▼キューピッドは呪いを振り撒く




エクボは目を疑った。
モブの下駄箱に手紙が入っていたのだ。
肝心のモブは頭にクエスチョンマークを出してピンときていない様子。
いつぞやのような無骨な封筒に雑に貼られたハートのシールと男の字ではない。
いい香りのするちゃんとした封筒に花を模したシールで封留がされているやつだ。


『おいシゲオ、それ…』
「あれ?手紙だ」


ペラリと封を開ける前に裏返してみたが、差出人の名前はない。


「…中、見ちゃってもいいのかな?」
『…お前の下駄箱だしな。いいんじゃねーの』


下駄箱違いという可能性もあるしな、とエクボは『お前それラブレターだっての』の言葉を呑み込んだ。
もしそうだったらぬか喜びさせてしまっては可哀想だ。
モブはシールや封筒を破いてしまわないように慎重に開いて、中の手紙を取り出す。


「えっと…影山茂夫様。突然こんな形で手紙を送る失礼をお許し下さい。私は………」

--ホッしたぜ、ちゃんとシゲオ宛か…


小声で読み上げていたモブは途中から声に出すのをやめてじっと手紙を見ている。
ラブレターと見て興奮するだろうと思いきや、モブは普段通りだ。
それに疑問を抱いてエクボが後ろから文面を覗いてみる。

どうやら差出人はみょうじおなまえという律のクラスメイトの女子らしい。
たまたまエミと一緒に小説の切れ端を集めている所を見掛けて、モブの優しさに胸を打たれたのだと。


『……で。文通から、と…』
「僕…年賀状くらいしか手紙書いたことないんだけど」
『………今時文通かよ…』

--奥手か…!!!奥手同士で全く進展しないやつだろコレは…!!


文章から控えめな性格が伺い知れたが、ここまで控えめとは。
「ウチに封筒あるかなあ」と言いながら帰路に着くモブに、エクボは『ちゃんと返事書く気があるんならレターセット買っとけ』とアドバイスするのが精一杯だった。


---


「…そういえばさ兄さん、みょうじさんから手紙って受け取ってる?」
「うん。今日の放課後僕の下駄箱に入ってたよ」
「そっか。……返事書くの?」


珍しく律がシゲオの部屋に入り浸っているなと思ったら、やっぱり探りを入れに来てたんだなとエクボは部屋の隅で目を細めた。
モブが机に向かったものの一向に筆が進まないものだから、とうとう興味が勝って聞いてしまったのだろう。


「うん。…でも手紙って何書いたらいいかわからないんだ」
「そう…だよね…………」
「あ、そうだ律。みょうじさんて、律からみたらどんな人なのかな?」
「え?僕?……あ!兄さん、それを手紙で聞いてみたらいいんじゃないかな。僕もあんまりみょうじさんと話したことはないんだ。でも返事を彼女に届けるくらいなら手伝えるから、返事が書けたら教えてよ」


焦った様子で律が言うと、モブは「そうか、これで手紙が書けるね。ありがとう律」なんて言いながらようやく手紙を書き始めた。


--危うく会話のネタを奪う所だった…。書き終わるまで部屋にいない方がいいな…。


モブに気付かれないように溜息をついて、部屋を出る間際エクボと視線を交わす。
スロースタートかつスローペースなやり取りの始まりに、二人ともこの先が不安でならないという表情を浮かべる。
でもこういうのは人それぞれのペースがあるというし、見守ろう…と思い至って律は扉を閉めた。


---


あれから意外にも文通は続いていて、近頃では話題に困ることも無い様子だ。
というのもこのおなまえという律のクラスメイトは霊感だけはあるようで、ここ数日は専らエクボの話題で便箋丸々一枚埋め尽くす程だ。
しかし、こんなにやり取りしておいて直接会うとまではいかないのが不思議でならないとエクボは2年生の昇降口を見下ろしながら考えていた。
実はちょっと前からモブの下駄箱に張り付いていて、手紙を入れに来るであろうおなまえを見てやろうと思ったのだ。
モブは肉改部真っ最中なので、その暇潰しでもある。
一応おなまえが霊が見えることに考慮し、少し離れた場所からこっそり待っていると。


--お!来た!


一人の女子生徒が…間違いない、モブの下駄箱に手紙を入れた。
辺りを素早く窺ってすぐにその場を離れて行ってしまったが、エクボは確かにおなまえを見た。


--あとは…裏を取ってこないとな。


まだ生徒会活動中だろう律の元へと場所を変えて、律が一人になった所を見計らい話し掛ける。


『律。あのおなまえってヤツだけどさ』
「…みょうじさんがどうしたの?」


小声で返す律に更に近寄る。


『髪は肩にかかる位で、上半分を結んでて、ちょっとぽよっとした雰囲気のやつか?』
「……ぽよっとは、よくわかんないけど。そうだね、うん」
『ほおおー』
「…兄さんの下駄箱張ったんだねエクボ……」
『だってアイツら全然"会いましょう"の"あ"の字も言わないんだぜ?』
「兄さんたちには兄さんたちのペースがあるんだよ。お節介は程々にしなよ」


そう言うと律は他の生徒会員の元へ行ってしまった。
一人残されたエクボは腕を組んで考える。


--お節介…確かにそうだ。だがなぁ…


---


『…なあシゲオ。そろそろそのおなまえちゃんと直接会ったりしねぇのかよ』
「え?」
『もう大分やり取りしてるだろ?相手はどう言ってるんだよ。会いたいとか言ってこないか?』
「今日は…師匠の相談所の話の返事だったけど…」
『来たいって?』
「悪霊に遭ったら行こうかなって書いてあったよ」
『…そうか。まぁなんだ。近い内に会えるといいな』


その時エクボは閃いた。
コイツぁ、俺がキューピッドになって一肌脱いでやろう。
エクボはモブの家から出て何処かへと消えていった。



---


「はい、みょうじさん。コレ兄さんから」
「いつもありがとう、影山君」


律から差し出された封筒を受け取って、おなまえは笑顔を浮かべる。
大事そうにその封筒をそっとしまうおなまえの様子に、律は違和感を覚えた。


「…あれ…。みょうじさん今日具合悪い?」
「少し…。風邪なのかな、ちょっとだけ怠くて」
「無理しないで、辛くなる前に保健室で休ませて貰ったら?」
「ううん!本当、ちょっとだけだから大丈夫。ありがとう影山君」


少し青白い顔色を心配するも、本人が大丈夫というのなら、と律は授業の準備をしに自分の席へと戻った。


---


昼休みを告げるチャイムが鳴る。
時間が経つにつれておなまえは座っているのも辛そうにしていて、やはり保健室に連れて行こうと律が席を立つ。


「みょうじさんやっぱり…!」
「はぁ…はぁ…」


朝には気づかなかったが、おなまえの胸に赤黒い靄が見えた。
おなまえは胸を押さえて苦しそうに呼吸を繰り返している。


--もしかしてコレ…悪霊、なのか…!?


握り拳程の大きさの靄が泥のように渦巻いている。
僕、よりも…。


「保健委員、みょうじさんを保健室へ!」


律は保健委員がおなまえに肩を貸し、移動していくのを確認すると自分も教室を足早に出て行った。



---



胸の上に鉛が乗ってるみたい。
体が重たい。
胸が苦しい。
喉が絞められてるように息がしづらくて、横たえられたベッドに沈んでしまいそう。
意識が朦朧とする。


--先輩の手紙、まだお返事書けてないのに…


昼休みに書くつもりだったのにこんなに体調が悪化するなんて。
昨日は健康だったのにどうして急に。
瞼が重くて開けてられない…このまま寝ちゃってもいいかな…。
体力の限界に瞳を閉じ掛けると、カーテンが揺れた。
すると息をするのに精いっぱいだったのが不思議とどんどん楽になっていく。


--…あ…れ…?


「先……輩……?」
「あ…起こしちゃってごめん。えっと…みょうじさん、だよね」
「……は、初めまして…」
「初めまして…」


見間違いじゃ、ない。
夢かと思って自分の頬をゆっくり抓ってみたけど、痛かった。


「…何してるの?」
「ゆ、夢…?夢じゃない…、ですか?」


さっきまで冷たかった指先に熱が通うのがわかった。
こ…心の準備ができない。
きっと人様に見せられないくらい呆けてるに違いないと、力が入るようになった指で布団を引き上げて顔を隠した。


「寒かった?ごめん、カーテン閉めるね」
「…あ、…ありがとうございます…」
「もう除霊したから、具合も良くなってくると思うよ」


それじゃあ帰るね、と影山先輩が離れていく。
何か言わなきゃ。
手紙ありがとうございますって。
助けてくれてありがとうございますって。
あ、でも今は昼休みだから、先輩がご飯食べれなくなっちゃう。
呼び止めたら迷惑だと思って開きかけた口を閉じた。


「お大事にね。じゃあ、また後で」
「はい、本当にありがとうございました」


カーテンが閉められて、先輩の足音が遠のいていく。
緊張が解けて、深呼吸をした。

お大事にって言って貰った。優しいなあ。
またって…手紙、のことだよね。


「…返事、早く書かなきゃ…」



---



放課後。
書き終わった手紙を持って二年の昇降口に向かうと、部活中のはずの先輩がいた。


「あ、みょうじさん。良かった、今日はすぐ帰っちゃっうかもって思ってた。もう具合は大丈夫?」
「先輩…?あっ!お蔭様で、すっかり良くなりました」


ペコリと頭を下げてお礼を言う。


「きょ…今日は部活動は…?」
「みょうじさんが心配だったから、部活は後で行くよ。…ごめんね、僕がエクボをちゃんと見張ってれば…」
「エクボさんって、先輩の側にいつもいる幽霊さんですよね」
「うん。エクボはまた別の日に謝らせるよ。今は律がお目付け役してくれてるんだ」
「?? わかりました…?」


そのエクボさんと今日の私の具合が悪かったことと、何の繋がりがあるんだろう…?
首を傾げる私に、先輩は「じゃあ帰ろう」と隣に立つ。


「え?帰るって…」
「一緒に帰ればみょうじさんも守れるし、手紙も直接受け取れるし…ダメだったかな…?」
「ダメなんか!…そんなことないです」


こんな日が来るなんて。
バクバクと高鳴る胸で今度は苦しい、けど それ以上に…嬉しい。
遅かろうに、私の歩調に合わせながら歩いてくれる先輩をじっと見てしまう。
自分にまでこんな優しくしてくれて、本当に…


「な、何か顔についてるかな…?」
「いえ……その、…すみません。先輩、かっこいいって思って…」
「か………」


---


『アイツらちゃんと話せてるのかなぁ?』
「よしなよエクボ。また怒られたいの」
『だって見てみろよ律!二人揃って真っ赤になって俯いてるじゃねーか』
「……」
『二人の距離を近づけるアクシデントってやつが必要だろ!?』
「…いらないって。次何かしたら馬に蹴られる所じゃなくて兄さんに消されるよ」
『……』






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