▼寄り道の理由




「やだ〜ここエアコン弱いよぉ」


ガチャリと客でもないのに事務所のソファーにドカリと腰を下ろしておなまえは解き掛けていたマフラーを再度首に巻いた。


「外10度もないんだよ?こんなんじゃ全然温まらないよぉ」
「此処は夏も弱いよ」
「文句言う暇あったら腹と背にカイロでも貼れよ」
『着膨れて雪だるまみてぇ』


思い思いの言葉を投げられておなまえは寒さで真っ赤に染まった膝を擦りながら「霊幻さんのケチ!」と零す。
擦っているその指先も赤くて、モブは少しでも温まればとおなまえにお茶を差し出した。


「ああ…モブ君ありがとう…!」


湯気のたつ湯呑みを受け取ると、じわりと掌から広がっていく熱にホッとしておなまえは顔を綻ばせる。
そうして「モブ君は優しいねぇ!」とモブのすぐ隣にピッタリ寄り添って猫のようにすり着いた。
厚手のコートとマフラーに包まれてゴモゴモする中、時折触れる素足。
肩に頬擦りするその顔の近さに「あ」とか「う」とか言葉にならない音がモブの口から落ちるように吐き出される。
と、バチリと小さく弾ける音がした。


「いた」
「! ゴメンやり過ぎちゃった!」


ちょっと強めの静電気に思わず口をついて痛いと言えば、おなまえはハッと我に返って大急ぎでマフラーとコートを脱ぐ。


「だ、大丈夫だよ。ゴメン、そんなに痛くなかったのに痛いってつい言っちゃって…」
「本当に…?…でも、そっか。能力のだったらモブ君相手じゃ効かないもんね。ただの静電気か」


大騒ぎしてごめんね、とおなまえは自分を恥じている。
おなまえは感情と能力の親和性が高すぎて、時々自分の意思とは関係なく放電してしまう。
今回もそれと思って慌てていたのだが、服が擦れたことで静電気が起きただけなのに気がついて胸をなで下ろした。


「…あ。そうだおなまえ。お前の能力でエアコン動かしたら電気代もしかしてかからねぇんじゃないか?」
「エアコンですか?うーん、やったことはないですけど…今ついてるアレをそのままでっていうのは難しそうです」
「難しいのか?」
「点かなくなったものじゃないから、加減わからなくて壊しちゃうかもしれないですし…」
「そうか、やめとこう」
『つか、足しまえばマシだろ』


壊れて買い替えとなると出費が手痛い。
霊幻がリスクを踏まえてすぐに案をひっこめると、エクボがおなまえの膝小僧を見つめて言った。


『スカートの下にジャージ履いてるやつだっているじゃねぇか』
「やだぁ、格好悪いよ」
『寒さには変えられないと思うが』
「それするくらいなら寒いの我慢するし!」
「お前はわかってる」
「師匠、エクボも」


頑なにジャージは履かないと拒否するおなまえに霊幻が同意すると、モブが脱ぎ置かれたおなまえのコートを膝に掛けてその視線たちから隠した。


「失礼だよ、そんなに見て」
『出してる方が悪いだろ!』
「悪いも何も、おなまえちゃんは校則の通りに制服着てるだけだよ」
「折角の目の保養が」
「師匠ぉ…」
「霊幻さんもエクボさんもいやらしい目やめて」
「『オイ!』」


おなまえがモブに掛けて貰った自分のコートを握って警戒の眼差しを向ける。
エクボはあからさまに不機嫌そうに、霊幻は若干青ざめておなまえの言葉に反応した。


「やめろよおッ前、人聞きが悪ぃ!すぐセクハラって訴えられるんだからな」
『だから見られたくないんなら履けって下に』
「もー。暖取るついでに霊幻さんたちのお手伝いしてあげようと思ったのに…帰ろうかな…」
「えっもう帰っちゃうの?」


渋い顔を浮かべる霊幻を端目に、帰宅をにおわせるおなまえにモブが声を掛ける。


「今来たばかりだし、もう少しゆっくりしてけばいいのに」


腰を浮かせかけていたおなまえはモブの一声に「んー…」と悩んでいるような素振りを見せたが、少しして再びソファーに落ち着けた。


「モブ君がそう言うなら、もうちょっとお邪魔してようかな」
「それがいいよ。まだ温まってないよね?」


「お茶がアレなら紅茶もあるよ」とおなまえに進めるモブと、それを嬉しそうに「このお茶で大丈夫だよ」と笑顔で答えるおなまえ。
いつの間にそんなに気を回せるようになったのかとコミュニケーションスキルが向上している弟子を霊幻は見ながら自分の茶を啜る。


「何だかんだモブといたい癖に…」
「ん?何か言いました?霊幻さん」


パチリと霊幻の指先と湯呑の間に電流が走り、僅かに走った痛みに霊幻は「っで!」と落とし掛けた湯呑をしっかり握った。
通り過ぎた後もジンジンと余韻を残す痛みに下を向いて顔を隠すと、今度は先程よりも小さく呟く。


「…いっちょ前に駆け引きなんぞしようとしやがって…っ」
『それ、聞こえたら次は黒焦げにされるぞ霊幻』
「……」


おなまえが来る前に淹れられたそれは既に生温いを通り越して冷たくなりつつあり、霊幻はおなまえの前の淹れられたてで湯気立つ湯呑を恨めし気に見つめた。







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