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この学校の教室棟は、三年生が二階、二年生が三階、一年生が四階の教室を使用している。ちなみに生徒会室は特別棟の二階。
一階の食堂で食事を終えた俺は、何度も深呼吸をしながら階段を上っているところだった。食事をしたのは生徒会のメンバーとだが、今は俺一人だ。

今日は、今から会計の住田曰くのイケメンくん、もとい首席入学生の1年Bクラス福井くんを生徒会に勧誘しに行くところなのだ。ちなみに会長たちには今日勧誘をするつもりであることは告げていない。

きっと頑張れと応援してくれるということは親しくしている間柄なので想像に容易く、しかし、俺の紙のように頼りないであろう矮小な心臓は、その応援にすらプレッシャーを感じると予想ができた。だから誰にも告げず実行をすると決めたのだ。
もちろん、この日にやるぞと決めた時からやや現実逃避を始めていた俺が決行直前の食事時に平然を装える訳もなく、青ざめた俺に心優しきメンバーたちは具合でも悪いのかと頻りに違う心配をしてくれた。大変申し訳ないと思っている。
なんとかこの任務をやりとげて、彼らに報告するのだと心に決める。相手の気持ちに依るため結果の如何は問わない、と言われていることが救いだ。

のろのろと上っていても足を止めなければいずれ目的の階に到着するのは自然のことである。俺はとうとう、四階に到着してしまった。

今年の学年を示すカラーは、三年が深緑、二年が濃藍。そしてこの階を占有する一年生は、皆一様にワインレッドのネクタイを締めている。第一に、アウェーだ、と思った。ワインレッドの中でミッドナイトブルーのネクタイは、否応なしで目立つだろう。
第二に、とても見られている、と思った。四階に立ったその瞬間から、すれ違う人が皆、気のせいではすまない勢いで見ている。

腹の中が浮いているような不快な緊張感がいや増す。吐きそうだ。なんだって教室棟の階段は、階段から一番近いのがEクラスという中途半端な位置にあるのだろうか。俺はこの「全ての人が俺を見ている」という錯覚すら起こしそうな恐ろしい一学年の階をBクラスまで歩いていかなければならないのだ。

階段のそばで固まっている俺が不審者じみているからこんなに見られるのだと言い聞かせて、ぎこちなく歩き始める。

視線が俺を追って波のように移動する気がした。否、気のせいだ。気のせいに違いない。臆病な自尊心と尊大な羞恥心、と国語の授業で耳にした言葉が頭の中で浮かぶ。俺は虎になってしまうかもしれない。いや、あれとは恐らくニュアンスが違うのだが。

歩きながら、とにかくもう頼むから教室にいてくれ、と俺は顔も知らぬ福井くんに懇願していた。居なかったら、またこの恐怖を別の日に繰り返さなければならないのだ。殺されるなら一思いにやってほしいのと同じで、一気に終わらせてしまいたかった。
教室も廊下も昼休みらしくざわざわしている。いささか五月蝿すぎるように思えたが、一年生というのはこいういうものなのかもしれない。五月蝿くとも緊張のあまり何を言っているのかなど一つも聞き取れないのだからノイズのようなものだ。

決して異端分子の俺について話しているのではない。決して。






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