▼君だから




私の彼は心配症だ。


「ちょっとアイス食べたくなっちゃった。コンビニ行ってくるね?」
「僕も行こうかな。今週の裏サンデー買い忘れちゃったんだよね」


徒歩3分のコンビニに行くだけでも


「…あ!今のお店にハンカチ置いて来た!テル、ちょっと先行ってて!」
「僕も行くよ」
「すぐ戻るし」
「一緒に行く」


今出たばかりのお店に忘れ物を取りに戻るだけでも


「…ほんのちょっとの間なのに…」
「何があるかわからないだろ?」


私といるとテルは片時も離れない。

テルは"私が心配だから"って言う。
そんなに危なっかしいだろうか、私。


---


「どう思われますか、霊幻先生」
「危なっかしいかどうかー?………忘れ物は、する方だよな…」
『それは抜けてるって言うんじゃないのか?』
「みょうじさんはしっかりしてると思うけど…お茶淹れるの上手だよね」


学校の友達に相談した所でノロケだなんだと言われて解決にならないことを予想して、私は霊とか相談所に赴いた。
「客じゃねーのかよ」と残念そうにしながらも中に促され、「いいえ今日は客です!」と2000円を差し出した時に見せたキリッとした表情は何処へ行ってしまったのか、私の相談を聞いた霊幻先生は下瞼を引き上げて「ヘルプとしては特に不満はないぞ」と言う。
そんな"言う事思い付かないけどとりあえずフォローしとこう"みたいな態度で言われたって全く腑に落ちないよ。


「真剣に悩んでるんです。…どうしたら信頼して1人にさせて貰えるのか…」
『心配して貰って何が不満なんだか。有難ぇ限りじゃねーか』
「みょうじさんが1人の時に事故や事件に巻きこまれたら…って思っちゃうんじゃないかな?俺、なんとなくわかるよ」
「でもいつもそんな調子なもんだから過保護すぎだってんだろ?」
「そうなんです!正にそれです!流石霊幻先生」


私の悩みの要点をピタリと言い当てた霊幻先生に感動して前のめりになってその先の言葉を待つ。
きっと霊幻先生なら打開策を打ち出してくれるに違いない!そう信じて。
霊幻先生はギシ、と自分の椅子を鳴らすと机に両肘を置き、組んだ手で口許を隠す。
私がお金を差し出した時みたいな真剣な表情に期待を込めると…


「テルと話し合え」
「……え?」


シンプルな言葉につい聞き返すと、さっきと全く同じトーンで「テルと話し合え」と言われた。
そんな…も、もっと具体的かつ意外性のある意見があるはずだと思ったのに!


「は、話ならもうしました!でもやめてくれないんです。だから困ってこうして相談所にきたんじゃないですか!」
「ならどう話せばいいかを教えてやる。おなまえはテルについてこられるのが嫌だ。理由は"監視されているみたいで信頼されてないように感じるから"だ。テルのそれは"トイレの中にまでついてきて用を足す様を見てるようなものだ"ぞと。少なくともそれくらいおなまえにとって嫌なことなんだと教えてやれ」
「…ト、トイレ…ですか…」


流石にそこまで強く嫌だとは言ったことがない。
ちょっと言葉に抵抗はあるけれど、霊幻先生の言い方ならテルも納得してくれそうな気がする。
混乱している私にエクボさんも『二人の問題は二人で解決方法を探すのが一番揉めねぇぞ』と後押しをされた。


「きっと大丈夫だよ。みょうじさんにとっていい結果になれるよう、話し合えるといいね」
「…わかり、ました」
「とりあえず料金はウチ、後払いだから返すぞ」
「え?」


ズイッと2枚の1000円札が差し出されて、紙幣の中の偉人と霊幻先生を交互に見る。


「ちゃんと話し合えて、納得できたら払いに来い」


「わかったら今すぐ帰ってテルに連絡しろ」と、この話は終わりだと言うように霊幻先生は新聞を広げた。


---


霊とか相談所から家までまっすぐ帰って、携帯を見る。
今日は先に帰るとテルに送ったメールの返信が来ていて、予想通り"何の用事?"とか"何時頃終わりそう?"だとかいう質問と共に"迎えに行くから呼んで"というメールが複数回に別れて送られてきていた。
メールの時間を見て、すぐにテルに電話をかけると2コール目が鳴り始めてすぐに繋がる。


「おなまえ?用事終わった?」
「待ってたよね、ごめんテル。私もう家に着いたから…」
「何事もなかったんなら良かった。心配したよ」
「うん…ごめん……あの、さ」


家に着いたと聞いて緊張の解けたテルの声に、ほんのりと罪悪感を感じた。
『有難ぇ限り』というエクボさんの言葉がチクチクと胸の裏を刺してくる。


「話したい事あって…着替えたらテルの家行ってもいいかな?」
「え?構わないけど…こんな時間だよ?親御さんが気にするんじゃ…」
「今日お父さん出張でお母さんだけなの。ちゃんとテルの家行くって言ってくから平気」
「ハハ…余計心配かけちゃわないかな…とりあえず迎えに行くよ。今そっち方面にちょうど向かってたから」
「わかった。待ってる」


電話を切ってからお母さんに声を掛けると、少し難しい顔をされたもののお許しが出た。
着替えて身支度を済ませた頃にちょうど家のチャイムが鳴って、荷物を持って階段を降りる。
先に玄関に出ていたお母さんの後ろ姿に足を早めた。


「あら、こんばんは輝気君。もしかしておなまえ迎えに来てくれたの?」
「こんばんは。もうこんな時間ですから…すみません、急な話なんですけど、今日おなまえちゃんウチでご飯食べて行っても大丈夫ですか?」
「こっちはいいけど…輝気君のおうちにご迷惑かかっちゃうでしょう?」
「一人増えるくらい…それにおなまえちゃんならいつでも歓迎しますよ」
「そう…?悪いわねぇ…あ。つまらないものだけどコレ…」
「お!母ーさん!いってきます!」


親戚から貰ったサツマイモのお裾分けを差し出そうとするのを妨害して、私は門の外へと飛び出る。
テルは「お気持ちだけで大丈夫ですから」と頭を下げて先に行こうとする私の後を追った。


「あんな態度とることないのに…」
「いいの。荷物になるしアレ重いんだよ」
「僕結構力あるけど」
「いいったらいいのー」
「頑固だなぁ」


苦笑しながら隣に立つテルを見る。
…付き合いたての頃は、こうして何にでもついてきてくれるのが嬉しかった。


--いつから、それを嫌だと思うようになってしまったんだろう。


---


「…話、なんだけど」


テルの家に着いて二人で並んで食事をした後、洗い物を終えた私は口を開いた。
私の声にテルは点けていたテレビの電源を落とす。
静かになった部屋の中で、さっきまで座っていた席に座り直すとテルも体をこちらに向けて座り直した。


「…どんな話?」
「前、にも話したことなんだけど」
「……」


神妙な面持ちになったテルが「前…?」と視線を横に流す。


「デートしてる時。私が忘れ物したりちょっとテルと別行動とろうとすると、それがどんなに短い時間でもついてくるの、嫌だって…前言ったんだけどさ」
「ああ…その話か。したね」
「やっぱりやめて欲しいな…って、改めて話し合いたくて」


私の話題がわかるとテルは机に右肘を置いて、そこに左手を乗せながら「んー…」と少し考える素振りを見せた。
その間下を向いていた視線が不意に上がって、目が合う。


「"心配だから"、じゃ納得できないんだね?」
「…そんなに細かく心配されると、恋人っていうか…保護者みたいじゃん、と思うよ」
「恋人じゃなくて保護者…か……」
「な、何にでもついてこられると、"何か信用されてないのかな "って思うし…監視、されてるみたいじゃない…?」
「……」


私の言葉にテルはじっと瞬きもせずに私の顔をしばらく見つめてから、真面目な顔からクスリと笑ってピリつきそうな空気を解いた。
…のも、テルの言葉を聞くまでの束の間だった。


「……監視、ね。そんなつもりが無い訳じゃないけどね」
「え…?」
「おなまえ、無防備だから。本当に自覚がないんだなって思うよ」


スリと頬にテルの掌が触れる。
指の腹で頬を撫でられると反射的にピクリと肩が跳ねた。
「自覚…って、なんの」と声を絞ると、空いた方の手が私の手を取って指を絡ませてくる。
恋人繋ぎをされたまま、頬と同じようにテルの親指が私の親指の付け根から先を何度も撫でた。
手を引っ込めようと腕を引くけれど、それを阻むようにぐっと指先に力が込められてしまう。


「て…、テルがどこにでもついてくるのっ、トイレの中までついてこられてるくらい嫌なのっ!」
「流石にそこまでは出来ないかな。…でもそうか…それ程なんだね」


笑顔のまま口だけは納得しかけているようなことを言いながらも、テルは指の動きを止めない。


「…っ、…テル、こ…コレやめて…」
「コレって…なんのこと?」
「手、ぇ…!」
「繋いでるだけだよ」
「だけじゃ…ぁ、な…」
「本当だよ。…コレだけでそんな涙目になっちゃうのはおなまえくらいじゃないかな」


撫でる指は未だ止められないままだ。
コレだけなんて、そんな訳ない。
テルが変な触り方をするから私はこんな反応をしているのに。
テルの指が私の指の輪郭を柔い力で撫でる度に、指先がジワジワと熱くなってくる。
くすぐったいより強くて、気持ちいいより弱い、ムズムズするような感覚に私の頬の温度まで上がった。


「ゃ…っやだ…!今大事な話…、」
「話の続きだよ?おなまえが自分の体質を自覚してないから、それをわかって貰おうと思ってね」
「たい、しつ…?」


超能力以外に、特別な体質なんて心当たりがない。
そう聞き返すとテルは頬から顎骨、首筋、と繋いでない方の手を滑り下ろした。


「んあ…っ」
「それだよ」
「う…」


慌てて片手で口を抑えると、その手の甲に人差し指を当てられる。


「おなまえってちょっと躓いたり、人とぶつかっただけで今みたいな声出すから…僕としては気が気でないんだよ」
「…だ、だしてない…」
「出してる」
「だしてない…!」


掌越しに言い返す私に、テルはじとりとした目で「ふーん…」と言うと、繋いだ手の親指がするりと私の親指の平から人差し指の間を通って親指の先までを往復し始めた。
手の甲側よりも感覚が強くなって、テルの指先が移動した後に未だ触られているような余韻が残っては再び上書きされていく。
鼻にかかった声が堪えきれずに漏れると、ホラねと言うようにテルが笑った。


「腕組んだり手を繋ぐだけでそういう顔しちゃうんだもんなぁ…」
「テルが…っ!こんな触り方するから…っ」
「普通にしてるだけだけど…こんな触り方って?」


キョトンと首を傾げられて言葉に詰まる。
まさかテルの方が無自覚というパターンなんじゃと一瞬だけ思った。


「繋いでる時ずっと指、スリスリしたり…手の甲ずっと撫でたり…」
「…普通じゃない?」
「ふ…!…つうはそんな触らないよ…?」
「えー……じゃあ僕らの普通にしよう」
「しないっ」
「何でさ」
「…なんでも!」
「………」
「……ぅ、ち…ちょっと…!」


ムスッとした表情で指の動きをようやく止めてくれた…と思いきや再開される。
繰り返される内にジリジリからビリビリになっていった感覚に私の指先にも力が篭もると、「言わなきゃ止めないから」とテルの声。


「…きもち…く、なっちゃうから…嫌だ…」


恥ずかしさよりこれ以上触られ続けて痴態を晒す方が勝って、なんとかそう答えるとフッと息の抜ける音が聞こえた。


「ホント…無防備で可愛い。おなまえ」


すぐ耳許で囁かれる声にも痺れるようで肩を震わせると、唇が触れ合う。
そんなつもりじゃなかったのに、テルに触られるとすぐにぼんやりと理性があやふやにされてしまう。
これはテルのせいだ、と思ってキスの合間に恨めしく視線を送れば、睫毛が触れてテルも目を開いた。
私の視線にテルは目を細めると強めに唇を吸われる。


「おなまえ、それね…」


唇が離れてすぐに頬に口付けを落とされ、顎骨、耳へと繰り返された。
テルが触った所からどんどん波紋が広がるみたいに体温が上がっていくのが分かる。
耳輪に唇が触れると囁かれて、いつもより低い声に胸が高鳴った。


「煽るだけだよ」


---


熱い。
ジリジリする。
ふわふわして、必死に息を吸うとキスが落ちてきて頭がクラクラした。
舌が擦れると同時に胸の先を摘まれて目を強く閉じると快感で溜まっていた涙が溢れる。


「ふぅん…っ、ん…んう、ぅー…!」


自分でも情けないくらいの甘ったるい声が唇の端から漏れて恥ずかしい。
のに、ぶわりと押し寄せる気持ち良さに流されるまま震える足を擦り合わせて腰が浮く。
息苦しさで朦朧とし始めると口が解放されて、はくはくと酸素を吸い込んだ。
私が必死に藻掻く様を唇を舐めながらテルが見下ろす。


「まだ下、触ってないのに…もうイっちゃったの?」
「はぁっ…あ、ぅ、だ…って……ぇ」


テルに触られるとそれだけでゾワゾワしてしまう。
擦り合わせた内腿まで湿り気を帯びているのがわかって俯くと、頭に口付けされた。


「おなまえは本当に感じやすいね」
「そんなこと、…ないもん…」
「…へぇ?」


私が言い返すとテルは胸から手を離して私の髪を撫でる。
もう一方の手は抱き締める時みたいに背中に。
背中は触れるか触れないかのすれすれを指先が掠めるように腰の窪みから肩甲骨の間をゆっくり往復すると、途端にビクリと私の体が跳ねた。


「あぁっ!や…っ…、うぅ…ん、ああ…っ!」
「…これでも?」
「ひっ、んあ、あっ、あっ!」


濡れてぺったりと張り付いた下着越しにテルが秘部をなぞる。
ただ周りに触れられただけなのにそれだけで更に内から水分が増したのがわかって、顔を背けた。


「すごいね…聞こえる?」


水を吸った下着をなぞるとそれだけで水音が立って羞恥心を煽る。
せめてもの抵抗に片耳をベッドに押し付けてもう片方を手で抑えるとテルが口端を上げた。
すると下着の上から陰核を擦られて、急にやってきた強い刺激に膝が震える。


「ひぃ、あ!っダメ…ああ、ふ…、んん…っ!」


慌てて腿を合わせてテルの手を挟んでも、指先は的確に敏感なそこを捉えたままで一気に絶頂に追い立てられた。
喉を反らして高く嬌声を上げると脱力感に襲われてくたりと耳を抑えていた腕がベッドに落ちる。
荒く呼吸を繰り返しながら余韻をやり過ごしていると、「これでもまだ言うかい?」と得意気に微笑まれた。


「う…ずるいよ…だって、テルばっかり私に触ってるもん」
「……交代する?」


ぱちりと目を丸くさせて瞬きをしたテルに強く頷き返すと、さらにテルは目を見開く。
その隙をついて起き上がる拍子にテルを押し倒した。
今度は私がテルを見下ろす。
テルにされる時みたいに指先で肌を滑らせたり首筋に甘く歯を立ててなぞったりを繰り返すと、ピクリとテルが身じろいだ。
自分の顔の下で徐々にテルの顔に朱が差していくのを見ていると気分が良くなって、「どうだ」と視線を送る。


「…テルだってこんな風に触られたら、ゾワゾワしちゃうでしょ?」
「……う、ん」
「ほら…ぁ…?」
「…てか……ゴメン、我慢できない、かも」


ぐいっと腰を抱かれて下半身が密着すると、冷たい下着を隔てて熱が押し付けられた。
輪郭がわかるほど固く主張しているそれに私も頬を赤らめると、「おなまえが僕の真似してるの、何かクる」と言いながらも興奮した様子のテルに元のようにベッドに押し返される。
まだ続けるつもりだったのに、と抗議する前に唇が塞がれて言葉を紡げない。
その間に下着が抜き取られて入口にテルの自身が擦り付けられた。


「いつもより慣らしてないけど…、ごめん…っ」


ラテックスに入口から溢れた愛液を塗り付けてから腰を押し込められる。
充分に濡れていたからか痛みはないものの、圧迫感に息を吐くとテルも苦しそうに息を詰めていた。
その合間にもまた「ごめん」と謝られて、私はなんとか首を横に振る。
性急な行動にさえも私の体は受け入れ始めていて、次第に滑りが良くなってくるのがわかった。

普段の行為よりも乱暴な挿入だったのに、テルがそこまで興奮していることに私まで引き摺られているみたいだ。


--あ…これが、煽られてるってことか…


テルがたまに言うことの意味をようやく把握する頃には、もう与えられる快感以外他のことを考える余裕なんて波に浚われるように消えていった。


---


後日。
私はまた霊とか相談所にいた。


「…へぇ、上手くいったの」


興味無さそうに据わった眼差しで言う霊幻先生に、私はコクリと頷いて2000円を差し出す。
その紙幣にチラッと視線を落としてから霊幻先生は私を見た。


「納得いく話し合いは出来たか?」
「最初の希望とは違いますけど…お互いに納得できました。霊幻先生のお陰です」
「ん?監視から開放されたんじゃないのか?」


怪訝そうに聞かれて、素直に頷く。
と、霊幻先生は眉間に皺を寄せて「本当に納得できたのか?」と確認してきた。


「できましたよ。…私もテルについていくってことで決着です」
「…は…?え、何、どういうことだ」


結局、私が心配だというテルの意見は曲げさせることが出来ず仕舞いだった。
これでは私だけが一方的に監視されていて理不尽だということで、テルの行動に私も今後は同行することでお相子とすることにしたのだ。
そう経緯を説明すると、霊幻先生とその脇でたゆたっていたエクボさんが大きな溜息を吐く。


「お前…何だよそれ…」
『……ただのバカップルじゃねーか』
「バカップルじゃないです。対等になる方法を考えた結果これに行き着いたんです!」


冷たい視線を送る二人に言い返すと、芹沢さんから「みょうじさんがちゃんと"これで良い"って思えたんなら、話し合えて良かったね」とお茶を差し出された。


「はい!霊幻先生のアドバイスのお陰です!」


強く頷き晴れやかな笑顔の私に、霊幻先生は何かを言いかけて口を噤むと寂しそうに「…まあ、うん。良かったな」と小さく呟いた。





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04.07/すごく敏感な彼女との裏夢



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