取って蔓に力を流し込むと、それはみょうじさんを守っている殻に届く前に向こうから切り捨てられた。
カカカと愉快そうに悪霊が笑う。


「…その声でそんな風に笑うのやめてよ」


嘲るような顔で僕を見下げる。
みょうじさんの意思で動いていないとはいえ、アウトプットされているのはみょうじさんの体だ。
…すごく不快だ。
悪霊は笑うのをやめないまま僕に掴みかかってきた。
みょうじさんには悪いけど、その腕を制止させると関節から嫌な音がする。


「! お前…」
『ハハハ!人間ノ肉体ナンテドウトデモ出来ルンダヨ!!』


咄嗟にみょうじさんの両腕を掴んで悪霊を引き剥がしにかかる。
けど…、固い…!


『中々ダガ…今ノ私ニハ効カナイナア!?』


女の子とは思えない力で地面に叩きつけられた。
バリアで防ぐと、そのバリアを突き破ろうと腕が伸びてくる。
バチバチと抵抗を受けながら少しずつ近づく指先はみょうじさんの血に塗れて赤い。


--バリアは、予想外からの攻撃だと咄嗟には守れない…


いつかのナイフを防御しながら香水を防げなかったことを思い出した。
もしかしたら、こいつのも。
それに、外側は頑丈でも内側からなら…。


「エクボ」
『おう、任せなっ!』


一旦バリアの力を逆向きにしてみょうじさんを包む。
急に囲まれた悪霊はそれを振り払って抜け出てきた。
間髪入れずにエクボが僕の体で抜け出た悪霊を殴りつける。
まさか殴ってくるとは思っていなかったのか、みょうじさんは受け身を取って起き上がると「女の子の顔殴るなんてサイテー」と口元を拭って血の唾を吐きだした。


『バカ言え。じゃなきゃそっちにやられっぱなしだろうが』
『…誰ダオ前。今マデノガキジャナイナ?』


悪霊が僕を探す隙を与えまいとエクボは攻撃し続けて気を逸らす。
エクボの力が籠った拳から身を守ろうと注意が前方に向いたタイミングでみょうじさんの体に入り込んだ。


『シマッ…-----』


その場に膝をつき座り込むおなまえの肉体を見て、エクボは『上手くやれよぉ』と呟いた。


---


暗い。
冷たい。
色んな人の声が聞こえる。
どれもこれも、みょうじさんを期待してる声だ。
その声が響く度、この場所がどんどん冷えていく。


「もう嫌だ」


震える声が聞こえた。
みょうじさんの声だ。
声のした方を向けば、暗い中ぽつりと佇んでいるみょうじさんの背中があった。


「皆無責任に頑張れっていうばっかり」
「私、頑張ってるのに」
「何で皆同じことばかり言うの?」
「まだ、足りないの…?」
「これ以上何をしたらいいのよ…!!」


足元から寒さが伝わるようだった。
プレッシャーに押しつぶされそうになっているんだ。
その心の内をどこにも吐き出せなくて溜め込んでる。
そこを、あの悪霊が。


「みょうじさ…」


声を掛けようとすると僕とみょうじさんの間に渦ができる。
その渦から目が片方、僕を見る。


『コイツノ心ノ闇ハ心地ガ良イ』
『コノ娘ハモットモット闇ヲ深メラレル!』
『邪魔ヲスルナ!!』
「邪魔してるのは、そっちだろ」


苦しんでいる彼女を利用して、もっと苦しませてるだけじゃないか。


『精神世界ニキタノガ運ノ尽キダ!消エロ!!』


ちゃっかり彼女の心に蔓延って力を奪っていく目の前の悪霊に、頭が熱くなる。
反吐が出そうだ。





「…お前が消えろよ」





腹の底から出たような声と共に、大きく広がる渦に手を掛けるとそれは霧のように散った。
暗い世界が強い光で照らされていく。
悪霊の断末魔が響いたのを最後に、そこかしこから聞こえていたみょうじさんへの声が消えた。
白くなった世界の中、立ち尽くしているみょうじさんに近寄る。


「…みょうじさん」
「…影山、くん?」


みょうじさんの足元にはたくさんの答案用紙と写真、賞状、中にはトロフィーみたいなものも。
どれもみょうじさんが取った賞だ。


「もう大丈夫だよ」
「…私、どうかしてたの…?」


状況が呑み込めずに混乱しているみょうじさん。
あんまり長居すると彼女に悪い。


「みょうじさんが頑張り屋なの、わかってるから」
「……」
「じゃあ僕行くね。また」
「…うん」


茫然としたままのみょうじさんから背を向けて、外に出た。
僕の意識が出てきたのを見て、エクボが入れ替わる。


「…ありがとうエクボ」
『どうだった?』
「悪霊は完全に消したよ」
『…おう。違くてさ…』


エクボが何かを言おうとしていたけど、みょうじさんが身じろいだのに気づいて黙る。
みょうじさんは目を開けると僕に気が付いて立ち上がろうとした。


「…、ここ…!影山く…っ痛!?」
「あ、みょうじさんごめんね。腕、脱臼してるんだ。指も…」
「ぅ…び、ビックリした…」
「本当ごめん。なるべく傷つけないようにしたかったんだけど…」


脇に転がっていたみょうじさんの鞄を代わりに持って、無事な方の腕を引いて立つのを手伝った。
みょうじさんは不思議そうに空中に漂うエクボを目で追っている。


「この子、幽霊?」
「エクボだよ」
『今まで見えなかったのか?』
「影山くんはずっと見えてたの?」


コクリと頷けば、横でエクボが『結構なモン持ってるのによく今まで無事だったな』と言う。
チラリとエクボに視線をやれば、察したエクボは口を噤んだ。


「…病院行こう。付き添うよ、僕のせいだし」
「ありがとう…実はね、脱臼したことなくて…どうしようって思ってたんだ」


にへらと力ない笑顔。
腫れてきてるのかな、ぎこちない動作で腕を庇って辛そうで申し訳なさにもう一度「ごめん」と言った。
みょうじさんの体に何があったのかを説明すると、最後まで聞き終わった彼女は「なんだ」と気の抜けたように息交じりで零した。


「影山くんは私を助けてくれただけだよ、謝らないで」
「…」
「それに…嬉しかったよ」


立ち止まる彼女に合わせて歩みを止めた。
隣を見れば


「私頑張ってるって、言ってくれたの影山くんが初めてだったの」


安心と嬉しいのと、泣きそうなのとがぐちゃぐちゃになったような顔で
それなのに澄みきってる目と視線が交わる。


「ありがとう」


細められた目からポロリと落ちてく粒が綺麗で、その粒が頬から落ちる前に指先で掬った。
女の子を泣かせちゃ、いけないって思う一方でずっと見てたいとも思ってしまって我に返る。


「ごっごめん、突然」


パッと手を引いて前に向き直った。
「こちらこそ、泣いちゃってごめん」と隣でみょうじさんは目元を拭う。


「…さっきの影山くん、王子様みたいだったよ」


そんなこと、笑って言われてしまったら。



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02.22/悪霊に憑かれた夢主がモブに助けられて恋をする



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