▼トマト




「ねえ、大丈夫かい?」
「…ん……だいじぶ…」
「とてもそうには見えないけど…」


苦笑を浮かべるテルに、おなまえは低く唸って前屈みになっていた体を上げた。


「寒い日はダメなの…」
「暑いよりは寒い方が平気じゃなかったっけ?」
「うん。…でも今日はダメなの」


そう遠くはない公園でご当地グルメのイベントがあると聞いて、今週末のデートはそこに行ってみようねと待ち侘びていたのに。
運悪く生理痛の重い日にかち合ってしまっておなまえは鈍く痛む腹を摩った。
前以て飲んだ痛み止めは僅かな時間しか効いてくれなくて、再び飲みたくても最低4時間は時間を置かなければいけない。
せめて温かい日和だったならまだ良かったろうが、初夏だと言うのに秋めいた北風が吹き込んで体の熱を奪っていく。


「腹巻もしてるのに…」


少しくらい和らいでくれても良くはないか。
そう自分の体に言い聞かせる。
隣を見れば心配そうに様子を伺っているテルと目が合って、おなまえがいたたまれなさに眉を下げると同じように彼も眉根を寄せた。


「そんなに具合悪かったなら、連れ出しちゃって悪かったね」
「! ううんっ、行きたいって言ったの私…だし…」


困らせた、と焦って否定すると、力んだ拍子にズキリと痛みが響いて反射的に顔を顰めた。
なるべく辛い顔を見せたくなくて俯くと、頬を撫でられる。


「寒いのに汗かいてるね…熱……はない?」
「…うん、平気……本当に、お腹痛いだけなの」
「お腹?」
「壊してないよ。痛み止め…切れちゃったみたいで」


「寒いと余計痛むの」と念の為持ってきていたストールを身体に巻き付けるおなまえ。
額に手をやって熱を測っていたテルはその素振りでおなまえの痛みの要因に気が付いて、「辛いね」とひたすらやり過ごそうとしているおなまえの頭を撫でた。
その掌にスリ、と押し付けるように頭を動かすと、そんなおなまえの仕草にテルは笑う。


「なんか、猫みたいだ」
「え?」
「丸くなって、手にすりついてくるの」
「…にゃあ」
「アハハ、よしよし」


ひとしきり撫でると、「そうだ」とテルは立ち上がった。


「温まるもの買ってくるよ、少し待ってて」
「…はい」


おなまえの返事を聞くとそれなりの人混みの中にテルが紛れていく。
その背中を眺めながら、「はぁ」と腹に手を当てたまま溜息を吐いた。

折角楽しみにしてたのに。
デートの時くらい空気読んでくれたってバチはあたらないぞ。

そう思いながら自分の内蔵を恨めしく思っても、「ハイそうですか」とは痛みは引いてくれない。
こうなったらもう自己暗示をするしかない、とおなまえは必死に「痛くない痛くない」と思い込むことにした。
それか"実はもう薬を飲んでから4時間以上経っていて"、"既に飲み直していて"、"もう効いてきている"んだと念じ続けていると、「お待たせ」と聞こえたテルの声に目を開く。


「おなまえトマト平気だったよね?ポットパイ、トマトクリームとクラムチャウダーどっちがいい?」
「ありがとう。…んー、トマトクリームにします」
「どうぞ」


「そう言えば、トマトってホルモン系にも効果あるんだって」とテレビで見たらしい情報をテルから聞く。
「すごいねリコピン」と言えばオウム返しのように「すごいねリコピン」とテルも言って、おなまえの顔にも笑顔が浮かんだ。
「いただきます」とパイ生地を割って中のスープを口に含めば、トマトの酸味とまろやかなほの甘さが舌に流れ込む。
思っていたよりも熱くて口元を押さえながら飲み下すと食道を通って胃まで熱が移動するのがわかった。


「火傷しちゃった?」
「ちょっとだけ…」
「大変だ」
「へっ?…んん、」


隣から腰を抱かれたことにおなまえが疑問を口にする前に、柔らかな感触が唇を覆う。
ジンと痺れた舌をテルの舌が舐めて、ピリピリとした刺激に声を漏らすとリップ音を立てて唇が離れていった。


「ひっ、人がいるのに…!」
「どうせ見ちゃいないよ。それに処置しなきゃ」
「処置って…」


真っ赤な顔で言葉を探していると、「トマトみたい」と笑われる。


「今日のおなまえは猫舌だったんだね」
「ち…がう…」
「ちょっと貸して?」


熱の冷めやらぬ頬の温度を下げようと手をやると、その隙におなまえのスプーンを取ったテルがスープを掬った。
自分の口元に寄せて冷ますように息を数回吹くと、「あーん」と恥ずかしげもなく差し出してきておなまえの指先まで熱くなってくる。


「じ、ぶんで食べりゃれりゅ…っ!」
「ハイ。ちゃんと冷ましたから平気だよ」
「んく…」


火傷した舌の回りが悪くてハッとした瞬間を見逃さずに口にスプーンの先を差し込まれた。
温かいけれど熱くはない程度に冷まされたスープを大人しく飲み込むと、満足そうにテルが微笑む。


「早く良くなりますように」


そう言って優しくテルの手がおなまえの腹に添えられる。
労わるように触れられた掌から熱が伝わって、そう言えばいつの間にか痛みが消えていることに気がついた。


「…あれ…もう、痛くないかも」
「本当に?」
「テルパワー…!?」
「そんなのあるかなぁ」


笑いながら尚もおなまえのスプーンを返す素振りを見せないテルに、「もう大丈夫だから」と暗に返してと手を出す。
しかしテルはスープを掻き回しながら「ダーメ、今込めてるから」とポットパイの容器ごと自分の前に持って行ってしまう。


「え?何を?」
「テルパワー?」
「い、今さっきので十分じゃない、かな…?」
「わからないだろ?…ハイ。あーん」
「……」


口を開けるべきか閉ざすべきかおなまえが悩んでいると、「おなまえ」とテルが有無を言わせないトーンで名前を呼んだ。
その声につられて口を開けると、再びトマトの香りが口いっぱいに広がる。
それを見てテルはうんうん、と頷くと恥ずかしそうにしているおなまえを見て「いい子だね」と目を細めた。




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04.06/彼女の生理痛を温めて癒してくれる



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