▼救世主は黄昏を囁く




「…まぁ、こんなもんですか」


反爪を組織しようとしていた集団の制圧を一人で果たし、島崎は身を正してアジトへ帰還しようと転移をした。
存外にあっけなく終わった任務に、次はもっと手応えのある仕事がいいなと思いながら適当な屋上を中継していくと、幾度目かの転移で何かに体がぶつかる。


「う、あ?!」
「! おっと」


すぐ側で聞こえた声が揺らぐ。
反射的に声の方に腕を伸ばして体を支えると、直後次の中継地点に転移した。


「んぇっ…!?え…?」
「あぁ、すみません。人がいるとは思ってなかったものですから」
「えっと…わ、私学校の屋上にいた…はず、なんですけど…」
「そうですねぇ。私のテレポートに巻き込んでしまったみたいです」
「テレ…?」


若い女性の声に、島崎は建前的に「お怪我は?」と尋ねる。
その問いにおなまえは目を瞬かせた。


「あ…怪我は……」
「…?」
「これは、こ…転んで…」
「……失礼しますよ」


島崎は目の前のおなまえの動きを見る。
不自然な立ち姿におなまえの腕を掴んだ。
それは決して強くはなかったが、少女はそれでも「痛っ…」と身を強ばらせる。


「随分派手に転んだんですね。あなた、不注意がすぎるんじゃないですか?新しいものもあれば古傷もある」
「え…。な、何でわかるんですか?」
「私、ちょっと特殊な目を持っていまして。視力の代わりにそういうのはわかるんです」
「目が…見えないんですか?それなのに…?」


おなまえは特殊な目、といって開眼してみせる島崎の昏い眼を見つめた。
夜のように深くて、底の知れない感覚を覚えると共に、おなまえは感動に近い激情を抱えて腕を掴んだままの島崎に向かい頭を下げた。


「……あの…私、おなまえって言います。偶然かもしれないんですが、助けて下さってありがとうございました」
「ん?御丁寧にどうも。…何か助けるようなことしましたか?」
「……」


頭を上げず、そのままの姿勢でいるおなまえに少し困ったように肩を竦めながら「寧ろ巻き込んで迷惑掛けてると思うんですがねぇ」と島崎は腕を離してしゃがみ込む。
少し顔を上げ、下からおなまえの顔を覗き込むようにするとおなまえが息を呑んだのがわかった。


「…私、…学校のグループに、絡まれてて…」
「……」
「えっと…お兄さんが来た時」
「島崎です」
「島崎さん、が…テレポート?した時も、もう少しで…私……あのままでいたら…」
「……」


顔を下に向けたまま、徐々におなまえは折った腰を戻して自分の体を抱くように腕を前に組む。
その声が恐怖や悲しみ、行き場のない憤りで震えるのを聞いて、島崎はおなまえの中に今にも芽生えそうな回路があるのに気が付いた。
これは思わぬ素材かもしれない、と島崎は自分の顎に手をやる。
首を突っ込んでみるのも面白そうだと自分の勘が告げた。


「…やり返してみたらどうですか?」
「え……」
「理不尽だと思ってるんでしょう?」
「………で、でも、私がそんなことやったら…!」
「右膝と左肩に擦過傷、右腕と腹部にはかなり強く殴打痕がありますね」
「っ!」
「相手はやっていいのに、どうしておなまえがやってはいけないんです?」


島崎の言葉に、おなまえの体の震えが止まった。

どうして…?
それは…だって…。


「な…殴られたら痛いです……痛いのはだって、嫌、じゃないですか…」
「おなまえだって嫌なんですよね」
「当たり前です!」
「やられた事をやり返すだけですよ。最初に手を出したのは向こうなんですから」
「………」


「どっち道、元の場所には送るつもりですけれど。どうします?」と島崎がおなまえに手を差し伸べた。
その手を見つめて、おなまえは戸惑いに揺れる。

今まで家族にも言えずに一人で抱え込んでいた。
それを突如現れた人に打ち明けて、少しだけ安堵したのは事実。
けれど人に話した所で、あの場所に戻ればまた望まない日常が待っている。


「…いや…嫌です…」
「……それは、"人を痛めつけるくらいなら殴られる方がマシ"って意味ですか?」
「もう殴られたくなんかない!!」


おなまえが声を張り上げると、キィンと念波が周囲に響いた。
感情が剥き出しの何の制御もされていないそれに、島崎は自身を包んでいるバリアが揺さぶられるのを感じる。
おなまえは自分の声と同時に響いた音に驚いて喉元を抑えた。
二人の周りに生えている木々が風もないのにざわめく。


--覚醒したてもあって荒削りだが、それでコレか…


ハッキリと開通した能力回路が島崎の目に輝いて見えた。
この線の太さはひょっとすると良い拾い物になるかもしれない、と笑みを浮かべる。
少なくとも先刻潰してきた能力者集団よりも見込みがありそうだ。


「ひとつ、良い手段がありますよ」


島崎は差し伸べている手をそのままに語りかける。
おなまえに向けた手を翻して人差し指を突き付けると「今のソレ」と示してみせた。


「ソレの使い方を教えてあげます」
「今の……私の、声の…ですか…?」
「ええ。私の先を読む力とテレポートのように、おなまえのそれも特殊な力です。超能力ってやつですね」
「超能力…」


おなまえが言葉を発する度にビリビリと空気が振動するようだ。
その事に気が付いておなまえはハッと口を噤む。
しかし島崎は構うことは無いと軽く流した。


「今は制御の仕方がわからないでしょうが、堪えることはありませんよ。折角綺麗な声なんですから」
「………」
「私のいる組織に来てみませんか?おなまえなら向いてますよ」
「向いて…ますか…?」
「勿論。私が言うんです。こう見えてボスの次に強いですよ私」


「見返してやりましょうよ。その力で」


そう言って瞳を細めて笑う島崎の手におなまえは自分の手を置く。
「おなまえにはその権利がある。歓迎しますよ」と囁く島崎の声を、まるでこの空のようだとおなまえは転移される直前に見上げた黄昏に重ねた。





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04.10/JK夢主がたまたま巻き込まれる



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