▼月が綺麗




「光せーんぱぁい〜」


生徒会室に向かう道中で数m先に自分を呼ぶ声を聞きつけ、徳川は立ち止まった。
隣を歩いていた神室はその声の主を見て「先、行ってるね」と笑ってその場を後にし、すぐ目の前まで来ていた生徒会室に入る。


「みょうじ。今日は何だ」
「見て下さいよ!ホラこれ!」


嬉々とした表情で駆け寄るおなまえは何故か接点もないのに徳川に懐いて毎日こうして話しかけてくる。
大抵は今日寝坊したのに遅刻しないで間に合った、とか階段を三段飛ばしで降り切ってみせた、とかいう実のない話。
言う相手を選びさえすればそこから会話が広がるということもあるのだろうが、真面目を絵に描いたような徳川相手だ。
今日も早々に話が終わるのだろうなと神室は興味半分で中から聞き耳を立てる。


「ジリジリ君の当たり棒!私初めて当たりました!」
「良かったな」
「光先輩はオマケみたいなのに当たったことありますか?」
「私か?」


お。と神室は二人に見えないように中から様子を窺った。
おなまえからの質問に即答しないパターンは初めてだ。
三年生より早くホームルームが終わっていた律だけが神室の不審な動きに「何してるんですか?」と怪訝そうに問う。
それに「シーッ」と人差し指を口の先にあてて静かにするよう示すと、首を傾げながら律も神室に倣った。


「…あぁ、みょうじさんですか」
「今日は何だかいつもとパターンが違うんだよ」
「パターン?」


コソコソと肩を並べて廊下の二人を見る。
徳川はおなまえの質問に顎に手を当てて思い返していたようだが、結論が出たようで顔を上げた。


「金のエンゼルなら集めていたことがある」
「(ブッ…)」
「(会長!バレます!!)」


思わぬ徳川の返答に神室が不意をつかれ吹き出しそうになると、一瞬早く気が付いた律が神室を窓から引き離す。


「金のエンゼル出たことあるんですか?!私かなりお菓子食べてる方ですけど、全然です。光先輩凄い!!」
「凄い…か?たまたまだぞ」
「光先輩は運がいいんですね。きっと幸運の女神様に気に入られてるんです!」
「キミはよくそんな気障な事が言えるな…恥ずかしくならないのか?」


何かにつけて徳川を褒めそやそうとするおなまえ。
「言われてる此方が恥ずかしくなる」と徳川が言うと、おなまえは首を傾げる。


「気障?気障っていうのは…"あの星空に瞬く満月よりも君は美しいね"とか言って口説く、そういうのですよね?」
「んん…そ、そうだな…」
「光先輩は名前の通りどの星より輝いて見えますね!」
「…何故私は気障な台詞を畳み掛けられているんだ…?」


いつもなら「光先輩は凄い!」「光先輩は頭が良い!」「光先輩は優しい!」と褒めちぎるだけ褒めちぎって気が済めば勝手に立ち去っていくのに、今日は具合が違うぞと徳川が違和感を覚えると。


「私気付いたんです。どうしてこんなに光先輩のいい所を私が見つけられるのか」
「……」
「私、光先輩のことがとっても好きなんです!だから先輩のいい所がたくさん見つけられるんですね!」
「すっ…」


徳川が目を見開いておなまえの言葉を理解しようとすると、ゴンッと喧ましい音が生徒会室から響いた。
それに二人が視線を音のした方に向けると、中から「影山君!?一体何があったんだい!?」と神室の声が聞こえて徳川はチラリとおなまえに顔を向ける。


「みょうじ」
「はい?」
「…その話は、また…落ち着いた場所でしよう。もう生徒会の時間だ」
「? はい。それじゃあ光先輩、また明日!」


ブンブンと大きく腕を振るとおなまえは笑顔で廊下を駆けていった。
「走るな」とその場から言えば律儀に早足にしてぺこりと徳川に頭を下げる。
その様子を見届けてからガラリと生徒会室の扉を開けると、何事も無かったように席に着いている神室と律がいて徳川は二人を一瞥した。


「…今」
「ん?今何時かって?もうすぐ三時半だ、生徒会の時間だよ。ねぇ影山君」
「はい」


やや大袈裟に背後を振り返って壁掛時計を確認する神室。


「音がしたが。あれはなんだ」
「あっ。音?僕は気付かなかったなぁ…影山君は聞こえたかい?」
「何も聞いてません」


被せ気味に答える律の額が少し赤くなっているのに徳川は気付いた。


「影山弟、その額はどうした?」
「どうもしてませんよ。僕は何も聞いてません」
「…何を聞いたんだ?」
「僕は何も聞いてません」


ただ目の前の一点を見つめてそう繰り返す律に、徳川は疑念を抱く。
しかしまた大袈裟な素振りで神室が机に肘をつき首を横に振りながら溜息を吐いた。


「僕が聞いてもそう言うんだよね。…ま、いいんじゃない?本人どうもしてないって言ってるし」
「…何も聞いてないんだな?」
「聞いてません」
「……」
「……」


徳川と律はしばらくそうして黙り合うと、ようやく徳川が折れて自分の席に着く。
このまま胸にしまっておこうと律が記憶から先程聞いたやり取りを消去しようとすると、「他のメンバーがまだだね。もうこんな時間なのになぁ」と組んだ手の甲を人差し指でトントンと叩く。


「それにしても今日はみょうじさんと結構喋ったんだね。珍しいじゃないか。告白でもされた?」


神室の一言に徳川が机上から鞄の中身を全て落としてしまった。
あからさまに動揺している素振りで律はフォローしようと席を立ちかける。


「…俺…俺はどう返したらいいんだ…」
「え?」
「気障な台詞にはやはり気障に返事をしなければいけないだろうか…!?」
「ど、どうしたんだい突然取り乱して…」


急に汗を滲ませて頭を抱える徳川に、神室と律は顔を見合わせた。


「俺には星や月がどうだという技術はない!!」
「何の話かな?」
「……」


此処で言葉を発したら火傷するなと律の第六感が囁き、動転し切っている徳川の側で黙々と転がっているペンケースやノートを集める。


「よくわかんないけど、いい返事なら"月が綺麗ですね"とでも言えばいいんじゃない?」

--安直…!

「…"月が綺麗"…か…そうか…」


ボソボソと神室に言われた言葉を復唱する徳川。
「断り文句はわからないけどねぇ」と考え込む神室の声はもう聞こえていない様子で、律はそれは必要なさそうだなと一人先輩たちの様子を見つめた。





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04.11/後輩夢主でギャグ甘



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