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昼休み、食事も終えてしまって教室で長い時間を何をするでもなく潰していた俺のところに、神永先輩は突然現れた。
「お前が木名瀬京?」と確認してきた彼があまりにも整った顔で、あまりにも周りが騒がしくて、俺は頷くだけで精一杯だった。それからあっと言う間に教室から連れ出され、怖い人なのかとびびっていた俺の緊張をニコニコしながら解し、あれよあれよと生徒会に入るという話になったのだ。

俺は反芻し終えると、会長の目を真っ直ぐに見て、毅然として首を左右に振った。

「俺は、神永先輩みたいな誘惑術は使えません」
「誘惑術!」

ぶはっと副会長が吹き出した。住田がけらけらと笑う。会長は、ぽかんと俺を見つめたかと思うと眉を寄せて笑っているのか怒っているのか分からない表情になった。頬がひくっと痙攣したのが見えた。

「久しぶりに先輩って呼んだと思ったら……。俺は誘惑なんざしてねえぞ! 勧誘! 勧誘をしたの!」
「でも俺は誘惑されました!」
「京ちゃん、珍しくおっきな声出したと思ったら何言うのぉ!」

笑いながら足をばたばたさせるので、住田のデスクがガタガタと音を立てた。副会長に至っては机に突っ伏している。
そんなに笑われることを言った覚えはない。納得がいかず顔をしかめると、会長が大きな溜め息をついた。

「わかった、よし、俺はあの時京を誘惑したとしよう」
「神永やめてっ、お腹よじれちゃう!」
「あーっ、白峰も住田もうるせえ! 笑うな!」

いつも穏やかな白峰先輩の爆笑に、少しへこむ。こんなに笑われるのだから、そのつもりがなくとも俺は変なことを言ったのだろう。だが、二人がおおいに笑う、誘惑という言葉の何がそんなに変なのか俺には分からなかった。

一喝した会長は、俺に向き直って表情を改めると席を立ってソファーまでやってきた。隣に彼が座ったので、俺も後ろに振り向く姿勢をやめて、やや体を会長のほうに向けた状態で座り直した。

「京、別にあいつらはお前を馬鹿にしてるわけじゃねえぞ」
「……、はい」
「笑ってんのは、俺が誘惑したっつー字面が笑えるからだ」

だって、誘惑ってなんか、ちょっといかがわしいイメージないか? と先輩は続けた。俺はそんなイメージを持っていなかったので首を捻ったが、副会長たちがなんで笑ったのかはごくうっすらと分かったような気がした。
会長は俺が悄気たのに気がついて、面倒なはずの解説をしてくれたのだろう。優しいなとほっこりして、すぐに見知らぬ一年生を勧誘に行けといわれたことを思いだした。やっぱり優しくないかも。

「ごめんね、京ちゃーん。笑いすぎちゃった」
「京、変だと思ってないよ。俺は京の時々独特な語彙選びが好きだもの」

笑いやんだ二人も、わざわざそう声をかけてくれたが、話の元に帰ってどう断ろうかと考えていた俺はうんうんと二度と頷くので精一杯だった。

「で、さっきの話だが。ちょっと行って、生徒会やろうって声かけてきてくれよ」
「知らない人に話し掛けるのがどれだけ困難か……」

ぼそぼそと反駁する。簡単だろと言い出しそうな会長だが、俺にとってはひとつたりとも簡単なことはない。





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