▼子供をからかわないで

※出しゃばり隆った注意



霊幻さんからメールを受け取った。
時たま送られてくる相談所のヘルプ要請。
困り事とあっては勿論断ることもなく、一度家に帰ってから向かうと「悪いな」と手で軽く挨拶をされる。


「いえ。霊幻さんが声を掛けてくるってことは、影山君は用事があるんだろうなって」
「修学旅行だと」
「ああ…そういう時期ですね」


僕の所も来週そうだと言えば、旅行先について幾つかお茶を飲みながら聞かれた。
関西のテーマパークを2日目に巡ると答えると「土産代で財布が空にならねぇよう気をつけろよ」と霊幻さんが羨ましそうに湯呑みを握り締めている。
苦笑いを浮かべると、コンコンコンとドアノックの音が部屋に響いた。
「出てきますね」と出入口に向かい扉を開ける。
開けた瞬間すぐ目の前にズンと重い空気が流れ込んで、湿気が纏わりつくみたいな不快感に襲われた。


「"霊とか"って看板、見たんですけど…除霊、的なことって出来ますか…?」


そう伝えてくる女性の顔は青白くて、なのに汗ばんで立つのもやっとに見えた。
「出来ますよ、どうぞ」と咄嗟に体を支えて中に誘う。
僕の行動にピクリと一瞬身を固めた彼女は、それでも小さく会釈をして促されるまま事務所のソファーに腰掛けた。

随分と辛そうだ。
でも勝手に除霊して霊幻さんの仕事をまた奪うのも、と彼女の向かいに腰を下ろした霊幻さんを見る。
僕の意思が伝わったのか、霊幻さんは女性に「かなりの悪霊ですね、お辛いでしょう」とコースの説明をしながら片手で合図を送ってきた。
それを見て背中に伸し掛るようにしている悪霊に手を翳す。
バチンと弾ける音がして、女性が驚いてこちらを見た。


「!? な、何ですか今の…音…?」
「もう大丈夫ですよ、今祓いましたから」
「え?……あ…」


体が軽くなって寒気からも解放されていることに気付いたのか、不思議そうに自分の手を見つめてから彼女の視線が僕に戻る。


「本当だ…。ありがとう…!ありがとうございます…!」


僕に頭を下げてから霊幻さんにも同じようにすると、「Cコースでお支払いします!本当に助かりました!」と女性は先程までの死にそうな顔が嘘のように血の気の巡った頬を綻ばせた。
聞けば大事にしていたお守りを一度落としてしまってからずっと体が重たかったのだと言う。


「此処は霊除けのお守りとかお札とかは販売してませんか?」
「そうですねぇ、今ちょうど切らしてまして…」


霊幻さんにちょいちょいとこっそり手招かれて側に寄ると、「物に力を込めてお守り代わりするのって出来るか?」と小声で尋ねられた。


「さあ…やったことないですけど、やってみましょうか?」
「何が良いかな…」


ゴソゴソと奥の引き出しを漁っているのを脇から見ていると、何の為の物なのかわからない機材やハニワらしき置物がゴロゴロと音を立てる。
どれも身につけて持ち歩くには不向きな物ばかりそうだ。


「本当に録な物がないな、今」
「そうですか…」


霊幻さんの言葉を聞いて女性が俯く。
「またこういうことがあったら2割引で除霊しますので」と次回に繋げるやり取りの後、予約用紙に必要事項を記入して貰った。
サラサラと書き込まれていく用紙を見ながら、みょうじおなまえという名前を眺めていると不意に彼女が顔を上げる。


「どうかしました?」
「…この連絡先の欄は書かないとダメです?」
「予約の変更等があった際ご連絡差し上げることがありますので」
「あっ、そうか。そうよね、わかりました」
「住所欄は任意で結構ですよ」


質問に答えると書き途中だった続きを書き込み始めて、「もし良ければ」と僕は霊幻さんの名刺を差し出す。


「知らない番号からの連絡だと出にくいですよね、女性だと特に」
「ありがとう、登録しておきます。…君、よく気が付くんだね」
「そうですか?ありがとうございます」


これで良かったよなと霊幻さんを見ると「だから俺の仕事…まぁいいや」と寂しそうにこっちを見ていた。


---


旅行も終えた数日後、僕はまた霊幻さんに呼ばれて相談所に来ていた。


「珍しいですね、こんな頻度で呼ばれるなんて」
「ん。ああ今日はな…」


影山君にまた用事だろうかと思っていると、「この間テルが除霊した人覚えてるか?若い女性の」と言われてすぐに思い浮かんだ顔に「はい」と返事をする。


「あの人霊媒体質らしい。週一ペースでウチに来てるんだ、が…」


「確信はないんだが」と霊幻さんは少し言い淀むと、僕を足元から顔まで見定めるように見つめてから「あのな」と口を開いた。


「多分、お前に除霊して貰いたそうな空気で…」
「え。僕ですか?」


影山君に祓えないなんてことがあるはずもないし、と首を傾げると「確証はないんだ。本当に」と繰り返される。


「モブはちゃんと溶かしてるんだ。…だが、体が重いのが引かないらしい。あと…」
「あと?」
「…テルは今日はいないのかって、毎週聞かれる」
「……」


霊幻さんが「今日はちょっと、それで様子見も兼ねて頼む」と神妙な面持ちで言ってきて、「ということは、今日は来るんですね」と荷物を受付の脇に置いた。
今日は下校前にメールを貰ったから学校から直接来ている。


「悪霊に憑かれてるのは本当なんだが…いや、いい」
「たった1週間でまた憑かれるって、かなりの引き寄せ体質なんですね」


未だ浮かない表情の霊幻さん。
そこに3回のノック音が響いて、聞き覚えのあるそのリズムに顔を上げた。
ドアを開けるとそこには思った通り黒い影を背負った彼女がいて、僕に気がつくと目を僅かに見開く。


「こんにちは。ご予約のみょうじさん、でしたよね」
「こ…んにちは」


前の時のように部屋の中へと招くと霊幻さんがソファーに移った。


「いらっしゃいませ、みょうじさん。今日も除霊ですね」
「はい、お願いします」
「わかりました。…テル」
「じゃあ、祓いますね」


スッと彼女の背に手を軽く翳せば影は散るように消えていく。
前よりは弱い悪霊だったけど、1週間で本当にまた取り憑かれちゃうなんて、この人も苦労してそうだなと胸の中で同情した。


「…はい!もう大丈夫ですよ。…どうですか?」
「…うん…、大丈夫みたいです」
「今回は体の重たさはありませんか?」
「はい。全く」
「そうですか…ならもう心配はなさそうですね」


霊幻さんは次の予約は必要ないと見てか、「お疲れ様でした。お大事に」と営業スマイルを向けている。
受付席で会計をしていると、彼女が「あの」と声を掛けてきた。


「その服…私立校ですか?」
「これです?黒酢中学校の制服ですね」
「中……学生…」


1万円を差し出しながら固まるみょうじさんに「はい」と返事をすれば、彼女は難しい顔をして立ち止まっている。
その後ろで霊幻さんが横目でこちらを窺っていて、彼もまた口角が少し下がった緊張感のある表情だ。
スゥ、と目の前のみょうじさんが深く息を吸う。


「テル、君」
「は、はい」
「コレ」


お金と共に折り畳まれたメモ用紙を渡されて、「これは…?」と聞くと「私の連絡先です」と真剣な眼差しとかち合った。


「私、年甲斐もなく一目惚れして。テル君が良ければ連絡欲しいです」
「えっ」
「オ、オイ!うちの従業員に絡むのは…」
「ふざけてないです。お願いします」


受付のテーブルに額がつかんばかりにみょうじさんは頭を下げると、その姿に霊幻さんも言葉を詰まらせる。

ど…どうしたものか…。

そう伏せられた後頭部を見つめていると、ガチャリとドアが開いて「御免下さい」と別のお客さんの声がした。
それを合図にみょうじさんは「待ってますから。…それじゃあ」とお釣りも受け取らずに去っていってしまう。
行き違いに入って来たお客さんが「今大丈夫ですか?」と尋ねてきたことで否が応でも思考が切り替わって、「どうぞ」とソファーへと促した。

新しくお茶を淹れようと給湯室で準備をしていると、お客さんの話を聞いていた霊幻さんが中抜けしてやって来る。


「…まさか連絡しないよな?」
「それって、みょうじさんのことですか?」
「やめとけよ。中学生に手を出そうなんて、マトモな大人じゃないぞ」
「手って…まだそうと決まった訳でもないのに」


僕が笑い飛ばすと「イヤイヤ、輝気君油断してはならん」と霊幻さんは首を振った。


「ああいうのはな、同世代に相手にされない何らかの欠点がある人間なんだ。だから自分より弱い立場とか年下とかを求めるんだよ」


そういうものなのか、とぼんやり聞いていると、これ以上お客さんを待たせないようにだろうか、霊幻さんは給湯室を出ていく。
最後に「ホントにやめとけよ」と僕を人差し指で指すと、仏頂面がくるりと営業スマイルに変わった。
僕は霊幻さんの背中に「ハハ…」と返す。
お湯を注ぐ前の湯呑みの中に視線を落としながら、霊幻さんに今言われた言葉とみょうじさんの真剣な声が頭の中でぶつかった。


---


そう言えば、本当にあの人はもう相談所に通わなくて大丈夫なんだろうかという考えがよぎったのは洗濯物を畳んでいる最中。


「……体質が変わった訳じゃないしな…」


僕はただ憑いてたものを消しただけだ。
影山君じゃ取り切れなかった謎の重たさをたまたま祓えただけ。
本当に短い期間でも悪霊を引き寄せてしまうのなら、根本から対処しなくては相談所での除霊は必要なはず。


--…霊幻さんはやめとけって言ってたけど…


カサリとメモを広げて、そこにある番号をダイヤルする。
数回のコールが続く。
6回目のコールで耳からそっと携帯を離すと、「もしもし」と控えめな声が応答した。


「もしもし、こんな時間にすみません。輝気です」
「てるき…?……テル君、ですか!?」
「あ。そうです、テルです」
「あ…ありがとう、連絡くれて…」


電話越しにみょうじさんの声が柔らかくなった、と思いきやまた緊張感のある声音に戻る。


「先程は、ごめんなさい。突然あんなこと言って。…気味悪がられても仕方ないのに…」
「…あ」


そう言われて、「一目惚れした」と言われたことを今更思い出した。
あんまりにも直球すぎて忘れかけていたことに居た堪れなさを感じながら「気味悪いだなんて僕は思ってないですから」とフォローをする。


「みょうじさんにちょっと、気掛かりなことがあって」
「…何?」
「霊幻さんから"毎週通ってた"と聞きました。もう次の予約はしなくていいって霊幻さんは思ったみたいですけど、本当に大丈夫なのかな?って」
「ああ…悪霊のことは…実はまだちょっと不安なんだけど、でも…」


みょうじさんは「どう言ったらいいかな…」と呟くと、「んんっ」と咳払いをした。


「自分のせいなんだけど、行きづらくなっちゃったから…だから霊とか相談所には行かない、かな」
「そうか…」


あの後のお客さんが去ってからも、霊幻さんは「最終確認のつもりでもしやとは思ってたが神経がわからん」と新聞をバサバサしていた。
みょうじさん自身僕を中学生とは思っていなかったのだろうし、そんなにピリピリするようなことだろうかといまいちピンとこない。
しかし非常識なことではあるとみょうじさんも思っているそうで、「元々は自分の体のことだし、自分で何とか出来る方法をまた探すよ」と言う。


「テル君、心配して連絡くれたんだね。…ありがとう、その気持ちだけでも嬉しい」
「そ…んな、大袈裟ですよ」
「ううん。全然大袈裟じゃない」


電話越しにでも喜びが伝わるような声に胸がドキリとした。
何とか声に詰まることは避けられても、バクバクと早まる鼓動は収められなくて今度は僕が咳払いをする。


「…からかってます?」
「……からかう為に除霊して貰える場所を捨てたりしません」
「……」
「この体質には本当に悩んでるんだよ…前まで持ってたお守りの神社は遠いから、一日の休みじゃちょっと行くのが難しいし…」
「…なら、余計にあの相談所が必要じゃないですか」
「うん。……でも、それよりテル君に"好き"って伝えたかったから」


顔も見えないはずなのにみょうじさんの声のトーンが真剣味を帯びていて、しかも最後に少し震えるものだから僕まで引き摺られて緊張してきた。
霊幻さんの「やめとけ」が頭の底で引き留めてくる。


「……今日、言った通り…僕、中学生ですよ」
「…だね。私は新卒の社会人だよ」
「大人…ですよね」
「テル君よりはね」


「でもね」とみょうじさんが続ける。


「テル君に運命感じたの。ずっと嫌だったこの体質も、テル君と知り合う為だったんじゃないかって、今なら思えるくらい」
「ち…ちょっと、みょうじさん」
「おなまえでいい。…そう呼んで」


弱ったな…。

よく、考えなきゃいけないのに、熱烈なアプローチに僕がどぎまぎするなんて。
最初の弱々しいみょうじさんのイメージとのギャップがそうさせているのか、ひどく胸がざわついた。


「…おなまえ、さん」
「……何でしょう」
「僕はまだ…運命なんてわからないですけど。それはそれとして、霊媒体質のおなまえさんを放って置けないなって、思う」


「だから」と口から言葉が出る間際、"もしかして、悪い大人の罠かも"という考えが過ぎったけれど、それならそれで人生の勉強だと自分を納得させる。


「おなまえさんにまた悪霊が憑いたら、僕が除霊しに行くっていうのは…どうですか」
「い……いいの!?」


携帯の向こうでは僕の提案が意外だったようで、驚いた声を上げた。
弾みで何かにぶつかったのか、慌てた様子が伝わって来て"悪い人ではないよな"と安堵にも似た気持ちが湧いて笑みを浮かべる。


「霊幻さんには内緒ですよ」


秘密を持ってみるっていうのも、また勉強になるだろうし。
早速来週会う日を決めて「それじゃあ、また」と電話を切った。
予定を携帯にセットして、部屋のクローゼットを見る。


「…着替えてかなきゃな…」


その日は早く帰らないとと浮き足立ってることに気が付いて、僕は「除霊するだけ…除霊の為だから」と自分に言い聞かせた。




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04.10/好意を素直に伝えてくる年上夢主にめっちゃ照れテル



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