▼不器用者に施しを




自分で言うのも何だけど、私は結構頭が良い。
中三という受験を控えた大切な時期に、早々に指定校推薦を勝ち取った。
両親からも喜ばれたし、何より私自身将来に対する不安のひとつを消せたっていうのは大きい。
なのに。


--ひとつの不安が消えれば、また別の不安が沸くものなのかな…


私の視線の先にいるのはクラスメイトの女子と一緒に日直の仕事をこなしている恋人の武蔵君。

彼は結構、頭が悪い。
赤点を取って夏休みに強制で夏期講習を組まれる程。
誰もが進路を真剣に見つめ悩むこの年頃に、彼の頭は筋肉でいっぱいだ。
別にそれで誰に迷惑が掛かる訳でもないし、それはそれで彼の魅力だと私は思ってる。
そうでなくても正に"優しい力持ち"を地で行く彼だ。

重い荷物を持っている人がいたら代わりに持ってあげるだろう。
それが女子なら尚更で、何なら男子でだってそうするかもしれない。
愛想が良いのだって別に普通だ。
寧ろ悪い方が心配してしまうってものだ。

なのに私と来たら。


「……」


笑顔で会話をしている日直二人を見て憂鬱な気分になってから、ペラリと定期考査の結果通知にある学内順位6位の数字を指先でなぞった。

こんな紙切れの数字の、一体何が私を安心させてくれるんだろうか。

私より頭が悪くても、充実した学校生活を送っている人間は多分たくさんいる。
なら私は、何の為にこんな数字なんかで心を落ち着けようとしてるんだろう。

こんな順位なんかより
私は心の安定が欲しい。


--…今日は、一人で帰ろう…


八つ当たりをして醜態を晒す前に退散だ。
賢い私の頭脳が、「そうした方が良い」と教えてくるから。

……何で恋人の私が退散するんだっていう疑問には、気付かないふりをした。


---


21時。
着信を告げるバイブレーションに時計を見て「もうそんな時間か」と私は携帯を手に取った。
日課として定着している就寝前の電話。
未だモヤリと曇る胸のまま出る事に若干の抵抗があったが、私の指は彼の声聞きたさに脳を無視して通話ボタンを押してしまう。


「…こんばんは、武蔵君」
「ああ、おなまえ。こんばんは。今日は一緒に帰れなかったろう?少し話でもと思ったんだが、今大丈夫だったか?」


律儀な人だ。
でも、ささくれてる今の私には少しだけ沁みすぎる。
こういう時にきちっと切り替えられないのはスマートじゃない。
そんなこと、わかってるのに。けど。


「うん…」
「定期考査、6位だったんだってな!おなまえは頭脳明晰だな」
「あ…ありがとう、武蔵君。ハハ、んと……」


武蔵君はどうだった?…違う。
勉強くらいしかできないし…?…感じが悪い。
そうだ、別。別の話をしよう。

もう夜の筋トレは終わったの?とか
今日の筋肉の調子はどうだったのかとか
明日は一緒に帰ろうね、とか

話してる間に落ち着いてくれれば良かったのに、生憎と言葉を重ねる度に喉のすぐ奥で恨み言を言いたい気持ちが渦を巻いている。


「…おなまえ、何か具合でも悪いのか?」
「具合?……」


悪いのは具合じゃなくて機嫌だ。
機嫌が頗る悪い。
私だって、直せるものなら直したい。


「気の所為なら良いんだが…少し声にいつもの力がないような…」
「……うん…」
「ほ、本当に具合が悪かったのか?今日はもう休もう。体に障る」
「………する…」
「ん?おなまえ?すまないもう一度言ってくれないか」


武蔵君の言葉に被さるように話したから、彼は私の声が聞き取れなかったみたいだ。
静かに私の声を待つ間に、私は深呼吸をして再び同じ言葉を口にする。


「…武蔵君と今会えたら、直る気がする」
「今って……今か?」
「…フフ。なーんて!明日また教室で会えるもんね。ちょっと困らせたくなっただけ。冗談だよ」
「そ…うか」


うんうん、と相槌を打って時計を見る。
いつもならこの辺りで切り上げる頃合いだ。
だからこのタイミングで「おやすみ」と告げても何も不自然ではないはず。
「それじゃあまた明日ね」と言えば、電話先の彼も「おやすみ」と返して来た。
プツリと終話ボタンを押して溜息と共にベッドに横たわる。


「…何言ってんだろ…私」


武蔵君を困らせたいだなんて。
そんなことをして、もし嫌われたら。

武蔵君は、地元の高校に進学する。
私とは違う学校だ。
高校になってもこのままの関係でいたいなら、今こそ互いを思いやるくらいの余裕がないと。

高校。
高校生になっても。
……。


「…ぅーーー……」


もし、高校で。
私より武蔵君に相応しい子が現れたら。
武蔵君がその子と付き合いたいと思ったら。

そんな想像が頭に浮かんで私は枕を自分の頭の上に勢い良く押し付けた。


---


すぐ側で何かが振動する感覚と音に、パチリと重たい瞼を上げる。
電気をつけたままの部屋の明るさに目を細めながら振動音の元を手探りで見つけ出し、パカリと携帯を開いた。
ポチとボタンを押すと振動は止んで、欠伸をする。


「ふあ……ん…まだ夜じゃん…?」
「おなまえ。寝てたか。起こしてすまない」
「……ん?」


アラームと思って止めたはずの携帯から武蔵君の声が聞こえて、寝惚けた私の頭が段々鮮明になっていく。


「電気が点いてたから、まだ起きてるかと思ったんだ」
「あ……ごめん寝落ちしてて…。今ハッキリ起きた。どうしたの?」
「…頼みがある」
「うん。どうしたらいい?」
「窓を開けてくれないか」
「窓?」


耳から入った彼の言葉が頭に届いて噛み砕く。
窓を開けて欲しい。
いやその前。
この部屋に電気が点いてるのを、どうして。

バサッと起き上がって窓に近付くと、ベランダに武蔵君が屈んでいた。
急いで窓の鍵を外して中へ招く。


「夜分遅くにすまない」
「う…ううん。平気。……もしかして、私があんなこと言ったから…?」
「それは……何だ、そうでもあるし、そうでもないな」


どういうことだろうかと首を傾げる。
武蔵君はそわりと視線を私から逸らし部屋の隅を見つめた。


「冗談に触発されて、俺が会いたくなった」
「……今?」
「今」
「…う…」


私が言い出したことなのに、申し訳なさそう且つ気恥しそうにしている武蔵君に、グラリと胸が揺さぶられる。
むず痒い気持ちを目の前の彼にぶつけるように勢い良く抱き着いた。
相変わらずの体幹でびくともしない体躯に腕を回して「…嬉しい」と素直に言葉が溢れる。
急に抱き着いてきた私に武蔵君は虚をつかれたみたいだけれど、すぐにポンポンと優しく背を撫ぜてくれた。


「そうか。なら来て良かった」


その声がとても優しくて、武蔵君も安心したみたいな響きで。
もっと安堵して欲しい思いから甘えるように彼の厚い胸に擦り付く。
武蔵君が「珍しいな」と笑う。


「会えると思ってなかったら…余計に嬉しくて」
「俺も顔が見れて嬉しい」
「……っ」


寝起きで乱れていた髪を武蔵君が指で梳いてくれる。
その指先が顔に掛かっている髪を耳輪に流した。
触れるか触れないかという程弱い力で、丁寧に触れられているのが伝わる。
天然でこういうことをするから、一気に心臓が喧ましく脈打ち始めてしまう。
強い脈動に、靄が掻き消されていく。


「武蔵君」
「ん?」


胴に回していた腕を彼の首に回す。
パチリと武蔵君が瞬きをして私の意図を汲み取ると僅かに緊張した面持ちに変わった。
ゆっくりと顔を寄せれば私の背中の腕がその距離を詰めて、唇が触れ合う。
数度繰り返して、食むように唇を吸って離れると


「ん…武蔵君…もっとしたい」


きっと私の顔は真っ赤に違いない。
頬に触れた武蔵君の掌の方が少しだけ温度が低く感じる。
柔く背後にあるベッドの縁に押さえられてほんのり赤みの差した彼の顔が近付いた。


「ふ…、んぅ…」


今度は控えめに私の唇が舐められて、私も応えるように舌を差し出す。
ぬるりと粘膜が触れ合う感覚が触感を鮮明にしていって、私は横座りの体勢から足を武蔵君の体の方に伸ばした。
彼の腰に絡めるように片足が掛けると、武蔵君が私の体を抱き上げた。
ふわりと持ち上げられて、ベッドに降ろされる。


「…もう少し…してもいいか…?」
「……もう少しじゃ嫌だ」


探るように問われて、私は彼の中学生とは思えない程逞しい背から胸へと腕を滑らせた。


「もっとしよう」


ドクリと掌の下に感じる鼓動が強く早くなっていく。
電気を消すタイミングを失ったと薄らと思ったが、そんな些末なことはいいかと目の前の彼に再び口寄せた。


---


「ん…ぁっ、…はぅ…」
「…はぁ…、おなまえ…」


声が出ないように口を抑えた手の甲に口付けられる。
そんな所作ひとつにすら愛されていると感じて中に埋まった彼を締め付けた。
圧迫感に互いに息を詰めると滲んだ汗が体を伝っていく。

筋トレ中とは違って色気を感じる姿だと思う。
私だけが知ってる、特別な彼の一面。
ガラス細工にでも触れるみたいに、でも手触りを確かめているような手つきで胸やお尻を撫でられる。
それがちょっとだけもどかしくて、彼にそんなつもりはなくても焦らされているような気分になった。


「む…さし、君……もっと、強くしても…平気…」
「…しかし……声が…」
「我慢する…っ、できるから…ぁ」


指先が肌を滑る度にゾワリと波立つ疼きに耐えかねて「お願い」と請えば、武蔵君の瞳がギラリと色を変える。
「…無理そうになる前に、教えてくれ」と低く言われると、腰を掴まれてグリッと奥を突かれた。
私がそれを堪えてみせると抽挿が続いてベッドがギシギシと軋む。


「ん…っ、んは…、っ…ふ」


ようやく満足に与えられた刺激に腹の底が震える。
気持ちイイ。
次第に中から溢れてきた愛液で軋む音に水音が増していく。
武蔵君も眉を寄せて腰を打ち付けて来て、その激しさに求められていると思えば胸が満ちるようだ。
ふるりと内腿が震えて中の彼に絡むような動きをすると、喉に力を入れて耐えた。


「んんっ!ふ…っ、ーーー!」
「は…おなまえ……く、」


ヒクヒクと襞が吸い付いて、武蔵君も腰を震わせると少しの間を置いて引き抜かれていく。
ラテックス越しに吐き出された欲望を端目に、口を縛ったモノをゴミ箱に捨てようとする彼の剥き出しになった自身に被り着いた。


「!? っ、おなまえ…、どう…」
「…舐めたくなったから」
「よ…汚れているし…っ…」
「汚くない」


ゴムの臭いと独特な青臭さの混じった香りと味がするが、構わずにじゅるっとしゃぶるとすぐに肉棒の芯が硬さを取り戻していく。
もう深夜を回っていて、武蔵君も家に帰らなければいけないのに。
目先の誘惑を我慢する選択肢は私の中にもう無い。


「…嫌だ…?」


舌先で浮き上がった血管をなぞる。
それを見せつけるようにゆっくりと舐め上げると、彼がゴクリと唾を飲み込んだ。
数時間前まで悩みの種だった本人が私の行動ひとつで揺らいでいる様子は、人としてどうかと思われるかもしれないけれどとても小気味が良くて。
短く息を吐き出して歯を食いしばっている武蔵君を見て、次は彼が堪える番だとほくそ笑んだ。





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04.06/女心がわからず夢主を不安にさせる裏



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