▼充電は必要




こんなことが今まであっただろうか。

霊とか相談所始まって以来の繁忙期と言ってもいい程殺到する依頼を連日こなし、霊幻はようやくできた客の切れ間に長い溜息を吐いた。


「あ"ーーーーやべぇ。ここ数日の忙しさマジ何なんだよ」
「僕らにお声が掛かるくらいですから、本当に大変なんですね…」


事務所に戻ってから真っ先にソファーに座り項垂れる霊幻を見て、留守番を任されていた星野と朝日が顔を見合わせる。
今日は律とショウと芹沢、テルと肉体を借りたエクボ、モブと霊幻、と手分けをして総出で依頼に当たっていて、今ようやく帰って来れたところだった。
モブと霊幻よりも先に帰って来ていたテルたちは霊幻の疲弊っぷりに苦笑する。


「スマン…留守番助かるぞぉー…」
「霊幻さん、本当にお疲れだね」
「うん…かなり数が多かったんだけど、師匠が囮になってまとめてくれたんだ」
『準備運動抜きで全力疾走したから満身創痍なんだろ』
「そんなにたくさん悪霊がいて、何処か怪我とかしてない?兄さん」
「律の兄貴は心配するこたねーだろ」
「運動不足だって最近気にしてましたもんね、霊幻さん」
「も"ーーー何でこんな目まぐるしいんだ…他の霊能事務所潰れたの?味玉県でここだけになったのか?」


狭い事務所内。
立っているのはエクボと芹沢、テルと律。
残りのメンバーできゅうきゅうと身を寄せて座っているソファーの前のテーブルに、おなまえは「みんなお疲れ様」と高級アイスを差し出す。
歓喜の声や感謝の言葉を皆思い思いに口にすると好みのフレーバーを選んで持っていく。


「霊幻さんも」
「ん」


しかし霊幻は短く返事をするだけで顔を上げない。
余程疲れたのだろうとおなまえが寄り添うと


「少し奥で休みますか…?」
「…んんーーーーおなまえ〜〜」
「わ、あっ」


すぐ側に来たおなまえにようやく霊幻がゆっくり首を上げる。
霊幻はしばらく心配そうに見つめるおなまえの顔を眺めた後に徐ろに抱き着いた。
勢いに押されてソファーに捩じ込む様に腰掛けると、隣にいた朝日がフラつきながら押し出される。
それに「ごめん」と声を掛けるが先か、腰に巻きついた霊幻が情けない声でおなまえを再び呼んだ。


「おなまえ〜〜〜〜俺疲れたぁぁぁぁ…癒して……」
「はいはい。霊幻さんはたくさん頑張りましたね」
「ううー……」
「よしよし」


膝に埋もれる霊幻の頭と背をおなまえが撫でると、スリスリと頬擦りするようにしながら霊幻が呻いた。
柔らかい感触に溜まっていたストレスが昇華されるようで霊幻はむにむにとその感覚を楽しんでいる。


「アイス買ってきましたよ。みんなで食べましょうね」
「ありがとう…………みんな?」
「はい。お手伝いしてくれたみんなの分も買ってきたので、いっぱいありますよ」
「………」


ぱちりと霊幻が瞬きをして目を点にする。
腰を抱いたままおなまえを見上げてから無理矢理首を可能な限り後ろに向けて状況を確認した。
バッと視線を逸らした芹沢と律。
ニヤニヤとしているエクボとショウがいて、それを窘めるモブとテルがいる。


『キャラ崩壊してたぞ』
「え、エクボ。ダメだよそんなこと言っちゃ」
「大胆だなぁ。これだけの人数の前でお熱いことで。あーアイスうめー」
「こういうのはそっとしておいてあげよう。それだけ霊幻さんは疲れてたんだから」
「ち…ちがっ!これはだな!!」


事態を呑み込んで慌てて霊幻は身を正した。


「別にいつもこんなことしてるんじゃなくてだな!?」
『嘘こけ、だらしなく鼻の下伸ばしやがって』
「伸びてねーわ!!」
「別に僕は霊幻さんがいつもおなまえさんに膝枕されてるからって印象は変わらないです」
「律は元々俺に引いてるからな?いや!ホントこれはたまたま…そうたまたまで……ひっ!?」


汗だくになりながら弁明する霊幻の頬にバニラのアイスが押し付けられる。
急にやってきた冷たさに霊幻がビクリと肩を跳ねると、おなまえがニコリと笑う。


「この後また依頼をこなさないとなんですから、膝くらい幾らでも貸しますよ。今はちゃんと休んで、充電しておきましょう。ね?」
「……はい…」


熱を持って赤く染った頬が少しずつアイスによって冷えていく。
霊幻は押し付けられたそれを受け取ると大人しく口を付け始め黙った。
続いておなまえはゲラゲラと笑うエクボに笑顔を向ける。


「エクボさんも。アイスに免じてもうこの辺にしてください」
『……そうだな、もう食っちまってるし。ごちそうさん』
「はい、お粗末様です」


手の中の残り少なくなったアイスをチラリと見下ろしてから、エクボは一気にカップを掻き込み空になった容器をゴミ箱に捨てた。
ほとんど同時にショウも「うまかったぜー」と舌なめずりをして食べ終わる。
ちびりちびりと食べていた霊幻はプラスチック製の板スプーンを咥えながら時計を確認し、この一時の休み時間もそろそろ終わりかと憂鬱になりかけた。


「あと15分もしたらまた客だ…」
「今月はがっぽりですね」
「小遣い弾んでくれよな〜」
「アイス貰っただろ、鈴木」
「コレか!」


律とショウの会話を脇目にモブが自分のバニラを一口、口に入れてから切り出す。


「師匠、本当に辛いなら休んでて大丈夫ですよ。皆もいますし」
「モブ……」


弟子の優しい言葉に霊幻がじんと胸打たれる。が、首を振って「いや」と答えるとバチリと自分の両頬を打って喝を入れた。


「お陰様で充電させて貰えたし。もうひと踏ん張りするわ。ありがとうな」
「はい」
『…切れたらまた補充して貰えよ』


ニヤついてエクボがそういうと、おなまえがエクボに向かって両手を広げてみせた。


「フフ。エクボさんにもしてあげますよ?」
『あ?』
「なっ…ダメだ!ふざけるなよエクボ!!」
『俺様が悪いのかよ!?』
「ハハハッ!これだけ騒げるなら、この後も平気そうだ」
「そうだね」


おなまえを周りから隠すように両腕を広げて立ちはだかる霊幻と『何で俺様が責められるんだよ!』と喚くエクボの様子に一同は笑うと、間もなくやってきた依頼人を迎え入れた。





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04.08/膝枕が好きすぎてうっかり事務所の皆の前で横になる師匠



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