▼まだたりねーな

※幽霊夢主



「…師匠って、」
「ん?どうしたモブ」
「…いえ。なんでもないです」


初めて会った頃からずっと気になっていた。
けれど言葉にしようとすると、悲し気に首を横に振られるものだから、モブは口にすることがずっと出来なかった。


--…この人、ずっと師匠の後ろにいるな…


除霊しようと思ったこともあった。
でも、誰かに危害を加える訳ではないから、かれこれ3年近く放置している。
モブと出会う前から憑いているのなら、もっとだ。
エクボがやってきてからもそれは変わらず、初めて見た時エクボは何度も『…本当にお前の師匠なんだな?』と確認をしてきたくらいだ。
「弱すぎて見えない」とエクボをあしらった霊幻に『お前の師匠入院させてやろうか!?』と食って掛かった時は般若の形相でエクボを睨みつけていたし、多分霊幻に悪い影響は恐らくないのだろう。


『…なあ、アイツどうして霊幻に取り憑いてるんだよ?』
「知らないよ……聞きたくてもずっと師匠と一緒にいるし…」
『じゃあ俺様が聞くわ』


小声でエクボに答える。
ふよふよとエクボが霊幻の後ろに回って、女性の霊に話しかけた。


『なあ、俺様はエクボだ。お前、名前なんていうんだ?』
『…みょうじ、おなまえ』
『おなまえか。随分若そうだけどよ、何でこいつに取り憑いてるんだよ?』
『……』


エクボの問いに、おなまえは口を閉ざして霊幻を見つめた。
その横顔にエクボは察して眉を寄せる。


『……お前さんそれは、不毛なんじゃねぇの?』
『…』


エクボの言葉におなまえは儚げに微笑むだけだった。


---


霊幻宅。
寝る前のネットサーフィンを終えてそろそろ寝るかと霊幻は伸びをしてベッドに向かう。


「おっと…寝る前に……」


いつも着ているスーツの内ポケットから写真を1枚取り出す。
そこには若かりし霊幻と、その隣で微笑む少女の姿。


「今日の仕事は心霊写真の除霊だったんだ。俺の画像編集の腕も中々になってきたぞ」
『…新隆は器用だよね。ホント尊敬するよ、そういうとこ』
「あとはそうだな…モブが今朝から霊がついてくるとか言ってたっけな。俺には見えないからわかんねぇけどさ。ま、モブなら大丈夫だろ」
『エクボさんって言うんだって。強そうな人だったよ、ちょっと弱ってたけど。でも弱ってなくてもモブ君なら心配することないね』
「…本当に、俺にはできた弟子だよ…」
『……新隆があの子を救ったから、あの子は新隆を慕ってるんだよ』
「……俺にも超能力があったら…おなまえのこと、助けられたのかもな…」
『…新隆…』
「ごめんな、おなまえ…おやすみ」
『……おやすみなさい』


その日あった出来事を写真に話して、またスーツにしまう。
電気が消され、カーテンの隙間から月明かりが差し込む部屋で布団に潜り込んだ霊幻の枕元におなまえは座り込む。


『……新隆は悪くないんだよ…』


---


霊幻新隆は昔からオカルト系の話を信じない質の人間だった。
いくら怖い話をされても実際に幽霊を見たことがないので信じようがなかった。
けれど霊幻の幼馴染は大層な怖がりで、その手の話に死ぬ程怯えるものだからいつも霊幻は彼女を励ましていた。
その幼馴染がみょうじおなまえだった。


--「お前なぁ、そうやってすぐ泣くから面白がられてアイツらがつけ上がるんだよ。もっと憮然とした態度でいろよな!」
--「ブゼンとした態度って、どうすればいいの?」
--「んなもん"私はそんなの信じてません"って態度だよ。俺を見習えって」
--「無理だよ…だって、オバケいるもん…」
--「いねーって!見たことねぇよ」
--「…うん。そうだね」


でもね、私はあるよ。
そこら中にいる。どこにでも。
私はそれらがすごく恐ろしかった。
だけど、新隆は「そんなのいない」ってハッキリ言ってくれるから、その言葉を聞くとこんなのに負けないって気持ちになれたんだ。

中学高校と腐れ縁は続き、2人はずっと同じクラスだった。
転機が訪れたのはとある夏の日。
クラスメイトの何人かで行った夏祭りの帰りのことだった。


「肝試しをしよう」


誰かがそう言った。
私は高校生になっても相変わらずそういうのは苦手で、断って帰ろうとした。
他の子たちは全員行くらしくて、私1人で帰るのは危ないって新隆がついてきてくれようとしたんだけど、誰かが「お前らデキてるんだろ」って囃し立てきたから、私はそれを断って1人で帰った。

その帰り道の途中で、私は通り魔に遭ってしまった。

忘れてたんだ、幽霊なんかより人間の方が怖いことを。
こんな女の力ぽっちじゃ、大の男に何の抵抗もできないってことを。
新隆はその事をずっと後悔してる。
自分があの時一緒にいれば私は死ななかったに違いないって。
でもね新隆、私はもう十分守ってもらったよ。
もう私の事なんて気にしなくていいんだよって、直接伝えたい。
私が見ていた景色の中で、新隆だけが盾になって私を導いてくれたんだ。


『………ねえ、新隆…。私、ここにいるよ…』


すぐ、目の前にいるのに。
声すら届かない。


---


『というかお前、もうシゲオ必要ないんじゃないか?目覚めたんだろ?超能力に』


エクボの言葉に霊幻は新聞をペラリと捲って答える。


「バカ言え、ありゃ全部モブの力だ。アレを切っ掛けにお前が見えるようになっただけで前と何も変わらん」
『またただの詐欺師に…』
「人聞きの悪い霊だなあ…ちょっと言ってやれよおなまえ」
『新隆はポリシーもって仕事してるんだから、そこらの詐欺師と一緒にしないで』
『…お前…!』


霊幻の背後でユラりと少女が揺れる。


「うし、じゃあお前手伝え。エクボっつったっけ?」
『はぁ?なんで俺様がテメェのヘルプを?』
「その為にお前を寄越してきたんだろ。欠勤連絡だけなら電話でいいし」
『マジかよぉ…俺様を一体なんだと思ってんだコイツら』


エクボはモブの意図を知って呆け気味だ。
それを霊幻の暴言が現実に引き戻す。


「え?お前モブの使いパシリなんだろ?」
『上級悪霊だっつの!大体霊力ならテメェの後ろのヤツだって相当溜め込んでるだろうが!』
『私は他の霊を相手にしたことあんまりなくて…お願いしますエクボさん』
「お前こんなうら若き乙女に肉体労働させる気かよ鬼畜か」
『ホント何なんだよコイツら』
「ホラ行くぞーおなまえ、エクボ」
『はーい』


ねえ新隆。
貴方に助けて貰ったその分以上の感謝の気持ち、ようやく伝えられるね。
貰ったもののお返しは○倍返しって言うじゃない。
ちゃんと返すよ。貴方がもういいよって笑ってくれるまで。




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02.21/高校の同級生的な幽霊がずっと師匠の後ろにいる



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